第18話 『婚約破棄直後のプロポーズって、冗談ですよね?』


「はい、どうぞ、アミーリア嬢」

「え、え? の、乗るんですか? わ、私がっ!?」

「えぇ、もちろん」


 ナイジェル様に横抱きにされたまま私が連れてこられたのは、王家の紋章が付いた馬車が停まっている場所でした。私が乗っている馬車とは全く違う、豪華絢爛な馬車に圧倒されていると、ナイジェル様が私に乗るように、と促してくる。……い、いや、私……。そう思って気後れてしていると、ナイジェル様に背中を押されてしまう。驚いてナイジェル様を見つめると、にっこりとした良い笑みで返されてしまった。……いや、いったいどういうことなんですか?


「……ちょっと貴女とお話がしたいんですよ。二人きりで、ね。……だから、乗ってください。……ちょっと誤解を解きましょう」

「……誤解、ですか……?」


 私とナイジェル様の間に、誤解があるの? それっていったい……どういう、こと? そう思っている間にも、ナイジェル様に背中を押される。だから、私は渋々馬車に乗り込んだ。椅子はふかふかであり、馬車の中も綺麗だ。……なんていうか、オルコック子爵家の馬車とは大違い。いや、一緒にするのも失礼なんだけれど。


 馬車に乗り込んだ私の後からナイジェル様が乗り込む。私のお隣に座られたナイジェル様が、馬車を走らせるように、と指示をだす。すると、馬車がすぐに走り出した。


「……あ、あの……誤解って……?」

「……その前に一つだけ言わせてください。……貴女が、あの男と一緒にならなくてよかった」


 にっこりと笑われて、ナイジェル様が私に向き合われる。その笑顔が、とてもかっこよくて。先ほどまでネイト様に向けられていた厳しい視線とは全く違う。そのこともあり、私の心はほっと安心していた。いつもの、ナイジェル様だ。……でも、少し、少しだけ違う。……なんていうか……とても甘い雰囲気で、甘い笑みを浮かべられている、というか……。


「……あ、あの……ど、どうして……?」


 私のその言葉を聞いたナイジェル様が、グッと私の顔にご自身の顔を近づけてこられる。近い、近い近い近い近い! ナイジェル様の美しい顔が、私の視界を支配して、私はどうしたらいいかが分からなくなってしまう。思わず視線を逸らせば、ナイジェル様は私の問いかけに返事を下さった。


「……そんなの、決まっているでしょう。俺は、アミーリア嬢のことが大好きだからです。もちろん、恋愛的な意味で、ね」

「……え?」


 そ、それって……。な、ナイジェル様も私と同じ気持ちだったって、こと? ナイジェル様も、私のことを好いていてくださったってこと、なのよね……? で、でも、そんなのありえなくて。これは、私の都合の良い夢、何じゃないの……。


「夢なんかじゃない。俺はアミーリア嬢のことが好きですよ。大好きでも。誰にも渡したくないぐらいに、大好きなんです。だから……」


 そこまでおっしゃったナイジェル様が、私の手を握られる。……その手のぬくもりが、やけに伝わってきて。だからこそ、私はこれが夢じゃないんだって実感した。これは、現実。ナイジェル様が……私のことを、大好きだって、恋愛的な意味で好きだっておっしゃってくださったのも、現実。


「――アミーリア嬢。俺の婚約者になってください。ずっと、ずっと好きだったんです。……俺が、貴女のことを一番愛していますから」


 ナイジェル様がそうおっしゃって、私の身体をふわりと抱きしめられる。……温かくて、ナイジェル様の金色の髪が私の頬に当たって、こそばゆい。でも、そのこそばゆさも嬉しくて。……だけど、私とナイジェル様じゃ……身分が、違いすぎて……。


「む、無理ですよ……。私、ただの子爵令嬢なんですよ。だから……ごめんなさい」


 嬉しかった。心はすごく弾んでいて、ナイジェル様のプロポーズを受け入れたい、と思ってしまう。だけど、無理だった。そんな勇気、私にはなかった。だって、私はただの子爵令嬢。王子様に嫁げる身分じゃない。ナイジェル様の将来を考えると、アイリス様と結ばれた方が、絶対に良いの。私じゃ……ダメなんだ。


「どうしてですか? 俺のことが……嫌いなんですか?」


 そう、悲しそうにおっしゃられて、私はプロポーズを受け入れてしまいたい、と思った。だけど……好きだから、別れないといけないの。相手の将来を考えると……別れないといけない時だって、あると思うんだ。


「そ、そうじゃない、んです……。ただ……身分のことを、考えると……」


 俯いて、そういうことしか私には出来なかった。貴族社会では身分が一番大切。私が……ナイジェル様と一緒になれないのは、それがあるから。


「そんなの、どうでもいい。じゃあ……身分なんてどうでもいいって思うぐらい、俺のことを好きになってください。俺は――本気で貴女を、口説き落としますから」


 そうおっしゃって、ナイジェル様が私の手を強く握られる。好きな人に手を握られて、私の心臓はバクバクと主張をしている。でも……口説き落とされるわけには、いかない。そう、強く思った。


(……私……)


 それでも、心が揺れる。プロポーズを受け入れたい。そう思っている気持ちがあるのも、事実だったから。


「俺が、貴女の本当の運命の相手だって――思わせてあげますからね」


 それから、私はナイジェル様からの猛アピールを受けることになるのだけれど……この時の私は、そこまで深く考えていなかった。

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