抄録 雨の降る街で
雨が降ってきて、人は軒下に走る。
私も近くのテントの下に行き、雨宿りをする。
「あ、アレスさん、どうしたんですか?もしかして、ブロウさん待ちですか?」
私と同期のシルヴィーが話しかけてくる。どうやら、彼女も雨宿りらしいが、私を冷やかしにわざわざここまで来たようで、ブロンドの髪がしっとりと濡れている。
「そんな訳ないでしょ。だって、ブロウは一昨日から遠征に行っているし、そもそもどうして私が彼を待たないといけないのですか」
「意地張っちゃって、本当は心配な癖に」
「全く、勝手に妄想しないでくださいよ」
曇天の空は重苦しく街を覆う。
魔王軍の進行が始まってかれこれ2年の月日が経って、防衛最前線にあるこの町では広間はテントに覆い尽くされ、店の多くは閉店に追い込まれている。
人々の生活は目に見えて日に日に苦しくなっていた。
「こんなご時勢に、貴方は本当に気楽ですよね」
「そうですかね?でも、時にはこうして肩の荷を下ろすのも大事ですよー」
「ほんと、気楽でいいですね」
こうして雨を眺めているのも暇なので、シルヴィーから離れてテントの奥に向かい、適当なパイプ椅子に座って流れてくるラジオに耳を傾ける。
町の数すくないラジオ設置場所には雨の日だからか人が少なく、心なしか流れてくるのは暗いニュースばかりな気がする。
最近はセルナティト総司令からの指令が無いが、向こうで何かあったのだろうか。伝令が遅れていて全く情報が入らなくて、多少心配になるが、日に日に戦争は激化しているし、連絡がないのは仕方ないことか。
私は鬱憤を晴らすように息を吐きだす。白い息はふっと消え、ラジオと雨音がただ響く。
そこにまぎれて足音が近づいてきた。
「アレスさん!総司令からの伝令です!」
唐突にシルヴィーが何やら封筒を抱えて走って来た。
封筒は雨に濡れてしんなりしているが、大丈夫なのだろうかと気にしていると、シルヴィーはアレスに紙袋を突き付けた。
「これは?」
「昼食です。多分、アレスさんのことだから食べないでさっきまで仕事してたんじゃないかと思って」
「別に事務作業だったから、食欲無いし、別にいいかなって......」
「ほら、やっぱり食べて無いじゃないですか。それじゃあ、体に悪いですよ」
「まあ、わかりました。そんなことより、総司令の伝れっ......」
「ほら、何もわかってない!昼食食べないと、総司令からの書類、渡しませんよ」
「......面倒ですね......」
「何か言いましたか!?」
「わかりました、食べときますから、総司令からの書類を......って何を......ぐはっ」
「だから食べてくださいって」
シルヴィーは唐突に袋からハンバーガーを取り出し、私の口に突っ込む。
こうされたら食べるしかないが、どうしてそこまで私を気遣うのだろうか。今大切なのは総司令からの書類の方だろうに。
仕方なく私はハンバーガーを食べ切り、改めて総司令からの書類を受け取る。
「それで、総司令からの伝令というのはこれだけですか?」
「すべてはそこに書いてあるそうですよ。私はどうせ下っ端だから、機密情報の伝令なんですよ」
「下っ端といえども、伝令させてもらえるだけ凄いことだと思うのですがね」
「私だって、アレスさんみたいに総司令から直接指令を受けて仕事したいですよ」
「まあ、頑張ることですね。生きていれば、いつか立派になれますよ」
「そうやって他人事みたいに。アレスさん、生きていればと言いますが、アレスさんこそしっかり自分に気を遣って......って話聞いてくださいよ!」
何かもごもごと話し続けるシルヴィーを無視して私は透視の魔法を行い、封筒の中の書類に目を通す。
正直、書類の中身を読むときは総司令から直々に貰った指輪の透視の魔法でないと読めないようになっているので、どこで読んでも同じなのでどうせならと今読むことにした。
多くの内容は遠征軍の状況についてだが、どうやら勝利の連続で計画は順調に進んでいるようだった。
だが、間に挟まっていた一枚の内容は指令で、本部で新武器開発に関しての書類を北方にある街に届けて欲しいとの内容だった。
どうやら、ブロウは遠征軍に紛れてそちらで極秘裏に新武器開発を行っているようだった。その為、それに関しての書類を届けるのは情報漏洩の心配の少ない私が最適と判断したのだろう。
だが、期日が少々ネックで、一週間以内に届けろとのことだった。一週間後は満月、それまでに間に合えばいいが、ここからの距離で考えると、どう頑張っても一週間はかかるだろう。
「それで、内容はなんなのですか?」
シルヴィーは興味津々に私の顔を見つめるが、誰が機密情報をこうも早々と漏洩するだろうか。
「教えるわけないじゃないですか。それよりも、私はこれからやることがあるので、もう行きますね」
「少しくらいいいじゃないですかー」
「昇進したら考えておきます。それでは、私はこれで」
「アレスさん、仕事熱心なのはいいですけど、ほどほどにですよ」
「頭の片隅にいれておきます」
少々、シルヴィーに対しての扱いが杜撰だったかもしれないが、時間が無い中だから仕方ないか。
それよりも、まずはブロウに書類を届けなくては。
私は外套を受け取り、雨の降る中、本部を目指して歩き出すのであった。
抄録 雨中若菜 @Fias
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