第20話 『身分差と自分の気持ち』


 ボーっとしながら真っ青な空を見上げる。真っ青な空はとても綺麗で、雲一つなくて。雲行きの怪しい私の心とは、大違いだった。


 今はお昼休み。昼食を済ませ、私は一人中庭に座り込んでいた。ナイジェル様に見つからないように、と必死に隠れた甲斐があったのか、今のところ見つかっていない。だって、ナイジェル様は人前でもべたべたするんですもの。私、恥ずかしくて仕方がないの。それを伝えても、分かってくださらない。……心が、乱されている気がするから、嫌なのに。


「……身分差、かぁ……」


 身分差のことを考えると、苦しくなる。だって、私は下位貴族の生まれ。財産はたくさんあるけれど、家の爵位が低い。だから、ナイジェル様と喜んで結ばれることが出来ない。……私は、ナイジェル様のことが好き。でも……ナイジェル様の幸せを考えると、私よりもよっぽどいい人がいると思ってしまうのだ。なんだか、外堀から埋められているような気もするのだけれど、当の本人である私が落とされなければ、いいだろう。


 身分を変える方法は、どこか爵位の高い家の養女になるほかない。結婚すれば身分が変わるけれど、結婚したらナイジェル様と結ばれることはもっとできなくなる。そうなると、養女という方法の身になるんだけれど……私は、両親が好きだ。家族が好きだ。だから、ここまで育ててくれた恩を仇で返すようなことは、出来やしない。


「……気にしなくてもいい、か……」


 ナイジェル様は、いつも私が身分差のことを言うと、決まっておっしゃるのだ。『気にしなくてもいい』と。それでも、私は気にしてしまう。ナイジェル様は第六王子様。王位を継ぐことはないだろう。だからこそ、高位貴族のご令嬢と結婚し、確かな身分を得るのが一番なのだ。私のレベルにまで……落としたくはない。


 もしも、私が伯爵以上の家の生まれだったら。そう思うたびに、自己嫌悪に陥ってしまう。だって、生んで育ててくれた両親のことが嫌いみたいなんだもの。そんな事、絶対にないのに。私は……両親や家族のことが大好きだし、感謝もしている。だから……こんなことを思うのは、筋違いなのだ。


 膝を抱えて、どうしたらいいかを考える。でも、考えても考えても、答えなんて出てこない。出てくるのは無意味な悲しみの数々と、自己嫌悪だけ。……もう、ナイジェル様の前から逃げてしまおうか。そうとさえ、思ってしまう。そうすれば、ナイジェル様は別の女性と結婚して、私も新しい恋に踏み出せるんじゃないか。そう、思うのだけれど……それを考えれば考えるほど、胸が痛む。失恋だと、心が思ってしまうのかもしれない。


「アミーリア」

「……ナイジェル、様……」


 不意に、頭上から男性の声が降ってくる。それは、私が間違えるはずのない、ナイジェル様のお声。私が顔を上げれば、そこには当たり前のようにナイジェル様がいらっしゃって。その瞳が、私の決意を揺らがせる。笑顔も、とてもまぶしくて。私のことを好きだと言ってくださって。そんな彼のことが……私も、好きで。


 ナイジェル様は、私が婚約を破棄されてからというもの、私のことを「アミーリア」と呼び捨てで呼ばれるようになった。それは、距離が縮まるから、ということからだそうだ。「嬢」という言葉が消えただけなのに、とても距離が縮まった気が、私もする。当時は嬉しかった。でも……今は、辛いだけだ。


「アミーリア。何を悩んでいるんですか? ……貴女、考え込む癖がある。そんなに深く考えなくても、良いんですよ」


 ナイジェル様が、私のお隣に腰を下ろして、そんなことをおっしゃる。甘やかさないで。私のことを、愛さないで。そう、言いたい。のに、言えない。


「ほら、アミーリアの好きなクッキーを持ってきたんです。王宮のパティシエに作ってもらったので、味も品質も確かですよ」


 ナイジェル様が、手に持っておられた包みを開けると、そこにはたくさんのクッキーが入っていた。……とても、美味しそうだ。それに、王宮のパティシエ様が作ってくださったということは……味は、確か。装飾も凝っており、なんだかまるで一流の芸術品みたい。


「……アミーリアのために、持ってきたんです。だから……一緒に食べましょう」


 そう優しく話しかけられて、私の心がまた揺れる。……拒否しなきゃ。拒絶しなきゃ。そう思うのに……ナイジェル様の笑顔と、目の前に差し出されたクッキーの魅力には、勝てやしなくて。


「一緒に食べながら、貴女の悩みを聞かせてください。……多分、俺が原因なんでしょうが……。それでも、聞かせてください。貴女に対する好意の表現以外ならば、何とかしますから」


 ナイジェル様はそうおっしゃって、私の手に一枚のクッキーを手渡してくださった。……美味しそう。そう思って、口にクッキーを放り込めば、とても甘い味が広がった。……やっぱり、美味しい。


「……貴女が話したくないのならば、俺が少しだけお話をしますね。……ちょっとした、昔話ですけどね」


 そんなことをおっしゃったナイジェル様は、ご自身もクッキーを一枚、口に放り込んでおられた。

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