最終話 『裏の裏の後日談(ナイジェル視点)』


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「相変わらず、埃っぽいな」


 王宮のとある地下室。そこは、相変わらず掃除がされていない。埃っぽく、とてもではないがアミーリアを連れてくることは出来ないな、なんて思う。まぁ、こんな薄暗いところに連れてくる気はさらさらないのだけれど。こんなところに連れてきて、身体に不調が表れたら俺が後悔の念に苛まれてしまうし、アミーリアを苦しめてしまうことになるからな。


 俺の名前はナイジェル・リールシュ。リールシュ公爵家の当主。アミーリアと結婚して八年。最近は公爵の仕事にもようやく慣れてきて、領地の経営もうまく軌道に乗り始めた。娘のヴェロニカも七歳で可愛い盛り。アミーリアにべったりなのは少々気に食わないが、それでもアミーリアを悩ませるよりは全然いいだろう。


「お待たせ、早かったのね、ナイジェル様」

「……シェリア、一年ぶりだな」


 地下室の奥の方の扉から現れたのは、肩の上までの綺麗な金色のふわふわとした髪をした女。彼女の名は――シェリア・ロード。ほかでもない、アミーリアとアミーリアの元婚約者、ネイトの婚約破棄の原因になった女だ。実は彼女、他国からやって来た留学生なんかじゃない。ちゃんとしたこのソーク王国の出身だ。そこらへんは、俺の力を使って偽っておいた。そして、彼女は聖女のような性格でもない。むしろ、悪魔のような性格なのだ。ある意味、真逆だ。


 ロード男爵家と言えば、この王国の「裏の男爵家」の一つである。そこの次女であるシェリアは、俺の駒のような存在だ。「裏の男爵家」とは、このソーク王国に十ほどある、王族専用の便利屋。それ相応の生活を保障する代わりに、王族の極秘任務を請け負ってくれる。それは邪魔者の暗殺でも、誰かを貶める、といったことでも構わない。


「えぇ、一年ぶりね。……あれから八年、か。時がたつのは早いわねぇ。あたしもそろそろ身を固めるべきかしら」


 金色の髪を弄りながら、シェリアがそんなことをほざく。彼女はとても美しい。だけど、性格は最悪だからな。嫁にしてもいいという貴族がいるかどうかは分からない。


「あ、そうだ。そんなことを言いに来たんじゃないのよ。……あの男、ネイト・ニコルズ元伯爵令息がさ、アミーリア様に近づこうとしているっていう噂を耳にしたからね。一応、貴方の耳にも入れておこうと思ってさ。……アミーリア様に、近づけたくなんてないでしょう?」

「あたりまえだ」


 髪の毛をかきあげながら、シェリアはそんなことを俺に問いかける。相変わらず、見た目だけは美しい。まぁ、俺からすればアミーリアの方がずっと美しいが。


「とりあえず、追加の報酬はこれでいいか?」


 そう言って、俺が懐から金銭の入った分厚い封筒を取り出せば、シェリアはさっそく中身を開けて値段を確認する。そして、にやりと笑うと「いい金額ね」と言った。


「……しかし、貴方もあんなことをするなんてね。一人の女を手に入れるために、あそこまで壮大な茶番劇を繰り広げるなんてさ。……アミーリア様が知ったら、幻滅するんじゃない?」

「かもしれないな。だからこそ、知られないように頑張っているんだろう。……お前も、余計なことは絶対に言うなよ」

「わかっているわよ。あたし、これでも口は固いの。それに、口止め料をたんまりもらっているからね。裏切ったりはしないわ」


 シェリアはそう言って、ひらひらと封筒を振る。相変わらず、可愛げのない女だ。アミーリアを少しは見習ってほしい。


「……あ、そうだ。今度二人目の子供が生まれるんですってね。……なんだかんだ言っても、幸せに暮らしているみたいで、あたしは安心したわ。……じゃあね、もう、あたしみたいな人間に関わらずに幸せになりなさいよ。――悪人王子、いいえ、悪人公爵様」

「……あぁ」


 それだけ言ったシェリアは、軽い足取りでこの部屋から出ていった。


 残された俺は、壁にもたれかかりながらいろいろなことを考えてみる。アミーリアのこと、ヴェロニカのこと、シェリアのこと。そして……忌々しい男であるネイト・ニコルズのこと。


(……さて、最後の処理をどう行うか……)


 ネイトがアミーリアに近づかないようにしなければ。それこそ、彼女は今身籠っているのだ。近づかれ、傷つけられたら俺が怒りでどうにかなってしまう。虐殺してしまうかもしれない。そうすれば、自然と本性がバレてしまうわけだ。それは、得策ではない。


 俺は、どうやってうまくネイトを処理しようか、ということを考える。そして、シェリアが出ていった方とは反対側の扉から、この部屋を出ていった。


 光の当たる場所に、帰ろうか。愛しいアミーリアとヴェロニカ。そして、生まれてくる子供のところに、帰るために。


「……アミーリア。愛しているよ」


 そう、俺は小さく呟いた。狂った俺の、狂った茶番劇。それは――完全に、成功した。


【裏完結】

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