二十話 キャンプでバーべーキュー

 夏休み。

 俺と依歩は手分けして二日で宿題を終わらせて、蓮ちゃんの面倒を見ていた。

 というのも、蓮ちゃんは勉強があまり得意ではないらしい。特に体育の成績が悪いのだとか。

 依歩はスポーツ得意らしいし、やっぱ胸の違いなのだろうか。

「殺すわよ遥」

「冗談冗談」

「す、すみません、勉強見てもらって……」

「いいよ。国語とか難しいでしょ」

「はい……日本は複雑すぎると思うんです」

「でも日本語喋れてるじゃない」

「英語の方が得意だもん」

 すでに英語の宿題は片付いているようだ。

 俺達は残りの教科に手を出して、四分の三が終わりそう。

「ん?」

 マスターだ。着信。

「はい、遥です」

『聡里さん! 茉子です!』

「やあ茉子。マスターじゃないのか?」

『いやぁ、明日店を休んでキャンプに行くんですけど、バイトのみんなを誘ってくれってことだったので、わたしが聡里さんを誘ったって次第です』

「聞いてみる」

 電話を保留にして、二人に声を掛ける。

「依歩、蓮ちゃん。明日キャンプ行かない?」

「行くわ」「行きたいでーす!」

「よし」

 ピ、と繋げる。

「茉子、俺と依歩と蓮ちゃんって子も行きたいんだけど、いいかな」

『何人でもいいって言ってたみたいですし、大丈夫っす。あ、パパが代わってって』

『聡里君、僕だ。明日の買い出しに付き合ってくれない? 車は出すから、料理を頼みたいんだけど。あ、もちろん、火おこしとか片づけは僕がやるから』

「はぁ、いいっすよ。明日はどういうメンツで?」

『篠岡ちゃんと天塚ちゃんも行くから、職場旅行みたいなものだね。そっちは、前に会った蓮ちゃんも来るのかい?』

「できれば」

『いいよ。それだと、テントが二ついるかな。僕の買ったドーム型のテントは大きいから、女の子が寝ればいいし。まぁ、色々な買い出しに付き合って。お昼ご飯奢るから』

「分かりました。じゃ、すぐ向かいます」

『ああ、頼むよ』

「じゃ」

 通話を切ると、花園姉妹が嬉しそうに目を輝かせていた。

「キャンプ!? キャンプ久しぶりです!」

「滅多に行かなかったわよね。何を食べるのかしら」

「俺が献立立てるなら、昼はバーベキューで夜は余った材料でカレーだな」

「おおー!」

「楽しみです!」

「じゃ、俺マスターと買いだしに行ってくっから」

「いってらー」

「いってらっしゃい、遥さん」

 財布などをポケットに突っ込んで、外に出る。



 様々な材料を買い込んでいく。

 牛肉、豚肉、鶏肉、キャベツ、ピーマン、ナス。

 海鮮はエビやイカを買って、麺なども買い、市販のソースも。焼きそばかな。

「鉄板も用意するんですか?」

「網と鉄板にしようかなって」

「いいんじゃないですか。カレーは任せますからね」

「えー。聡里君のカレーも気になるけどなぁ」

「ルーを二種類混ぜるだけの簡単レシピですよ」

「あー……僕が用意しよう。ルー作るから」

「下拵えは俺がやりますから」

「うんうん。じゃがいもは入れるかい?」

「それこそ余った具材でやるんですから。まぁ、茉子が好きなら入れてもいいんじゃないっすか?」

「いや、うん。やっぱり家庭風にしよう。ルー買いに行こう。僕も市販ルーのカレー食べてみたい」

「……いや、マスターのカレー、食べたいです」

「……じゃあ、そうしよう! うん!」

「で、またなんでキャンプなんですか?」

「いやね。明日は妻の……涼子との、結婚記念日なんだ。で、休みがあったから、行かないかって誘ったら、いいねって。久々なんだ、涼子とこうしてアウトドアするのは。でも、娘が一人連れて行っても賑やかじゃないから。応援してもらおうって思ってさ」

「……」

「あはは。いや、だしに使ったみたいでわるいね、聡里君」

「いいですよ。明日、楽しくやりましょう」

「ああ!」

 ……優しい目をしている。

 本当に、涼子さんのことが好きなんだって。心が、それを感じている。

「んじゃ、次行きましょうか」

「だね。あ、重いけど大丈夫?」

「あのですね、俺は男ですよ。気を遣わないでください」

「あ、うん。分かってはいるんだけどね……つい癖で」



 当日。

 集まったのは……。

 俺、花園姉妹、篠岡、花梨、茉子、マスター。

 涼子さんの姿はなかった。

「マスター、涼子さんは?」

「急な仕事で出張だって。今日は来れないらしいから。じゃ、行こうか」

「……いいんですか?」

「あはは。仕事じゃしょうがないよ」(……少し、残念だけど、仕方ないし)

