第11話 『友情と恋心の狭間』
「とりあえず、もう彼女には近づかないでください。では」
「な、ナイジェル様っ⁉ って、え!?」
ナイジェル様は、私の言葉を聞かずに、私を抱き上げるとそのまま横抱きで運び出す。こ、これって……つまり、お姫様抱っこというやつでは……。は、恥ずかしい! 人目もたくさんあるっていうのに……!
「お、降ろしてください! 歩ける、自分で歩けますから!」
「そんなの関係ないです。あんまり暴れると落ちますよ」
私が手足をじたばたさせていると、ナイジェル様のそんな声が聞こえてくる。顔を上げれば、ナイジェル様の端正な顔立ちがよく見える。すごく、顔立ちが整っているなぁ……って、そんな事じゃない。そう思うと、視線を合わせるのが無性に恥ずかしくて、私は視線を逸らしてしまった。それと同時に大人しくなった私を見て、満足されたのかナイジェル様は何でもない風にお話をはじめられた。
「とりあえず、アミーリア嬢に怪我がなくてよかった」
そんなことを言われ、私の胸がまたざわめく。この人は、私のことを本気で心配してくれている。でも、この人は絶対に好きになってはいけない人なのだ。身分差が、あるから。もしも、私が伯爵令嬢だったら……ここまで、葛藤することはなかったのかもしれない。でも、どれだけ願っても真実は変わらない。私は、ただの子爵令嬢。ナイジェル様に相応しいご令嬢じゃない。
もしも、今ここで私を横抱きにしているのがネイト様だったら、どれだけ楽だっただろうか。ネイト様が、私のことを愛してくださっていれば。そう思うと、ネイト様を恨んでしまう。完全なる逆恨みかもしれないけれど、そもそもこうなったのはネイト様の浮気が原因なのだから、ある意味当たり前なのだと自分に言い聞かせた。
(……ナイジェル様に、相応しいご令嬢って……やっぱり……)
そう考えると、やっぱり一番に思い浮かぶのは先ほどのアイリス様で。公爵令嬢という身分と、品格のある美しさを兼ね備えたある意味無敵のご令嬢。ソーク王国で二番目に大きなハマートン公爵家のご令嬢というところもポイントが高い。……やっぱり、ナイジェル様には私よりもアイリス様の方が似合う。なんて、当たり前のこと過ぎて。
「……助けてくれて、ありがとうございます。でも……ナイジェル様には、アイリス様がお似合い……です、よ。私との関係を、勘違いされてら……困りますよね」
最後の方の言葉は、小さくなってしまった。だって、それを認めたくなかったから。私は、ナイジェル様に少しずつ惹かれている。クッキーを美味しいと言ってくださるあの笑顔も、こうやって助けてくださった優しさも、真剣な表情も。すべてに、惹かれ始めているのだ。でも、それと同時に思うのだ。彼は、好きになってはいけない人なのだと。
すべてを捨てて私を選んでほしい。
そんなわがままは言わない。だけど、せめて……私のこの思いを、木っ端微塵にしてほしい。木っ端微塵にして、私のこの体験がただの夢なんだって、思い知らせてくだされば、それで満足なのだ。
「……別に、彼女のことは好きじゃありませんよ。確かに、アイリス様とは幼馴染のように育ちました。でも……彼女に持っている感情は友情で会って、恋慕ではありませんよ。俺の結婚相手は、俺自身が決めますから」
――そんな事、私の前でおっしゃらないでよ……!
そう、思ってしまった。そんなことを言われたら、私が選ばれるんじゃないかって期待しちゃうじゃない。さっさと私のことをフッて、アイリス様と幸せになればいいのに。アイリス様と結ばれれば、誰からもお祝いされて、喜ばれるはずなんだもの。私じゃ……ダメ。私は、ナイジェル様のお隣に立てるような立派な人間じゃない。
「……そんな事、私の前で言わないでください。……勘違い、しそうになっちゃうんです」
小さく、そんな言葉をナイジェル様に零した。多分、私の顔は真っ赤だろう。だけど、伝えなきゃ。自分の想いを、気持ちを、感情を、伝えなきゃ。
「……アミーリア嬢……」
「わ、私! ナイジェル様に惹かれているんです! だから……だから! もう、優しくなんてしないでください。勘違いするようなこと、おっしゃらないでください! もう、私に関わったりしないでください!」
私がそんなことを半ば叫ぶように言うと、ナイジェル様はその場に私を降ろしてくださった。だから、これ幸いとばかりに私はその場を立ち去った。最後に小さく、「ありがとうございました」とだけ伝えた。頭を下げた。
もう、この人とは関わらない。また、ただのクラスメイトに戻るのだ。私の恋は、散ったのだ。淡い初恋なんて――幻想だったのだ。
(……胸が、痛いな……)
痛む胸を押さえながら、早歩きでその場を立ち去っていく。零れる涙は、失恋したからなのかもしれない。いや、これは失恋と言っていいのかは分からないのだけれど。だって、私が一方的にかかわらないでほしい、と言っただけなのだから。でも……これも、一種の失恋なのだ。そう思っていないと、気が狂ってしまいそうだった。
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