第9話 『胸のどきどき』
その言葉が耳に届いてしばらくした時、ナイジェル様が立ち去って行かれたのか、去って行く足音が聞こえた。私は、ただ俯いてナイジェル様が立ち去られるのを待つ。だって、絶対に顔が真っ赤なんだもの。そんなの……恥ずかしくて、見せられない。
そして、足音が聞こえなくなると、私は顔を上げて、思いっきり頬をつねった。
「い、痛い……」
こんなこと、しても無意味なのはわかっている。でも、こんなことでもしないと勘違いしてしまいそうになるのだ。鳴りやまない胸のどきどきとした鼓動。さらには、紅潮しているであろう頬。誰がどう見ても、まるで私がナイジェル様に恋い焦がれているみたいになっている。でも、私とナイジェル様はそもそも身分が違うのだ。私は、ただのどこにでもいる子爵令嬢で、あちらは王子様。高貴なる身分のお方であり、私のような末端貴族の娘とは違う。むしろ、共に机を並べて勉強していることさえ、不思議なレベルなのだ。
「……でも……」
あんな風に、優しくしてくださって。もしかしたら、ナイジェル様も私に気があるんじゃ……なんて、夢見てしまったけれどその考えを振り払う。ナイジェル様は、誰にでも優しいはずなのだ。私だけ特別、なんてことないはずなのだ。だから、私の見る夢は儚く消え去るほかない。
「……うぅ、や、やっぱり……は、恥ずかしいかも……」
もしかいしたら、これが本当の「好き」という気持ちなのかもしれない。なんて、思う。私がナイジェル様に向ける感情は、間違いなくネイト様に向けていた感情とは別物だ。ネイト様に、こんな感情を向けたことなど、今まで一度たりともない。そうなると……やっぱり、これが恋なの? うぅ、分からないよ……。
真っ赤な顔をして、一人悶々と考え込んでいる私は、傍から見れば明らかに恋をしているご令嬢だろう。だけど、私はこれを恋と言っていいのかどうかということを悩んでいた。恋というものは、もっとピュアなものじゃないのだろうか。こんな……後ろめたい気持ちに、なる物なのだろうか。だって、恋って胸がどきどきして、相手と話せただけでも嬉しくて舞い上がって、そんな気持ちになることなんでしょう? 私みたいに、優しくされることを後ろめたいとか思わない……と思うの。
「……はぁ、とりあえず、一旦忘れようかな……」
そうつぶやいて、私は小さく「よし」と言っていた。とりあえずは、このことは後回し。ナイジェル様と私は、今のところただの友人関係。たまにクッキーを一緒につまむだけの関係なのだ。……そう思っていないと、無性に悲しくなっちゃうんだもの。
『……その感情を、俺に向けてくださいよ……』
そんな言葉が、やけに私の耳に残っていた。あれは、幻聴のはずなのに。幻のはずなのに。まるで……本当に聞こえていたかのように。そんな風に、聞こえてしまっていた。
だからかな、私は気が付かなかったのだ。そばで……私のことを、じっと見ていた人がいたことに。私の独り言を、聞いていた人がいたことに……。
*******
「……もっと自覚してほしいなぁ。もっと自覚して、俺から離れられないようになればいいのに。あと少しで――アミーリアは俺のモノになりそうだ。あぁ、楽しみだ」
そんなつぶやきに、私が気が付くことはなかった。
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