野ばらを食う(百合)
のばら枯れ のばらおそらく幸せに/山中千瀬
ねえ、わたし、野ばらになるよ。その手紙とともに、すももちゃんは一輪の野ばらを残していなくなった。
そうね。人間社会って、あまりにも残酷で、軋んでいるものね。生きた人間より、野ばらの方がずっと綺麗だ。野ばらは少なくとも、人の悪口を言ったりしないし。
これも一つの遊びなんだろう、と思った。すももちゃんは文学かぶれなので、そういう遊びが好きなのだ。しかし、一向にすももちゃんは帰ってこなかった。そしてわたしは、すももちゃんに捨てられたんだ、と気づいた。
復讐、という言葉がちらついた。わたしは復讐するかのように、野ばらの世話をした。一日ごとに水はかかさずに取り換えた。すももちゃん。あなたよりこの野ばらのほうがずっと美しいわ。
あなたがいなくなって本当に良かった。
日々は過ぎる。野ばらは少しずつ枯れ始める。すももちゃんは今、どこにいるんだろう。わからない。
わたしに。
この野ばらは本当にすももちゃんが変身したもので、今もわたしを見てくれている、と思い込める感受性があったら良かったのかもしれない。わたしに。
もう彼女はいない。野ばらは枯れ始めようとしている。復讐、愛情、その全てが無意味だ。
「こんなにも愛していたなんてね」
わたしは萎れた野ばらの花びらを指で引きちぎって、そっと口に含んだ。薔薇の香りが鼻を通り抜けたけど、あとは無味だった。
さよなら。そう思った時だった。
ねえ、もっとわたしを食べてよ。このまま枯れるくらいなら、あなたの胃の中におさまってしまいたいのだわ。
頭の中ですももちゃんの声が響いた。瞬間、わたしは取り憑かれたように野ばらをぐいと掴んで、わしわしと食べた。がりがりと齧った。おおよそ行儀がいいとは言えない食べ方で、野ばらを食べていく。喉は野ばらの棘でずたずたになった。唾液に血と花の味が交わる。勢いよく食べ終わった時に、わたしは憑き物が落ちたようにぐったり椅子に座った。
胃の中で野ばらが散る。ぐるぐる、野ばらが消化されていく。わたしとすももちゃんが一体化していく。それが、わたしたちの最後のキスだった。
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