第17話 『決まった勝敗』


 私が顔を上げると、にっこりと私に向かって笑いかけてくださるナイジェル様が、いらっしゃった。だけど、私は視線を交わらせることが、なんだか苦しくて、すぐに視線を逸らしてしまう。泣いている顔なんて、やっぱり見せたくなかった。だから、私はただ俯いて、ナイジェル様の視線から逃れていた。


「……な、ナイジェル様!? ど、どうして……」


 ネイト様が、そんな驚いたような声をあげられる。でも、その声は何処か焦っているようにも聞こえた。……もしかして、ナイジェル様がおっしゃった「不正の告発」ということに、怯えているのだろうか。……ニコルズ伯爵家の不正。そんなの……私、知らない。


「どうして、ですか? そんなの、大切な大切な彼女を助けるために、決まっている。ニコルズ伯爵令息の最近の行動は目に余るからな。……そろそろ、終わりにしようかと思っただけだ」


 ナイジェル様が、そうおっしゃって今まで私に向けたことがないぐらいの、冷たい視線をネイト様に向けられていた。ただでさえ鋭いナイジェル様の瞳が、さらに鋭くなる。……でも、そんなのどうでもいい。……私は、ナイジェル様にとって、とても大切な人なの? それが、何故かこんな場面でも嬉しかった。でも……今は、そんなことを考えている場合じゃない。


「さて、俺はアミーリア嬢と休み時間はほとんど一緒に居ましたよ。だから……貴方たちのいう、いじめやら嫌がらせをアミーリア嬢がすることは出来ません。……それとも、俺のことも敵に回しますか? そして……貴方、アミーリア嬢のことが気に食わないからと言って、嘘の証言をしてはいけませんからね」


 さも当然のように、ナイジェル様がそうおっしゃって、目撃者だというご令嬢を指さす。すると、そのご令嬢は顔を真っ青にして「ごめんなさい!」と大声で謝っていた。身体をガタガタと震わせながら、「だ、だって……これは、その……で、出来心で……」なんて言い訳を、繰り返す。


 それを聞いてか、周りの生徒たちからもネイト様たちのことを疑うような声が聞こえてきた。……どこまで行っても、人間というものは愚かな生き物だ。……こんなにも簡単に、意見をひっくり返すなんて。私がやっていない、と言っても信じてくれなかったくせに。ナイジェル様のお言葉一つで、意見をひっくり返すのだから。


「はぁ、もういい。とりあえず、断罪ショーだなんていうから来てみれば、とんでもない茶番だな。がっかりだ。だからこそ……本当の断罪ショーを見せてあげます」

「な、ナイジェル様……そ、それは……その……」


 ネイト様が、そうおっしゃって顔を真っ青にする。でも、ナイジェル様は止まらない。まるで……本気で怒っているかのようで。私なんかのために、この人は本気で怒ってくださっているのだ。そのことが、嬉しくて、私の胸が高鳴っていく。


(……私は、ナイジェル様のことを拒絶したのに……)


 そう、心の中で思いながらただナイジェル様を見つめた。すると、ナイジェル様が一瞬だけこちらを向いて、「大丈夫」と口パクで伝えてくださった。なにが、大丈夫なのだろうか? もうすでに、私はナイジェル様に助けていただいている。だから……ナイジェル様が言う、本当の断罪ショーの意味が、分からないし、それが「大丈夫」だなんて、意味が分からない。


「さて、じゃあ……とりあえず、状況を整理しましょうか。ニコルズ伯爵家はオルコック子爵家に財政的な援助を求め、婚約を打診した。……もっと、上の爵位の家に打診しなかったのは……どうしてでしょうか? それは、簡単ですよ。オルコック子爵の人の良さに付け込んだからです。……たかが子爵家。こちらの要望を断わることは出来やしない。そう、思っていたんでしょう?」

「ち、ちが……」

「違う? 冗談もほどほどに。ほかの伯爵家からは相手にされていないニコルズ伯爵家。その理由は簡単、ニコルズ伯爵は違法の賭博が趣味のようなものですし、夫人も散財癖が激しく、家は常に借金まみれ。だからこそ……貴方は言われていたんでしょう? ――彼女を絶対に手放すなって」

「…………」


 ナイジェル様は、笑顔でそんなことを告発する。……それは、私が知らないことばかり。私が、お父様やお母様から聞いたお話とは、全く違って。……でも、なんだか少しだけ納得した。お父様もお母様も、私に余計な心配をかけないように、としてくれたのだろう。


「でも、貴方はシェリア嬢に惚れ込んでしまった。……だからこそ、彼女に悪いところがあった、ということにして婚約を破棄しようとしたのでしょう? ちなみに、俺は全部知っていますよ。……だって、俺は――貴方が、大嫌いで大嫌いで仕方がないですからね」


 いい笑顔で、ナイジェル様がそんなことを告げる。ナイジェル様は、いつの間にか私腕を片手で掴まれていて。その行動はまるで、私を励ましているかのようにも、感じられた。


 でも……ナイジェル様とネイト様に、接点はあっただろうか? どうして……ナイジェル様は、ネイト様のことが一方的に大嫌いなのでしょうか?


「……くっ! あ、アミーリア! お前がナイジェル様と仲良くなんてしなければ……!」

「責任転嫁は止めてください。元々はすべて貴方が悪い。……もうそろそろ、諦めろ。……往生際が悪いなぁ。……なぁ、シェリア嬢?」


 ナイジェル様のその声で、私はシェリア様に視線を向けた。でも……光の加減で、シェリア様の表情ははっきりとは見えない。だけど、一つだけわかることがある。……シェリア様は、全く動揺なんてしていないんだって。


「……あら、ナイジェル様。私は何も知りませんわ」


 そうおっしゃったシェリア様の声に込められた意味は……焦りも、何もなかった。ただ、淡々とそうおっしゃるだけ。そして、無表情だ。まるで、こうなることがわかっていたかのようにも、見える。それはまるで……すべてを、悟っているようにも見えた。


「……そうか。じゃあまぁ、いい」


 ナイジェル様のそのお言葉で、ネイト様が膝から崩れ落ちた。そして、小さく「嘘だ、嘘だ」とつぶやかれている。一瞬私の方を見て、強くにらみつけてきたものの、ナイジェル様が私の前に立ったこともあり、すぐに俯かれる。……この人は、いったい何がしたかったのだろうか。いや、それはわかっている。私を……陥れたかったのだ、と。


「さぁ、アミーリア嬢。……少しだけ、俺と二人きりでお話しましょうか」

「……え?」


 私が、返事をする前に、ナイジェル様が私のことを抱き上げた。軽々と私を横抱きにするナイジェル様。……え? こ、これって……お、お姫様抱っこ!? ま、周りの視線が……痛い……。


「……な、ナイジェル様……」


 私がそう言ってナイジェル様を見詰めるものの、ナイジェル様は良い笑顔で「大丈夫ですよ」とだけおっしゃる。……何だろうか、とても、安心できた。でも……。


(……でも、でも……! は、恥ずかしいことには変わりないんだから……!)


 そう思った私は、俯くことしか出来なかった。ただ、俯いて周りの視線から逃れる。それしか、今の私には出来なかったからだ。


*******


「……ふぅ、これであたしの役目は終わり。……あんなバカ男の相手をするのは、大変だったわよ。……でも、貴方の計画通りに事が進んで、よかったわよね。ねぇ――ナイジェル様?」

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