第5話 『非情な現実』


(……ナイジェル様、すごくお優しい方だったなぁ……)


 同じ下位貴族のご友人たちとお話をしていた際、私はふとナイジェル様のことを思い出していた。そして、人は見た目で判断してはいけないのだと、強く再認識する。


「……アミーリア様? 何やら、嬉しいことでもあったのですか?」

「えぇ、頬が緩んでおりますよ?」

「え、い、いいえ……少し、面白いことを思い出してしまっただけですの」


 二人の友人が、私のことを見てそう言う。そして、軽く笑った。


 どうやら、私は無意識の内に頬を緩めてしまっていたらしい。でも、とてもではないがナイジェル様と会話をした、と言うことは言えない。だからこそ、私は誤魔化すことしか出来なかった。私とナイジェル様がお話をした、と言うことが噂になって広まってしまえば、後々面倒くさいことになりますからね。


 そして、その後しばらくその二人のご令嬢とお話をしていた。その間にも、私の心は軽くなる。ナイジェル様に愚痴を言えて、本当によかった。そう、心の底から思っていた。……この時までは。


 現実は、どこまでも私を苦しめたい様で。どこまでも……非情だった。


(……っつ!?)


 だって、私の視界の端に、映ったから。――ほかでもない私の婚約者、ネイト様が。


(……あの方が、シェリア・ロード男爵令嬢、なのね……)


 視界の端に映ったのは、嬉しそうに頬が緩んだネイト様。そのお隣で、仲睦まじく寄り添われているのが……かの有名な、シェリア・ロード男爵令嬢……だと、思う。シェリア様はとても綺麗な金色の髪をした……とても、お綺麗なご令嬢だった。私なんて……彼女の、足元にも及ばない。きっと、彼女に愛想を振ってもらえたら、笑いかけてもらえたら。どんな男性でも……一瞬で、恋に落ちるだろう。


「……アミーリア様?」


 そんなことを考えていたからか、私は少し黙り込んでしまっていた。それを怪訝に思った二人の友人が、私の顔を覗きこんでこられる。それを、誤魔化すかのように私はひきつった笑みを浮かべた。


「……少し、お腹が痛くて。ですので、お手洗いに行ってきますわ」


 まるで、言い逃げだった。


 私はそんな言葉を残し、友人たちの返事も聞かずにその場を飛び出した。そして、辺りに人がいない場所まで来ると、ポツリと涙が零れていった。


 だって、分かったから。どれだけ私が前を向いたところで、現実と言うものは何処までも非情なのだ。どれだけ私が頑張ったところで……何かが、変わることはないのだ。そう、思わせてきた。


「……なんで、なんで……」


 どうして、私の目の前に、彼らは現れてしまったの?


 私の目の前にさえ現れなければ……お互い、平和にやっていけたはずじゃない。たとえ、私が後ろ指を指されようとも、彼らには関係ないこと。どれだけ私が嘲笑されても……彼らには、何一つとして関係ないことじゃない。


 そう思うと、余計に自分が情けなくなる。人影のない、校舎の裏。そこで、私は一人涙をこぼした。ここは滅多に人が来ない。それを、分かっていたから。だから……ここで、泣いていたというのに。


「……アミーリア嬢?」


 どうやら、彼は私を見つけるのが、かなりうまいらしかった。

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