幽霊少女が愛おし過ぎて
@jibijibi
第1話
2019年、夏。
僕、田辺汰樹は、友達の宮池裕翔と美術部の息抜きにと、電車に乗って海に向かっていた。
窓から刺す太陽の光が、普段部室にこもって作業している僕の肌にチリチリとダメージを与えている。
隣に座っている裕翔も
「やだ!日焼けしちゃう〜」
となぜか体をくねくねさせ、おカマ口調で話しかけてくる。
「うわ!キモ!」
つい本音が出てしまった。
だがキモいの言われ待ちだったようで、漫画に出てくるような二カーッとした、満足そうな顔を向けてきた。
「え?かっこいい?」
「いや、言ってない」
この流れももう何年もやっている。
まぁ嫌いではないが…
そうこうしていると
「まもなく〜湘南〜湘南〜」
と車内放送が聞こえた。
きっと海の匂いや音が聴こえて胸が弾み、少し興奮するなと思っていたが、隣の見ただけでワクワク感が伝わってくる裕翔を見て、落ち着きを取り戻した。
ブレーキ音を立てて電車がスピードを落としていく。
「あれ」
僕が裕翔の方を見ると、口角をピクつき、僕の袖を引っ張ってくる。なぜか顔色が優れない感じがあった。
電車が止まり扉が開く。
僕はすぐに状況を理解できなかった。
「なんでここに…」
裕翔がそう言う理由がわかる。
ぱっつん、ぱっちりメイク、軽くまとめた髪からはいい匂いがしそうで、どこかお嬢様感が漂う、だが笑顔がとても無邪気にキラキラしている女子、が立っていた。
「おっす!」
とその子が声をかけてきたが、僕ら2人は答えることができなかった。
なぜならその子は…
僕らにとってたった1人の幼馴染で、三年前に殺人事件で亡くなった子、蓮見灯音だったからだ…
「久しぶり!元気にしてた?」
よく見た笑顔だ…
「はは…俺たち死んだんだよ…」
横で裕翔が目をぼーっとさせながら、呟いている。
僕もそうとしか思えない…
でも灯音はここにいて、僕たちに見えている。
「なんか答えてよー」
頰を膨らまさながら腕を組んでいる。
くそ!可愛い…
「なんでここに?」
僕はまだ状況を受け止めきれてないが、聞く。
「うーんとねー、会いたくなっちゃってー」
なぜか笑顔が少し曇った気がした。
「よくわかんねぇーけど、こうなったら3人で海行くか!」
裕翔がこの空気を払拭するように声をだす。
「おーっ!」
灯音が一緒になって、声を上げる。
僕は整理が追いつかないが、考えても仕方ない。考えることを諦めて海に行くことにした。
「うおぉぉぉお!海だぁぁぁ!」
「イェーイ!海だぁぁぁ!」
遠くから見たら完全にバカップルだ。
海に着いた途端走って渚に向かう2人に、無理矢理荷物を持たされたこっちからすると、やれやれと呆れるが、少し羨ましく思う。
「お前も早く来いよー!
灯音!あのなんか、えーと…、
浮いてる丸い玉まで競争だ!」
「語彙力の無さが小学生並みだけど受けて立つ!」
裕翔はクロール、灯音は謎のバタフライ。
海で遠くからバタフライで泳いでる人を見ると、溺れてる人にしか見えない。
自分もそろそろ海に入ろうと、ブルーシートを敷き、荷物を置いていく。
周りでヒソヒソと、
「あの子誰と話してたのかしら」
などと聞こえてくる。
まぁそれもそうだ。灯音は僕と裕翔にしか見えていないんだから。
なぜ灯音が僕達の前に現れたのだろうか。
きっと理由があるのではないか。
いや、灯音のことだから会いたいからとかもあるかもしれない。モヤモヤが消えないまま、2人に追いつくために、泳ぎに行った。
しばらく泳いだときに灯音が
「お腹空いたから一回上がろうよ」
も行ってきたので休憩も兼ねて、一度海から上がった。
昼は公平にじゃんけんで負けた人が買いに行くことにした。
こういう時に負けるのが裕翔だ。
「グー絶対出すから!」
と言ってチョキを出す。見え見えすぎる手法だ。僕と灯音はこれを知っているから必ず勝てるといわけだ。
「くそ!絶対変なの買ってきてやる!」
悔しさ混じりの捨て台詞、そのまま走っていく。
完全に姿が見えなくなった。
腕に重心をかけた座り方をしていた手に、細くて綺麗な女子の手が伸びてきて、指を絡めてくる。
これでドキドキしない男なんて鈍感な男くらいだ。すごい期待していた。だけど期待してはいけない状況だった。僕は灯音が声を出してようやく気づいた。灯音は泣いていたのだ。気づかなかったのは、灯音が必死に口を押さえていたから。
「あのね。お願いがあるの…」
もう隠せてもいないその泣き顔を見て僕は言葉が出なかった。
「あぁ、灯音のためならどんなことだってしてやる。だから泣くな。」
僕は最大限優しく、言葉に気をつけて、声をかけた。
「ありがとう。じゃあそんな汰樹にお願い。裕翔を殺して」
「は?」
よくわからなかった。
だって今、殺してって…
「なんで裕翔を殺す必要があるの?」
「私を殺したのが…裕翔だから」
もう驚かされすぎて、気持ち悪くなってきた。
「なんで灯音は、殺されなくちゃいけなかったんだ?」
「それは…、私と裕翔が好き同士だったから。」
今から半年前に遡る
