第12話 『自分の気持ちが分からない……』


 ナイジェル様の元から、半ば逃げるように立ち去った私。だけど……逃げた先で、さらに嫌な光景を見ることになってしまった。中庭の端の方の人目に付かない場所に逃げた私だったけれど、そこからははっきりと見えてしまったのだ。


 ――ネイト様と、シェリア様が仲睦まじく過ごしているご様子が。


(……楽しそう)


 ネイト様は、私には一切見せたことのないような優しい微笑みを、シェリア様に向けておられた。優しく微笑み、シェリア様と腕を組むネイト様は、とてもではないけれどほかに婚約者がいるようには見えなくて。私は、邪魔者なのだ、と強く認識させてきた。ゆっくりとこちらに近づいてこられるネイト様とシェリア様を見て、私は思わず近くにあった木の陰に身を隠してしまった。これじゃあ、まるで婚約者の密会を盗み見ているみたいじゃない。別に、私はそんな事したいわけじゃないのに。


「シェリア……俺は、キミが好きだ。大好きだ」

「……ネイト様……。ですが、ネイト様には婚約者様がいらっしゃって……」


 そんな甘ったるい声が、私の耳に届いた。シェリア様はそんなことを尋ねていらっしゃるけれど、顔はまんざらでもなさそうだ。それに、まさか私がそのお話を聞いているなんてことも、想像していないんだろうな。まぁ、普通はそうだよね。でも、私はしっかりと聞いている。


「アミーリアのことか? あぁ、アミーリアとはただの政略結婚だ。恋とか愛とかそういう関係じゃない。俺が好きなのは、愛しているのはシェリアだけだよ」

「まぁ! そう言っていただけると、とても嬉しいですわ。私も、ネイト様のことを愛しております」


 ネイト様のそのお言葉も、しっかりと聞いた私。だけど……前ほど、ショックは受けなかった。だって、ネイト様が述べているのはすべて真実なんだもの。私とネイト様は、ただの政略結婚。私たちの間には、恋も愛もなかった。今思えば、私は滑稽だった。一人で、ネイト様と良好な関係を築こうとしていたのだから。こうなった今、思ってしまうのだ。彼の本性を結婚する前に知れてよかった、と。


「シェリア……! そうだよ。俺が好きなのはキミだけだ!」


 大きくそう宣言されたネイト様は、場を憚らずにシェリア様を強く抱きしめていらっしゃった。強く抱きしめたネイト様に、シェリア様は頬を染めながら「はい」と答えている。あぁ、やっぱり――このお二人は、愛し合っているのだ。私は、ネイト様と結婚しても幸せに離れないのだろう。私が正妻になったとしても、シェリア様が愛人になるのだろう。そんなの、嫌だった。愛されない結婚なんて、嫌だった。


 どうにかして、ネイト様との婚約を破棄できないだろうか。ふと、そんなことに思考回路が向かってしまった。でも、婚約はされたご令嬢は次の婚約がなかなか決まらないのが現状だ。……やっぱり、諦めてネイト様と結婚するしか、ないのだろうか。


(……ナイジェル様……)


 そう思っていたのに、頭に浮かんだのはナイジェル様のお姿だった。クッキーを美味しいと言ってくださった。笑ってくださった。微笑んでくださった。真剣な顔をしてくださった。私のために、怒ってくださった。……忘れられない。あれだけ、私の方から拒絶しておいて。


(……私が、もっと……)


 自分に素直な人間だったら、ナイジェル様に「私を選んでほしい」と言えたならば。だけど、私は何処までも臆病なのだ。ナイジェル様の将来を考えると、どうしても「私を選んでほしい」なんて戯言、言えなかった。本当は、惹かれているくせに。諦めたくないくせに。


 気が付けば、ネイト様とシェリア様はどこかに去って行かれていて。残された私は、一人苦しむことしか出来なくて。胸が、チクチクと痛い。ナイジェル様のことを考えると、胸が痛くて痛くて仕方が無くなるの。


 このまま、ネイト様と結婚するべきなのはわかっている。それでも……心は、嫌がっている。ナイジェル様と一緒になりたいと、望んでいる。


(……無理なのに。そんなの、ただの願望じゃない。ただの願望で終わらせればいいのに……どうして、どうしてっ! 諦めることが出来ないのよっ!)


 そんな自分が惨めで、ばかばかしくて。私は、一人で隠れて涙を流すことしか出来なかった。恋が、こんなにも辛いものだなんて、知らなかった。身分がここまで違わなければ、こんなに悩む必要なんてなかったのだろう。でも、私が恋をしたのは王子様で。私は、下位貴族で。それは、どこまで行っても変わらなくて。


 ――絶対に結ばれない相手に、恋をしてしまったのだ。


 おとぎ話は必ずハッピーエンド。それでも……現実は、必ずハッピーエンドとはならない。バッドエンドに、なることだってあるのだ。


 私の恋が向かう先は――バッドエンドだった。きっと、そういうことなのだろうな。そう思って、自分を納得させようとした。

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