第9話

 単なる奇形の一例と見做し、また見慣れていたせいもあり、常盤にさほど関心を示していなかったサバラだが、好奇をくすぐる不可思議な光景が心底に潜み、本人も気づかない内に歩み寄るようになった。濃い血の繋がりの姉弟さながら、サバラはお節介に面倒見が良くなり、常盤は素直に慕うようになる。


「サバラちゃんがいて助かるよ」呑気なアジャジは任せきりにして、さらに家業に尽くすようになる。


「本当の弟を忘れちゃったんだよ、まあ常盤は良い子だからな、別にいいけど」あっけらかんとネムはボールを蹴る。


 常盤と一回りも歳の離れない少女のことだから、折々感情的になって喧嘩して泣かせることもあり、細かい点で世話も拙いものだから、アジャジとスニンは一歩引いてサバラを見守る。ネムも折々二人の間に入って、関係を繕うこともある。リーチュンは些か支離滅裂、それでも二人と仲が良い。


 常盤の手が宙に浮き、楽器を演奏する姿が好きだった。どうにかして常盤の意思通りに操れるよう、サバラは子羊を誘導しながら考えた。 


「両手と同じように動かせないとね」持っていた小枝で子羊をこつんと叩いた。


 その日の夕方から、常盤は手で手を持って生活するようになった。


 生まれたての頃に比べると、男根形の手首の突起部は皮膚が厚くなり、突先も目だって太くなった。湿地の笠に似た先端の瘤に肛門に似た穴がちょこんと付いていて、湿地を手の甲の穴に挿入すると、舌の性質を備えた細い管が、手首の内部で瘤の穴に差し込まれる。


 サバラに言われた通り、常盤はその湿地の茎を握って食卓についていた。


「なんかおかしな光景ねぇ」アジャジは神妙に常盤を眺める。


「あほらしい、普通に食べればいいのに」スニンは大口を開けて椎茸を運ぶ。


「マジックハンドみたい、常盤、三つつなげてみてよ」ネムは楽しそう。


「馬鹿、遊びじゃないのよ、真剣なんだから! ねえ常盤?」ネムを睨んで、常盤に同意を求める。


「うん」微笑んだまま、掴んだ手を動かしてフォークを伸ばす。


「かわいい姿じゃのお」リーチュンは頬杖をついて見つめる。


「甲に挿したまま練習してみてはどうだ? 同じことだろう」マムーンは素早く納豆をかき混ぜる。


 その夜から手で手を持つことはしなくなった。


 突起部分の先端が関節の役目も果たすので、付属の両手の稼動域は広く、横に三百六十度回転することができる。元の両手を内側に曲げることで、付属の両手に動きを専念することもできる。


 一方の両手を動かすと、もう一方の動作は目立って鈍くなる。楽器演奏時は頻繁に宙に浮き、機敏な動きを見せるも、演奏抜きに動かそうとしても地面を離れることはない。


(ドウスレバ思ウヨウニ飛ベル?)頤に手を添えてサバラは首をひねる。視線の先には、イスに腰掛けて、テーブル上の両手をじっと見つめる常盤がいた。


「ピアノがいいんじゃない?」いつの間に背後に立ったアジャジが、サバラの肩に手を置いて声をかける。


 小口が開き、晴れやかに表情は広がり、サバラは小首を振り返る。 

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