公爵令嬢の戯言
「ヴェロニカ様は、とてもお美しいですわ」
「えぇ、まさに流行の最先端。まさに社交界の華ですわ!」
そんな見え見えのお世辞に対して、にっこりとした偽りの微笑みを浮かべるわたくし。そして、紅茶を一口飲みました。今日はとある伯爵家でのお茶会。招待されたため、やってきたのですが……自慢話のオンパレードで嫌になっちゃいますわ。
(……はぁ、早く屋敷に帰りたいわ)
だから、そんなことを心の中で思う。
わたくしの名前はヴェロニカ・リールシュ。リールシュ公爵家の長女だ。
******
「おかえりなさい、ヴェロニカ」
「おかりなさい、お姉さま!」
屋敷に帰ったわたくしを出迎えてくださったのは、たくさんの使用人。それから、お母様と弟のラルフ。わたくしを見るなり抱き着いてくるラルフを宥めることもせず……わたくしは、とても愛くるしい顔立ちをしているラルフを抱きしめます。あぁ、ラルフと会うと一日の疲れも吹っ飛んじゃうわ!
「本当にヴェロニカとラルフは仲がいいわね」
お母様が、そんなわたくしたちを見つめながら、微笑みます。お母様は所謂美魔女の一歩手前です。三十代後半に突入しかけているというのに、いつまでたっても若々しい。見た目だけで判断され、二十代前半に見られることも少なくはない。
「お母様、少しばかり今日の愚痴を聞いてくださいませ! わたくし、今日のお茶会でとても疲れましたの!」
ラルフを解放した後、すぐにお母様の方に抱き着きます。十五歳にもなって母親離れ出来ないのか、とか言われてしまいそうですが、わたくしにとってお母様はとても尊敬できるお方であり、目指す女性像そのもの。離れたくありませんわ。
「そうなのね。私には縁のない世界だったから、ヴェロニカの気持ちは分からないけれど……吐き出してすっきりとするのならば、いくらでも聞くわ。シャルロッテ、ヴェロニカの好きなお茶菓子とお茶を準備して頂戴」
「はい、奥様」
メイド頭であるシャルロッテにそんな指示をだしたお母様は、引っ付く私を引き離すこともなく、頭をなでてくださる。あぁ、この時間が至福の時間なの! 横ではラルフが頭にクエスチョンマークを浮かべながら、「お姉さまお疲れなの? 僕が癒してあげる!」と言いながらわたくしの手を握ってくれる。あぁ、何て可愛らしいのかしら! まだ七歳だものね、可愛い盛りだわ!
*******
わたくしの生まれ育た家、リールシュ公爵家というのは、王家が持つ公爵の爵位の一つ。基本的には結婚して王家を除籍された方が名乗る爵位とされています。つまり、わたくしは王家の血を引いております。だって、お父様が元々王子様ですからね!
お父様とお母様は、貴族王族の間では珍しい恋愛結婚。元子爵令嬢だったお母様を、お父様が口説き落としたらしいです。そのこともあってでしょうか、お二人は今もなお、とても仲睦まじいです。それに、お母様はとてもお優しいお方。使用人たちに慕われているし、領民たちにも慕われているのですよ! そんなお母様のことが、わたくしは大好きなのです。
だから……そんなことで、謝ってほしくないのです。
「……お母様の娘で、わたくしは幸せなのです。だから……そんな、わたくしの気持ちが分からない、と謝らないでほしいのです」
高位貴族として生まれ育ったわたくしと、嫁入り前まで下位貴族として過ごしてきたお母様だと、価値観が違うのはある意味当たり前。なのに、お母様は高位貴族のご令嬢として生まれ育ったわたくしの気持ちが分からない、と申し訳なさそうにしています。わたくしは、お父様とお母様の娘で、ラルフの姉で、とても幸せだというのに。
「……そう言ってくれると、嬉しいわ。私も、ヴェロニカの母親に慣れて、とても幸せよ」
お母様が、そんな風に微笑みます。その微笑みは……とても美しくて、娘のわたくしも見惚れてしまいそうになります。これは、お父様が惚れ込むのもわかりますわ。
「ヴェロニカ。私、これ以上ないほど、幸せなのだ。旦那様がいて、ヴェロニカがいて、ラルフがいて。それに、使用人方もいて。……あの時には、考えられなかったことなのよ」
お母様は、たまに遠い昔のことを思い出されて、そんなことをおっしゃる。「あの時」がどんな時だったのか、大体は聞いていますが、詳しいことは知りません。でも……。
「生まれてきてくれてありがとう、ヴェロニカ」
そう言われれば、返す言葉はたった一つだけ。
「わたくしはお母様のことも、お父様もことも、ラルフのことも大好きですわ! 嫁になんて行きたくないぐらいですもの!」
わたくしは、堂々とそう言った。
そう宣言できるぐらい……わたくしは、幸せだから。
悪人の第六王子様はとある子爵家のご令嬢を手に入れたい 華宮ルキ/扇レンナ @kagari-tudumi
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