第10話

 グランドピアノは身丈に合わないので、まずは小さいフォルテピアノを使うことにした。リーチュンの生まれた頃から納屋の奥に保管されているという古物を、マムーンが思い出して引張りだし、ブービートラップを扱う熱心さで補修した。側板は暖色の曲線を多用した蔦と栗模様の象嵌細工に凝り、脚は柿色、武器の飛び交う内戦模様を屋根に、全体に細かい浮き彫りが施されている。譜面台だけは常盤の好きなご当地キャラが、溢れんばかりに描かれた。


「こんなにいじったら音が変じゃろお!」両腕を上下にリーチュンは地団駄踏む。


 ところがスニンに調律してもらうと。


「ちょっと冷たい気もするけど、全体的に落ち着いているよ」音は変わったものの、それはそれで好しとのこと。


 風車の穏やかなその日、バットを杖にして(イイナァ……)、ぽかんと突っ立つネムに見つめられながら、常盤は背筋を伸ばして鍵盤に向かう。サバラは余所行きの装いで、燃え立つ眼差しが視界を捉える。スニンは腕組み(マアァ、カワイイコト)、アジャジは腰に手を(良カッタワネェ)、「いいか、思い切り弾くんじゃぞお!」リーチュンは常盤を見ずにうろつき回る。


 マムーンは庭先で床机に座り、木材にワニスを塗るところ。


 常盤は恐る恐る鍵盤に指を置くと、緊張の糸が切れたのか、それとも音色がそうさせたのか、指を一本一本叩きつけて、リーチュンに学んだリズムを正確に刻み始めた。棚の花瓶が細かく踊り、瓶詰めの香辛料がはらりと崩れる。


 カスタネットを叩いてサバラが踊る。


 バットを床に拍子を合わせる。


 笛を吹いてのらりと歩く。


 女二人は手拍子足踏み鼻歌鳴らす。


 男は静かに刷毛を流す。


 四の手は思いのままに鍵盤を弾んだ。

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