第4話 『そのお言葉だけで……』

「……そうだったんですね」


 ナイジェル様は、ただそれだけを言ってくださった。そのお言葉は、どんな慰めの言葉よりも、同情の言葉よりも、よっぽど聞いていて楽な言葉だった。ただ、肯定してくださっただけ。なのに、それだけで私の気持ちは楽になった。我ながら単純だと思うけれど、弱っているから仕方がないのかもしれない。


 涙は拭うものの、なぜだろうか、溢れかえって止まらない。それでも、ナイジェル様はお怒りになることはなく、辛抱強く待ってくださった。その間にも「よく頑張りましたね」「貴女は悪くないですよ」とおっしゃってくださる。それが、とても嬉しくて、なんだかナイジェル様に対する印象が、大幅に変わった気がした。


(……人って、やっぱり関わってみないと、よくわかんないんだ……)


 そんなことも、思った。


 ナイジェル様は見た目だけ見ればとても怖い雰囲気なのだ。迫力があり、周りを無意識の内に威圧していらっしゃる。そんな感じの、王子様。しかも、周りにはいつも見た目麗しくて身分の高いご令嬢がいる。だからこそ、私はクラスが同じでも特に深く関わることはなかったのだ。


「……ナイジェル様。ありがとう、ございます。おかげで少しばかり楽になりました」


 それは、本当のことだった。ナイジェル様にお話を聞いていただいたことで、少し心が楽になったのだ。きっと、あのままだったらいつかネイト様を一発、二発殴っていた気がするのです。そんな行動を起こさなくて、心底良かったと思っている。伯爵家の令息様に怪我なんてさせてしまったら、オルコック子爵家の品格を疑われるもの。


「だったら、よかった。あと、俺的に一つの提案が貴女にあるんです」

「……提案、ですか……?」


 ナイジェル様からの、提案? それは、一体どういうことなのだろうか? 私はそう思い、ナイジェル様の瞳をまっすぐに見つめてしまった。すると、ククッとナイジェル様が笑われる。


「……報復など、してみてはいかがでしょうか? 目には目を歯には歯を、理論です。……一度ばかり、彼に仕返しをしても罰は当たらないと思いますよ」

「……仕返し、ですか……」


 そのお言葉に、私の気持ちが揺らぐ。確かに、出来ることならば私だって仕返しがしたい。それでも……なんでだろうか、気が乗らなかった。多分、相手と同じレベルにまで落ちぶれたくないのだと思う。それに、仕返しをすれば相手もまた仕返しをしてくる。それは、永遠の負の連鎖。その連鎖を断ち切ることは難しいだろう。だったら……初めから、その連鎖を起こさなければいいのだ。


「……いいえ、私は結構ですわ。……きっと、いつか彼には罰が当たりますもの。……ナイジェル様のそのお言葉だけで、私は十分です」


 だから、私はそう言った。対するナイジェル様は、私の言葉にただ驚かれたような表情を、浮かべるだけだった。

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