好き同士だったのは知っていた。
「私が、汰樹の家に行って、相談しに行って玄関のところで別れたあと、門を開けたら裕翔がいて…
「なにやってるんだ?まさかよりによって汰樹とできてるわけじゃないだろうな」
「そんなわけないでしょ!汰樹には相談に乗ってもらっていたの!」
「どんな相談か言ってみろよ!」
「裕翔が…、裕翔がかまってくれないっていう相談だよ!」
そしたら裕翔に火がついちゃったみたいで…
取っ組み合いになって、私がよろけたところに石があって、頭打ってそのまま…
現在に至る
「私達は、今日会う約束をしてたの。なるべく自然に話して、裕翔を殺してもらえるように仕向けようって…だけどやっぱり仲良し3人組の仲だから、言わないといけないって思って…私は、あの世でも一緒に裕翔と一緒にいい!だからもう一度お願い!裕翔を殺して!」
「馬鹿野郎!」
初めて灯音に、女の子に怒鳴ってしまった。
「お前らの勝手な都合で俺を殺人鬼にする気か!少し考えろ!」
そう言っても涙目にしながら言ってくる。
「そんなことわかってる…。だけど私はどうしても一緒にいたい…。だってどうしようもないほど好きだから…。」
少したじろいでしまった。
確かに殺してほしいなんて、相当の普通の人は言えない。灯音が狂っていることはわかったが、狂わしているのがどういう気持ちからなのかわかってしまった。
あーあ、俺の気持ちをわかって言ってるのかなと、俺は良いように使われているのかなと思ったが、もう決めた。
「わかった。俺は裕翔を殺す。」
僕は全てを投げ捨てる覚悟をしてしまった。
もう後戻りはできない。
「ありがとう。」
泣きながらありがとうと言った彼女は幽霊だからなのか、消えそうなほど細く見えた。
そこに丁度良く、裕翔が戻ってきた。
「決まったか?」
裕翔の笑顔を見ていると、今から殺す人物と思えば思うほど、涙が溢れてくる。
僕は灯音と約束したんだ。
裕翔を殺すと。
「せめて、夜でお願いしたい…。今は最後だし楽しみたい。」
「そうだな」
裕翔が優しい声をかけてくる。
「それじゃ海へ行くぞー!」
灯音も声も出す。
それから僕たちは遊びきった。
海の家に行って、各々が好きなラーメンや、カレーを食べて、ビーチバレーをして、一緒に泳いで、ふざけて、最後にBBQもして…
もう夜になっちゃったかと悲しくなる。
きっともう海に行った時の夜は忘れられなくなるだろう。
「そろそろかな。」
「本当に殺して欲しいんだな…。」
「まぁこれが、灯音との約束でもあるからな」
「俺、裕翔殺しちゃったら、気が狂って他の人も殺しちゃうかもよ?そしたら本物の殺人鬼になっちゃうな。」
笑っておどけてみても、自分で今の笑顔がうまく笑えてないことはわかってる。
「ごめんよ。でもお前が殺人鬼になることはないかな。心が優しいから。」
今から人を殺す人の心が優しいなんて、バカだなと思いながら、裕翔らしいと思った。
「じゃあそろそろ移動しよう。自殺スポットの崖がある。」
そこで俺は思い出した。
なんでそもそも海に行こうとしたのか。
なぜならそのスポットがあるからだ。
そういえば前に幽霊が出るとかって、裕翔が言っていたな。
崖まで歩きながら、3人で思い出話をした。
遊園地、デパート、温泉、カラオケ…一緒に帰った時にあんな話もしたよね…なんて
もう崖は目の前だというのにな。我ながらどうかしている。
「崖、着いたけど背中押せる?」
裕翔は僕の手が震えてることを見て、気づいていた。
「その心配できるなら、俺に殺させないでくれ。」
「悪いな。じゃあ頼む。殺人にはならないけど、自分だけが知ってる殺人になる。本当にごめんな。」
崖の先に立ち、僕に背を向ける
さっき色々話して思い出したせいか、涙が止まらない。
それでも僕は、一度決意をしている。
そして背中に手を。
「あの世でも俺のこと見ててくれよ」
そう言って僕は友達をこの手にかけた。
落ちていく裕翔を見ていたわけじゃない。だけど、あいつはきっと笑っていただろう。
俺の耳に
「ありがとう」
と聞こえた気がした。
僕はどうしようもなくなり、すぐに家に帰り、ベットで寝た。だが、涙は出なかった。枯れたのか、それとも裕翔を殺して、幸せにすることができたという、安堵なのか、もう考えたくはなかった。
次の日の朝、この事件のことはすぐにニュースになった。
やはり自殺としての処理になった。
誰も目撃者がいなかったのだから、そうなる。
僕も色々事情聴取は受けたが、
「何も知らない」
の一点張りにした。
僕は間違っていたかもしれない。
だけど、殺してもらいたい気持ちがわかっていた。なぜなら僕は灯音が好きだから。きっと僕が裕翔なら同じ気持ちだっただろう。後悔はしていない。するようなことを僕は絶対にしない。
そう考えて僕は、今日を過ごす。きっと今、あの世で幸せにしている、2人を思い出して。
幽霊少女が愛おし過ぎて @jibijibi
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