第16話 『不正の証拠、無実の証明』
そもそも、私とシェリア様にはあまり接点がないはずだ。クラスも違うし、共通の知り合いなんてネイト様ぐらい。確かに、私には動機があるかもしれない。だけど……そんな暇なこと、する気にはなれなかった。
「……私が、何をしたというのですか」
私がまっすぐにネイト様を見つめてそう言えば、ネイト様は「ははっ、とぼけても無駄だぞ」とおっしゃる。別に、私はとぼけているつもりはない。本当に、分からないのだから。
「お前はシェリアの制服を泥水で汚したり、教科書を切り刻んだり、シェリア自身に冷水を浴びせたのはわかっているんだ!」
そんなことを、ネイト様は堂々とおっしゃった。……本当に、意味が分からない。私、そんな事、していない。むしろ、別の誰かがやったんじゃないの? その罪を、私に着せようとしているんじゃないの? そう思った。だけど、周りの生徒たちが私を見る視線には、明らかに侮蔑と敵意が混ざっていた。こそこそと聞こえる声は、「あの子、そんな子だったんだ……」という言葉や、「女の嫉妬って醜いな……」とかいう言葉ばかり。その言葉が、私の胸をつんざいていく。……違う、違う。私、そんなことしていない!
「……何の、証拠がっ!」
「証拠? そんな物、あるに決まっているだろう。証人がいるのだぞ!」
そうネイト様がおっしゃって、連れてきたのは元から私のことを気に食わない、とばかり言っていた女子生徒だった。その女子生徒は、私の成績が優秀なことを妬み、私に様々な嫌がらせをしてきた人。……そんな人、証人になるわけがない! 絶対に、私のことを貶めようとして行動をしているんじゃない! そう言いたいのに、周りの視線が厳しくて、怖くて、何も言えなくなる。
「私、見たんです! アミーリア様がシェリア様の制服を泥水の中に入れているのを!」
そんな真実じゃない言葉を、堂々と言うその女子生徒。周りがその女子生徒の言葉が、正しいと思い込んでいるような空気になる。人間というものは、醜い。集団心理が働くと、周りに合わせようとする。そして、誰か一人でも異端児を見つければ、そこに集中砲火を浴びせようとする。そして、今、その集中砲火を浴びているのは私なのだ。
「違う! 私、そんなことしていませんから!」
いつの間にか、心の中にあった余裕は消えていた。このままだと、私は濡れ衣を着せられてしまう。そして、悪くてこの学園を退学処分になってしまうだろう。良くても、謹慎処分は免れない。だって、シェリア様は他国の貴族なのだ。国内の貴族じゃないから、ある意味当たり前なのだ。それに、そんなことになったらっ! 私、家に迷惑をかけることになるじゃない。それだけは、嫌だ。絶対に嫌だ! 濡れ衣なんて、着せられたくない!
「往生際が悪い! 今謝ればシェリアも許してやると言っているんだぞ! なぁ、シェリア?」
そんな風にシェリア様に問いかけるネイト様は、とても優しそうな瞳をされていて。私には、一度も見せたことのない表情だった。
「えぇ、今謝罪してくださればすべてを無にしますから!」
――ですから、罪を認めてください。
そんな声が、私の耳にはしっかりと届いた。それを聞いた周りの生徒たちは「優しいな」「まるで女神みたい」なんて、的外れなことをおっしゃっている。……違う、違う、違う! 私は、そんなことしていないのに!
「私、嫌がらせなんてしていない! だから……」
「ほう、ならば、お前は自分の無実を証明できるのだな。ならば、証拠を出してみろ!」
ネイト様のそんな言葉が、私の胸に突き刺さる。証拠? そんな物……あるわけないじゃない。シェリア様が被害を受けたという時間は、決まって私が「一人だった時」なのだ。証人なんていないし、防犯の魔法カメラもついていない場所に一人でいることが多かった。……そうなったら、私、どうやって無実を証明すれば……。
「ふん、証拠も出せないじゃないか。ただの言い訳、か。するのならばもっとましな言い訳をするんだな」
違う、違う、違う! 言い訳なんかじゃない! どうして、みんなシェリア様のことを、ネイト様のことを信じるのよ! どうして、私のことを信じてくださらないのよ! そんなことが、頭の中をループして、惨めな気分になって。どうしたらいいかが分からなくなって、涙がこみあげてきて。私は、ただ俯くことしか出来なかった。
(……こんなの、ないよ……)
心の中でそう思いながら、ネイト様を見つめる。ネイト様は勝ち誇ったような表情をされていて……私のことを、嘲笑っているようだった。もう、このまま罪を認めてしまった方が楽なんじゃないか。そうとさえ、思い始めてしまった時だった。
「証拠ですか? だったら、俺が提出してあげますよ」
そんな声が、私の耳身に届いたのだ。それは、私が恋をしている人の声で。ほかでもない、ナイジェル様の声で。
「俺がアミーリア嬢の無実を証明して上げます。そして……ついでに、ニコルズ伯爵家の不正も、この場で告発して上げましょう」
堂々と、高らかに。そんな言葉が似合う声が、私の頭上から聞こえてきた。
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