第6話

 微笑んだ泣き顔の愛らしい常盤は、泣き止んだ瞳を大きく開かせると、一風変わった冷徹な面差しに変わる。目鼻立ちの整わない赤児の時はそれほど変化のなかったのも、本人らしい面相の基礎を備えた三歳児になると、この先々様々な感情を刻みつけることになる初々しい内に、特別目立つ何かが垣間見えた。


 紅玉の瞳は他人の目を惹きつけ、情熱に溢れて見えそうなのを、細かい菱形模様のモザイクが虹彩に浮き出ていて、不思議なことに、眼の色とまるで反対の印象を惹き起こす。それを美しくみる人もいれば、不気味に思う人もいる。


「綺麗な眼をしているね」嫁と姑は一日一度は常盤に顔を近づける。


 小さくて端整な顔立ち、人の眼をぼやかす装飾の瞳、艶のある桃色の肌、常人と多少異なる常盤の特徴の中でも、手首から生えたもう一対の手は際立っていた。


 取り外し可能なその手は、付け根部分が男性器そっくりの形をしており、普段は、丸っこい先端が手首の女性器らしい穴にずぶりと挿入されたまま、腕の向きと逆に腕を掴んでいる。もちろん指を動かすことは可能であるものの、取り外すと動作は目に見えて鈍くなる。


「ヤドカリみたい」サバラの言うことに家族は首を傾げる。


 弾力のあるコルク材の床に尻をつけ、小さな足を脱力して広げ、常盤は白壁の居間でブリキの空缶を叩いていた。右に二、左に一、とんとんたんを保ち、無心に小枝を振り下ろす。ある年齢を過ぎてめっきり幼児化したリーチュンは、常盤のリズムに陶酔し(ウルルゥ、ルルルゥ……)、節くれだった指を動かし笛の音をのせる。棚に並ぶグラス類が打音に共鳴する。


 リーチュンの遊び相手として嫌気が差していたスニン(爺サンクドインダヨ)、常盤の子守をほどほどに家業を手伝いたいアジャジ(ジットシテラレナイ)、話し合うこともなく二人の幼児を結びつけた。


 何時からか互いを欠かせない遊び相手として、リーチュンがメロディーを担当し、常盤がリズムを受け持つようになり、毎日節度なく音を撒き散らした。


 音楽の素養を持つリーチュンは、「教えたリズムをなあ、寸分の狂いもなく叩くんじゃよ」ぎこちない顔してマムーンに話す。


 その日も簡素なロッキングチェアに体を持たせ、いつものごとく眼を閉じて音色を紡ぎ続けていると、リーチュンの耳に一人で叩くには余りに技巧的なリズムが聴こえだした。他は家畜の鳴声が聴こえるばかりで、清かな空気に満たされるている。


(常盤ハ叩クノガ上手ジャ……)細分されたリズムに興を煽られ、笛の調べは躍動を増す。


 ととんとんとんつとととと……。


「きゃあっ、なにしてんの常盤!」ゆったりした瑠璃色のガラベーヤを身に纏い、子羊を抱えたサバラが小股で近づいてくる。


 常盤は叩くのに夢中だった。右手と左手は教えられた通りのリズムを保ち、同じ動作を繰り返している内に、切り離して置いた付属の両手が動き出した。右は紫檀のマドラーを手に、左手は竹の筆を取り、ちょっと離れたジャムの小瓶とプラスチックを軽く、小刻みに、決まらぬリズムで叩いていた。サバラはその奇怪な風景を目の当たりにして、調子の高い驚きの声をあげた。

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