本編 後日談 『二人のその後とお話の裏の裏』
第25話 『表の表の後日談』
「お母様、お母様! あのね、今日ね――」
「ヴェロニカ。そんなに焦らなくてもいいのよ。お母様はずっとここに居るから」
あの結婚式から八年後。私はリールシュ公爵家という公爵家の当主夫人になっていた。リールシュとは王家が持っている公爵の爵位の一つらしく、王家を除籍された王子がその後三代限りで名乗ることが許される家名らしい。三代を過ぎた後は、王家に返還するため、公爵という身分が増えすぎる心配もない、とのことだった。
今、私の側でぴょんぴょんと跳ねながらお話を聞かせてくれているのは、私とナイジェル様が結婚して一年後に生まれた長女、ヴェロニカ。私が腰かけているベッドに手をついて、ぴょんぴょんと跳ねながら、嬉しそうにお話を聞かせてくれる。最近体調が悪くてヴェロニカとはあまりお話が出来ていなかった。だからだろうか、ヴェロニカは嬉しそうに、楽しそうにお話を聞かせてくれる。
「ねぇねぇ! 今度はわたくしお母様とお父様のお話が聞きたいわ! お母様とお父様の出逢いのお話がわたくし大好きなの!」
ヴェロニカが、キラキラとした瞳で私を見つめてくる。ヴェロニカの金色のふわふわとしたウェーブのかかった長い髪はナイジェル様譲り。その真っ赤な瞳は私譲り。顔は瞳のみ私にそっくりで、他はナイジェル様に似ている。だから、きっと美形に育つだろう。
「そうね。また、お話しましょうか」
ナイジェル様は、よくヴェロニカに私とのなれそめを話していたらしい。その結果、すっかりそのお話が好きになってしまったヴェロニカ。でも、ごめんね。ところどころ、美化しているのよ。
私が元々婚約をしていた人は、とても悪い人だった。そこを助けてくれたのがナイジェル様。そして、そのまま結ばれた。そんな綺麗なお話に仕上げている。実際は、もっとどろどろとしているんだけれど。
「おかーさま。わたくし、お母様のこともお父様のことも大好きですわ! もちろん、使用人の方々も大好き! わたくしね、この家に生まれてすごく幸せなの!」
不意に、ヴェロニカがそんなことを言ってくれる。……なんだか、その言葉だけですべてが救われる気がする。
だから、私はヴェロニカをベッドに上げて、その手のひらを私のお腹に当てた。不思議そうに私の顔を見上げるヴェロニカに、私はただにっこりと笑って告げた。
「あのね、ヴェロニカ。貴女、もうすぐお姉様になるのよ」
と。
******
「ただいま帰りました」
そんな声とほぼ同時に、私とナイジェル様のお部屋の扉が開く。私がゆっくりと身体をベッドから起こそうとすれば、「そのままでいいですよ」と今入ってこられたナイジェル様がおっしゃってくださる。だから、私はその言葉に甘えることにした。正直に言えば、今は動くのがしんどい。ヴェロニカの時も思ったけれど、妊娠するととても大変なのよね。
「旦那様、おかえりなさいませ」
そう言って私がにっこりと笑えば、ナイジェル様が私のすぐそばに来てくださる。結婚式の時よりもずっと大人になられたナイジェル様が、私を抱きしめてくださった。そして、そのまま頬にキスをしてくださる。この時間が、私は好きだ。
「アミーリア。仕事が少し落ち着いて、出産が終わったら、一度領地の方に行きましょう。……田舎の方が、もしかしたらこの子にも合っているかもしれませんからね」
ナイジェル様が、私のお腹に手を当てて、そんなことをおっしゃる。そう言えば、ヴェロニカの時もそうしたっけ。ヴェロニカはすっかり領地を気に入ってしまって、そこの同年代の子たちと友人になった。どうにも、あの子も私に似て社交の世界が苦手らしい。だから、領地の方が落ち着くのだろう。
「そうですね。領地のお食事もとても美味しいですし、ヴェロニカもきっと喜びます」
喜ぶヴェロニカの顔を思い浮かべて、私は嬉しくなる。あの子は、私の宝物だ。もちろん、これから生まれてくるこの子も。そして……素敵な旦那様であるナイジェル様のことも、大好き。
「……そうだ。今日、ヴェロニカがお姉様になることを、本人に伝えたの。すごく、喜んでくれたわ」
「なら、よかった。女の子が男の子かまだ分かりませんが、次はアミーリアにそっくりな子が良いですね」
「……私よりも、旦那様にそっくりの方が美形ですから、そちらのほうが良いですよ」
「俺からすれば、アミーリアよりも美形な人間はいませんよ」
そんな会話をしながら、どちらともなく微笑み合う。それが、今の私にとって一番の幸せ。ナイジェル様と、ヴェロニカと、生まれてくるこの子と。そして、使用人の方々。……私は今、すごく幸せだ。
「ナイジェル様」
私がそう言えば「その呼び方は懐かしいですね」とナイジェル様がおっしゃった。そうだっけ? とそんなことを思うものの、結婚してからはほとんど「旦那様」と呼んでいることもあり、名前で呼ぶことはほとんどない気がする。ナイジェル様は、私のことをいつも名前で呼んでいるけれど。
「……私、すごく幸せです。……ずっと、私と一緒に居てくださいね」
「もちろん!」
私の言葉に、すぐにそんな返事を下さるナイジェル様が、私はすごく好きだ。
あの時には考えられなかった幸せを、ナイジェル様は私に与えてくださった。だから……私は、この人をずっと支える。ずっと、ずっと……。
【表完】
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