第6話 『零れた愚痴』


「……な、ナイジェル様……どうして、ここに……」


 ――いらっしゃるんですか?


 そう、言いたかった。でも、言葉にならなかった。私の頬を伝い、流れていく涙が言葉を遮ったから。


 だけど、そんな私のつぶやきも無視して、ナイジェル様はゆっくりと私の方に近づいてこられた。そして、私のことを優しい眼差しで見つめてくださる。でも、それがとても居心地悪く感じてしまって。私は、思わず視線を逸らしてしまった。


「……どうしたんですか? アミーリア嬢?」


 さらにそんな風に優しく問いかけられて、私は何と言えばいいかが分からなくなっていた。前のように、愚痴をこぼすなんてこと、もうできない。だからこそ、強がるという選択肢を取ることしか出来なかった。


「……なんでも、ない、です……」


 顔を背けて、涙は見せないようにして。私は必死に強がった。だけど、それさえもナイジェル様にはお見通しだったのだろう。彼は、とてもよく人を見ているらしい。だからかな、私の強がりも、一瞬で見抜いてしまわれた。


 そして、ナイジェル様の手が、私の頭に優しく置かれる。その後……そのまま数回、軽くたたかれた。一瞬、何が起きたのか分からなくなる私。でも、なのに。その時、私の涙腺は決壊した。


「大丈夫ですよ、貴女は、強いです」


 その言葉は、私の最後の砦を壊した。ぽろぽろとこぼれていた涙は、とめどなく溢れてくる。それは、きっとナイジェル様の所為だ。彼が……こんな風に、私を安心させるから。私を……油断させるから。


「……私、ネイト様とシェリア様が一緒に居らっしゃるところを、見てしまったんです。……そしたら、なんだかとても悲しくて……辛くて。だから……どうしたらいいかが分からなくて、逃げてきて……」


 しどろもどろの、支離滅裂な言葉だった。その言葉は、止めようとしても止まらない。一度あふれ出した涙と言葉は、止まることを知らない。ポロポロとこぼれていく涙と、口から紡がれる言葉たち。それは、私の意思で止まることはなく。いいや、私の意思では止められなかった。


「……貴女は、よく頑張っていますよ。頑張っているじゃないですか。……その場所で、相手を殴らなかっただけでも、貴女は強い」


 そんな言葉を、優しくかけられる。その言葉のすべてが、私の心の中に響いていく。どうして、彼はこんなにも人として完成されているのだろうか? どうして、彼はこんなにも人に優しく出来るのだろうか? そう、思った。


「……ネイト様、私にも見せたことのないような笑みを、シェリア様に向けられていたんです。それが、一番辛くて……」


 その後、私は言葉を止めることなく、全てを吐き出した。涙も、枯れるぐらい流した。それでも、ナイジェル様は「大丈夫」「貴女は頑張っている」「貴女は強い」という言葉、私を肯定する言葉だけを繰り返して、辛抱強く私の言葉を聞いてくださった。


 この時、私はずっと俯いてしまっていた。ナイジェル様の顔を見ることは、全くなかった。だから、気が付かなかったのかもしれない。


 ――ナイジェル様の口元が、微かに歪んでいたということに。

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