第7話
腕が疲れるので、叩く時はいつも床に置いていた。それが常盤の無意識に操作され、重力を度外視に宙へ浮き、一緒になって演奏に参加した。
「サバ姉ちゃん?」声に気づいた常盤は、両手を止めずにサバラを顧みる。
宙に浮いたまま音を鳴らす両手は、ぽとんと地に落ちた。
「サバラあ! 邪魔するなあ!」リーチュンは笛を右手に上げて怒声をあげる。
「うるさいじじい! ねえ常盤、あれなに? どうやったの? すごいじゃない! ねえねえ、いつから出来るようになったの? ねえもう一回、もう一回お姉ちゃんに見せて、すごいね常盤、まさかヤドカリが空を飛ぶな……」
「サバラあ! 邪魔するなあ!」左手で肘掛をがっしりつかみ、前のめりに形相を怒らせる。
「邪魔なのはじじいでしょ! 働きもせずにぴぃぃぴろぴぃぃぴろ……」
「わしは十分働いたぞ!」拳を握って肘掛を一つ叩く。
手を止めて(さばチャン、ナニカシタノカナ?)、紅玉の瞳を交互に向ける。子羊は頭をぶるぶる振るわせる。
「今働いてなきゃ意味ないわよ、ねえ常盤、もう一度やってお姉ちゃんに見せてちょうだい、とてもお上手だったわよぉ、さっきの調子でねぇ、ぺんぺぺぺぺぺんぺんっ、てな具合でね、ねえじじい! 常盤すごいね、あれもじじいが仕込んだの? だてに歳食ってないわねぇ、やることがいちいち古臭いけど、たまにはおもしろいことするじゃないねぇ、ほら常盤、あなたもそう思うでしょう? もう一度やってちょうだい、お姉ちゃんが見ててあげるからね、なんならわたし踊ろうかしら、楽器はむずむずするから嫌いだからねぇ、一緒に演奏してあげられないけど、踊ることならまかせ……」
「邪魔するなと言っとるじゃろお!」口の緩んだ常盤をおいて、勝手なステップを踏み出すサバラに両手をあげる。
「邪魔はどちらよおじいさん、ほら、常盤もにたにたしてないで手を動かして、はいはいはいはい、じじいも上がった血圧音色に変えて、はいはいはいはい、野趣な踊りを舞うんだからね、ほらほら、音が出なけりゃ出させるまでよ」
子羊をパートナーに足の運びは切れを増し、艶やかな気色を湛え、ガラベーヤの蔦模様は緩やかな彩を添える。(フンフンフン……)確かにリズムは存在し、いまだサバラの身の内のみ。外の風車は陽気に回り、鷹の速度も早まる。
「サバちゃん変なの」笑って常盤は拍子を叩く。
(ルルル、ルッルゥ……)怒るリーチュン笛を鳴らす。
「さすがじいさんね、常盤、遠慮しないであっちの手も使うのよ」足をつながれる子羊はサバラを軸に弧を描く。
「あっちの手って? サバ姉ちゃんの言うことわかんないや」両手で叩くが、付属の手はぴくりともしない。
「なっ、わっ、わからない? もうっ、わかんないのはわたしよ、ねえじいさ……」
ぴっぴいいい! 頓狂な音でサバラを制する。
(マアイイワ、楽シクナッタカラコノママ踊ロウ)憎みようのない、稚気なしかめっ面をリーチュンに向けて、荒っぽく子羊を操りだした。
間もなく、離れた両手はびくんと動き出し、サバラの動きにつられて豊かな拍子を加えていく。リーチュンは眼を瞑ったまま音色に意識をおろし、常盤は笑みのまんまに手を動かし、踊るサバラは横目に、刺繍の裾は颯と翻った。
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