第21話 『障害は乗り越えるもの』


「……俺の母親は、父上の元第三夫人でした。それは、知っていますよね?」

「え、えぇ……」


 ナイジェル様が、いきなりそんなことを私に尋ねてきました。……いったい、いきなり何なのだろうか。そう、思った。


 ナイジェル様と第四王子様のお母様は、現国王様の元第三夫人様。それは、一般常識だ。第一夫人であり、王妃であるお方は他国の王族様。第二夫人はこの王国の名門侯爵家のお生まれのお方。そして、ナイジェル様のお母様である元第三夫人様は、伯爵家のお生まれだそうだ。これは、ソーク王国の国民ならば、誰もが知っていることだ。


「……母上は、伯爵家の生まれでした。父上と母上は、ずっと恋仲だったんですよ。でも……身分の関係から、母上は第三夫人にしかなれなかった」

「…………」

「つまり、何が言いたいかっていうと、父上は俺たちには同じ思いをしてほしくない、って言っていたんです。俺たちには、好きな人と結ばれてほしいって。俺が、とある子爵令嬢に惚れ込んでいる、という噂が、父上にまで届きました。そしたら、そんなことを父上は伝えてきたんです」


 ……それは、つまり……ナイジェル様と私が結ばれることを、認めてくださっている、ということ? で、でも……。


「で、でも……」

「……母上は、確かに三年前に亡くなりました。そして、その時にも実は言われていたんです。――後悔のないように、自分の意思を貫けって」

「…………」

「俺は、自分の意思を貫きたい。そして、貴女と結ばれたい。そう、本気で思っているんです。……だから……その、えっと……」


 ナイジェル様が、言葉に詰まり頭をかきむしられる。それは、何かうまい言葉を探しているかのようにも、見えた。……なんだか、とても可愛らしい。……かっこいい言葉なんて、上手い言葉なんて、私にはいらないのに。


「……頭を使うのは、元々あまり得意じゃない。だから……率直に言います。俺は――本気で貴女のことが、アミーリアのことが好きだ、大好きだ、愛している。……俺と一緒に、幸せになりませんか?」


 そうおっしゃったナイジェル様が、私の方に手を差し出される。私は、その手に自身の手を重ねようとして、引っ込めてしまった。……ここで手を重ねてしまえば、もう引き返せない。


 あれだけ、葛藤をした。あれだけ、辛い思いをした。この恋を、諦めようと努力した。いろいろな気持ちが、私の頭の中を駆け巡る。……でも、やっぱり……自分の気持ちに、素直になりたい。そう、思ってしまう。


「……きっと、障害はたくさんあると思うんです。でも……アミーリアと一緒ならば、どんな障害でも乗り越えられる気がする」

「…………」

「父上が、言っていたんですよ。障害は――乗り越えるものだと」


 そんな言葉が聞こえたとき、私は思わずナイジェル様の瞳を見つめた。……この人は、本気だ。私のことを、本気で想ってくださっている。


 この人は、どれだけ私が葛藤していたかなんて、知らない。この人は、どれだけ私がこの恋で苦しんでいたかなんて、知らない。どれだけこの恋をあきらめようとしていたかなんて……知らない。


 それでも……この人は、私だけを愛してくれる。そんな変な確信が、あった。


 そして、それとほぼ同時にナイジェル様がにっこりと微笑まれる。……その笑みは、私の気持ちを解くには十分すぎて。


(……やっぱり、この人と一緒に居たい、結ばれたい……)


 そんな気持ちが、蘇ってくる。


 ――障害は乗り越えるもの。


 その言葉は、ひどく耳に残っていた。

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