第10話 『嫌がらせとヒーロー』
「ねぇ、貴女! 本当にご自分の立場をわかっていらっしゃるの?」
「…………」
あの日から数日後。私は階段の踊り場にて、数人の女子生徒から詰め寄られていた。理由は一つ、私がナイジェル様と親しくしていることが彼女たちにバレてしまったからだ。リーダーの女子生徒はアイリス様と言い、ハマートン公爵家のご令嬢。そして、王子様方の婚約者候補の筆頭である。つまり、彼女はナイジェル様と親しくしている私を邪魔だと思っているのだろう。
確かに、私だってアイリス様の立場になると私は邪魔だと思う。身分差だってあるし、何の才能もない私にナイジェル様は相応しくない。わかっている。わかっているの。でも……心が、ナイジェル様と離れることを嫌がっていた。
アイリス様の取り巻きの方々も、私を責め立てる。それが怖くて、私は俯くことしか出来なかった。ギュッと教科書を抱きしめて、俯くことしか選択できない。アイリス様に言い返す気力も、権力も私にはないのだ。私はただのポッと出てきた子爵令嬢で、アイリス様は名門公爵家のご令嬢なんだから。どちらがナイジェル様のおそばにいるのに相応しいかなんて、明らかなの。
「本当に、それだから婚約者に捨てられるんじゃない! 代わりにナイジェル様に媚を売っているというわけでしょう? 本当に愚かとしか言いようがないわ」
「そうね~。ナイジェル様はただの親切心で貴女に優しくしているのよ? それを勘違いしているなんて、バカにもほどがあるわ」
取り巻きの方々が、そんな言葉で私を責め立てる。その言葉たちは、やけにひどく耳に残って。私は、私は……確かに、ネイト様に捨てられた。そして、ナイジェル様に好意を持っている。愚かな女子生徒なのだ。身分差もわかっていて、それでもなお――ナイジェル様の側から離れられない。そんな愚かな女子生徒。
「黙っていないで何か言いなさいよ!」
そんな叫び声が聞こえて、取り巻きの一人が私の抱きしめていた教科書をはたき落とした。バサリと音を立てて、教科書たちが床に落ちる。三冊ほどあった教科書は、無残にもそのあと踏みつけられてしまう。
「っつ!」
それが、とても悔しかった。言い返せない自分も、そんな自分に納得してしまっている自分も。アイリス様に怯えている自分も、ナイジェル様に好意を持ってしまった自分も。
すべての自分が、憎たらしかった。
「本当になんといえばわかるのよ! 馴れ馴れしいって言っているのよ! ナイジェル様のご迷惑になっていると、なぜわからないの!? 貴女、ご自分の立場をもっとご理解なさい!」
丁寧な言葉だけを並べられて罵倒されると、ある意味迫力があった。教科書を拾おうとした私だけれど、その時手首を掴まれてしまう。そして、かなり強い力で掴まれてしまったことからか、痛みが私に伝わってくる。痛みに顔をしかめる私を見ても、アイリス様たちは無視していらっしゃった。いいや、むしろそれが狙いなのだろう。私を苦しめることが、狙いなのだ。
「……わかっています。わかっているんです!」
わかっている。すべてわかっているのだ。私が、馴れ馴れしいことも、ナイジェル様のご迷惑になっているということも、ナイジェル様が親切心で私に優しく接してくださっているということも、私が自分の立場をわかっていないということも。すべて、分かっているのだ。だけど……それでも、同情からでもナイジェル様のお側に居たいのだ。ポロリと涙が零れていく。それは、身体の痛みからなのか、心の痛みからなのかが分からない。苦しい、辛い。今の方が――ネイト様に冷たくされた時よりも、ずっと苦しくて辛い。
「貴女、アイリス様のお手を煩わせているということもわかっているのよね? ちょっとぐらい、痛い目を見たらどうかしら?」
「っつ」
取り巻きの一人が、私を階段の方に向かわせる。……もしかして、突き落とす気なのかもしれない。階段の踊り場から落ちたら、相当痛いだろう。場合によっては骨折したりするかもしれない。だから、私は抵抗した。だけど……ほかの取り巻きの方々も、この行動には賛成のようで、私を階段から突き落とそうとする。アイリス様は、それをただ傍観していらっしゃった。
「……もう少しかしら」
小さくそんな言葉を、アイリス様がつぶやく。もう少し? それは、いったい何が? アイリス様の目的が達成されるまで、もう少しだとでもおっしゃりたいの? 私を突き落として、痛い目に遭わせることがアイリス様の狙いなの?
「……や、やめてよっ!」
必死の抵抗も、意味がない。結局、数では勝てないのだ。そしてドン――という音を立てて、私が軽く押される。なのに、痛みはいつまで経ってもやってこなくて。
「……これ以上彼女に乱暴をしたら、さすがの俺でも怒りますからね」
痛みの代わりに感じたのは、人の感触。温かくて、がっしりとしていて。これは、男性? ……というか、今のお声……。
「……ナイジェル様……」
それは、ナイジェル様だった。ナイジェル様は階段の上の段の方でがっしりと私を受け止めてくださっていた。
「大丈夫ですか? 貴女の叫び声が聞こえたので、駆け付けたのですが……。まさか、こんなことになっているなんて……」
ナイジェル様が、優しく私を抱きしめてそんなことをおっしゃる。やめて……! そんな事されたら、また好意を向けてしまいそうになるの。私に、もう優しくしないでよ……! そう言いたいのに、心は喜んでいるのか、何も言えない。口が言葉を発することはなくて。ただ私はその場でナイジェル様に抱きしめられることしか出来なかった。
「……そのご令嬢は、身分知らずなんですわ。私はただご忠告をしただけ。それぐらい、分かるでしょう、ナイジェル様?」
「ご忠告なんていりません。俺にとって彼女はとても大切な人だ。……勝手な思い込みでの行動は慎んでいただきたい。それが、淑女というものでしょう?」
私の頭上から聞こえてくるナイジェル様のお声は、とても怒っていらっしゃるように聞こえて。私のために怒ってくださっているのだ、という真実が胸に響いてくる。それが、どうしようもないぐらい胸の痛みを倍増させていた。
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