『カーテンが外に出たいとぐずり出す ごらんカーテンこれが蝶だよ』(百合)

 外に出たいよう、外に出たいよう、とカーテンが泣き出した。

 カーテンは部屋の地縛霊のような家具だ。風が吹けばたまに揺れる。おばけのごとく。

 でもね、あなたはカーテンなのよ。普通、カーテンは外に出ないものよ。わたしが諭しても、外に出たいよう、外に出たいよう。そう言って聞かない。

 仕方ないわね。私はベランダへ足を運ぶ。1匹の蝶がひらひら飛んでいた。掴む。蝶はあっけなく手のひらに収まった。

「ねえ、蝶々よ。これを見たら、あなたも泣き止むかしら」

 カーテンはそれを一瞥すると、「いやだよう」とまた泣き出した。だめみたい。カーテンのぐずりはしばらく続くようだ。

 それにしても、こんな模様のカーテンを買ったのは、いつだったかしら……?



 ある晴れた日、わたしは春子のカーテンになった。

 春子は、わたしのことをずっと部屋のカーテンだと思って接してくる。晴れの日も雨の日も、曇りの日も雪の日も、健やかなる時も病める時も、ずっと。

 春子、わたしは人間だよ。あなたのカーテンじゃないよ。そう言っても、春子はわたしの言葉が耳に入らない。何を話しても、カーテンのそよぎとして変換されてしまうのだ。わたしは諦めた。

 彼女はわたしに期待している。

 カーテンのように、ずっと二人でいてくれることを。

 人間をカーテンだと思い込めるいびつな感受性は、彼女を根本的に歪ませてしまったのかもしれない。

 今のわたしには、何が正しいのか正しくないのかわからない。だから、もう少し春子のそばでゆらめいていよう。



 彼女がくれた蝶々を見る。それは1匹の蛾だった。わたしが羽から指を離すと、蛾はするりと手のひらをすりぬけて、そのまま窓の外へ飛んで行った。

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