第8話

 その時のサバラの観察によると、常盤に生える付属の両手は演奏に夢中になると、常盤の意識の向かう先を具現して行動を表す。羽はないのに宙に浮き、蜻蛉ほどの素早さはないものの、空へ引っ張られる自由を許されている。


「でも常盤が意識すると、元のようにヤドカリになっちゃうの」囲んだ食卓でスプーンを手に持ち、右目を腫らすサバラはスープをすくう。


 踊りを終えた後、リーチュンを無視して常盤を外に連れ出し(ジジイ面倒クサイ!)、乾燥した丘の平たい一枚岩に一緒に腰掛けて、空へ飛ばそうと試みたが、砂礫を這いずるのみで、丈の低い枯れ草を飛び越えることはなかった。


「さっきは出来たじゃない、なんで出来ないのよぉ?」サバラには空気の埃っぽさも鬱陶しい。


 その傍を野良鳩が不敵に鳴いて通る。


(コウイウ場合ハ、思イ切ッタコトヲシナイト……)痛みを嫌って飛ばすだろうと目論み、常盤の嫌がるのを構わず無理に仕向け(ミンナヲ驚カセテヤルワ)、口喧しく手振り大袈裟にサバラは指導し始める。もがく幼気な両手を見下ろし──夕食ヲ終エテ家族ノ寛グ居間、裾幅ノ広イ絹ノすかぁぁとヲ穿イタさばらハ、象ノ着包ヲ纏ウ常盤ノ手ヲヒイテ、優々トシタ足取リデ登場スルト──しぜん眼に力がこもる。


 悲しい顔してちょこんと座る常盤を一瞥し(早ク動カシナサイヨ……)、頭を一度大きく捻り、腰を屈め、砂に汚れ擦り傷のできた両手を見つめて──常盤ハ小太鼓ヲ叩キ、りぃぃちゅんハ笛ヲ吹キ、シナヤカニさばらガ踊ル舞台上ヲ、眉ノ凛々シイ赤眼ノ梟ガ二羽、手人形ラシク動イテ宙ヲ飛ビ違ウ──叱咤しようと口を開きかけたその刹那。


 ごっ! 


 予兆なくサバラの右目を拳が打ちつけた。


「サバ姉ちゃんこわいよお!」数秒送れて泣き声をあげた。


 サバラの右目に青い痣(小生意気ナヤツ!)、常盤の頬に赤い手形(サバ姉チャンノ馬鹿!)、二人とも腫れぼったい目をして、衣服が砂埃にまみれていた。揉み合ったらしい二人の姿を上がり端に見て、マムーン家族は驚きもせずに茶化した。特にリーチュンのはしゃぎようは酷く、またしつこくもあり、スニンにどやされても簡単には止めなかった。


「だって、ぼく、わかんないんだもん」常盤は恨めしそうにサバラを見る。


「さすがサバラちゃん」アジャジは箸を使って春巻きを挟む。


「姉ちゃんはわがままなんだよ」ネムはフォークでハンバーグを刺す。


「まったく、くだらないこと考えるから」スニンはサラダを取り分ける。


「常盤がかわいそうじゃ」リーチュンは栗を口に放り込む。


「途方のない斥力だろう」マムーンは骨付き肉をかじった。


 その日を境に、地を這うことしかできないお荷物が、世にも稀な便利な小道具としての可能性を秘めた。

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