「打ち上げ花火、下から見る? 横から見る? それとも、」(男女)

「ねえ、打ち上げ花火、下から見る? 横から見る? それとも、」

 彼女がそう言うので、俺は慌てて彼女の話を遮った。俺は打ち上げ花火が大の苦手なのだ。

 なんなんだ、打ち上げ花火って。あんなの、打ち上げたらそれで終わり、終わったら何も残らない代物じゃないか。俺は価値を感じない。

 それでもなお、彼女は俺に会うたびに打ち上げ花火の話をし続けた。その話をされるたびに、俺はひたすら別の話をして遮った。最低な彼氏、みたいな俺。

 世間は夏祭りに浮かれていた。テレビを見れば花火大会、外の空を見ればすぐに花火が打ち上がる。俺には理解出来ない。花火なんて、綺麗な瞬間が一瞬すぎて、目が眩む間にすぐ終わってしまう。

 それは、俺たちの青春のようでもあった。




 あの時はまざまざと思い返すことが出来る。1年前、俺と彼女は夏祭りにいた。

 二人とも漫画のように浮かれていた。浴衣を着て金魚すくいをした。チョコバナナを食べた。お酒もたくさん飲んだ。

 花火を見ようよ。彼女に手を引っ張られて、俺たちは河川敷へ辿り着いた。そこでは川の向こうで、花火たちがたくさん打ち上がっていた。

 その花火が、あまりにも綺麗だったから気がつかなかったのだ。

 彼女が、脇腹を抑えて声を出せぬままうずくまっていたことを。




 彼女は急性の腫瘍で死んだ。もう戻っては来ない。

 俺には、さっきから話しかけてくる『彼女』の正体がなんとなくわかっていた。

 帰り道、誰も乗っていない電車の座席に座っていると、ふいにくらっとなる。電光掲示板の文字は『ひがん』と表示されていた。外を見ると、真っ暗な海が広がっていて、ここではないどこかに辿り着いたのを知る。もともとここは内陸県だったはずなのに。

「ねえ、」

 いつの間にか俺の横に座っていた彼女は、いつもの変わらない口調で語りかける。

「打ち上げ花火、上から見ようよ。わたしと、天国で」

 彼女がそう言うことを、俺はなんとなくわかっていた。

「駄目だよ」

 ゆっくりと静かに揺れる海。俺がはっきり口にすると、彼女は狼狽えた。

「どうして? わたしは一人でずっと苦しんできたんだよ」

 彼女は涙ぐみながら、きゅっと俺の手のひらを握った。

「これ以上一人にしないで……」

 俺はその手のひらを握り返せないままこう続けた。

「……俺が君の花火になるから。君が生きれなかった分まで、俺が生きるから。毎日手紙を書いて、死ぬまで一緒にいるよ。だから、俺が終わるその日まで、傍にいてくれ」

 それはプロポーズだった。

 ぱちん、と音がすると、電車はもとの風景に戻った。返事、してくれなかったな。

 それでも良いけど。




 ぱちぱち、と独特の火薬の焼ける音がする。つん、と香りが鼻の奥でくすぐった。

 一人暮らしの狭いベランダで線香花火をしていた。線香花火は好きだ。打ち上げ花火より、長生きだし。

 あれから俺は、彼女にとっての花火になれているだろうか。わからない。

 わからないけど、これからも彼女の花火として、淡い希望の火で照らしていく覚悟はあった。願わくば、死ぬまで。

 その時、空が急に光ったかと思うと、花火が一斉に打ち上がった。なんだ、打ち上げ花火も久しぶりに見たら綺麗じゃないか。

 あまりにも綺麗だったので、俺はベランダで天国の彼女とさめざめ泣いた。

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