「……」

 俺と依歩はバイクで。残りの五人は大型のレンタルカーに乗ることが決まった。

 ……。

 このままで、良いはずがないよな。



 バーベキュー。

 とは言ったが、まぁこれは焼肉だ。

 焼き肉のたれ、ちょっといい奴を買ってきてるし。

「さて、問題。バーベキューと焼き肉の違いは何でしょう」

「え!?」

 急に依歩に振られ、篠岡が困っていた。

「え、えっと……天塚先輩、パスで!」

「ちょ、投げてこないで! え、えっと……串に刺すか刺さないか?」

「ぶー」

「はい、依歩さん! 付けダレがない!」

 果敢にも茉子が挑むも、首を横に振る依歩。

「ぶぶー。じゃあ親愛なる妹は?」

「……大味か、そうじゃないか?」

「ぶぶぶー! はい、相棒の遥」

「網や鉄板で、調理がメインなものを焼き肉。炭火で焼いて綺麗に盛りつけたりして、一品料理のように料理メインなのがバーベキューだよ」

「はなまるをあげるわ」

「俺は準備するから、みんなこれで遊んでろ」

「あら、フリスビーね」

「午後からは渓流釣りだからな」

 夜原公園。

 キャンプ場として今も賑わう場所。

 場所を確保し、キャンプは既に設置してある。

 俺は肉の下拵えに取り掛かった。

 一口大の肉をパインジュースと梨のすりおろしを混ぜたものに漬ける。

「え、何これ!? 大根おろしに……ジュース!?」

「ちがう、梨にパインジュースだ。これに漬けて柔らかくするんだよ」

「味が甘くならないの?」

「心配すんな」

 一時間の待ち時間の間に野菜をパパっと切ってしまう。

 火がもう付いたらしく、顔を向けるとマスターが親指を立てた。

「よし」

 洗い終え、軽く塩コショウで下味をつけてから、焼き始めた。

「お前らー、そろそろこーい。肉が焼けるぞー!」

 呼び、その間に汗をかくマスターに話しかける。

「出張ってどこまでですか?」

「ん? ああ、涼子か。佐賀って言ってたかな。鳥栖の支社で――西園寺グループ知ってる? あそこにいるんだって」

「へー、佐賀ですか」

「ああ。まぁ、今日は聡里君の手料理を食べられる日だ。良かった良かった!」

 なんて言っていたが、心から少しマイナスの感情が読み取れる。

 俺は肉を焼きつつ、酒を空け始めたマスターと話をしていた。



「涼子さんに出会ったのって、どれくらい前なんですか?」

「そうだなぁ。二十年前くらいかな。喫茶店を継いだ僕の店に来た常連が、涼子でねぇ。そこから意気投合して……あはは、僕が情けないせいで喧嘩もあったかな」

「喧嘩しないような恋人なんていませんよ」

「そうだねぇ。でもあの頃は若かったから、相性が悪かったのかとか、色々考えちゃったよ」

「それで、結婚ですか」

「ああ。……いいんだよ、聡里君。君も釣りに混じってて」

「俺、虫嫌いなんで。餌付けれないです」

「あはは、子供みたいだなぁ」

「むしろ子供だから触れるんじゃないですか?」

「ほほう、なるほどね」

 と、時刻は夕暮れか。

「あ。ちょっと家に忘れ物したんで、取ってきますね」

「はいよ。カレー、準備しておくよ」

 俺は依歩のヘルメットをリュックに詰め、エンジンを吹かす。

 バイクで走りだし、高速道路に乗り、佐賀に到着。

 スマホのナビで西園寺グループのナビを検索して――

「……よし」



「……あら?」

 こちらを認めた涼子さんが、驚いた顔をする。

「聡里君。どうしたの?」

「行きましょう。キャンプ」

「え、いや、だって。私、ヒールだし、スーツだし……それに――」

「――結婚記念日」

「え!?」

 言うと、涼子さんが目を見開いた。

「マスターが楽しみにしてました」

「……あの人が話したの? それで、聡里君を迎えに?」

「勘違いしないで欲しいのは、これは俺が勝手にやっているということです」

「……」(勝手に……?)

「俺は、世の中全員の幸せは願えません。でも、知り合いの幸せだけは益体もなく願い続けるでしょう。友達の誕生日なら何かプレゼントとお祝いを買いますし、友達がピンチなら何をしたって駆けつけて、友達が困っていたら、無条件で手を差し伸べたい」

「聡里君……」

「マスターは俺達に寂しいとか言いませんでした。結婚記念日で張り切って準備したのに、主賓がいなくなってしまったのに、文句ひとつ言わず俺達を楽しませてくれたあの人に、何かしら恩を返したい」

「……」(あの人、慕われてるのね)

「だから、協力してください、涼子さん。結婚記念日に二人が別々なんて、俺は……」

 ――そうだ。

 俺は、小岩井家に理想の家族を重ねている。

 あの家が不幸になることなんて嫌だ。

「俺が、嫌なだけなんです。俺のワガママを、どうか、聞いてください」

「……」(断った手前、会いにくいんだけど……)

「俺が無理やり頼み込んだって、言ってくれて構いません」

「あ、貴方!?」

 ニッと笑う俺に、涼子さんは肩をすくめた。

「負けたわ。じゃ、舞踏会に連れて行って頂戴、黒い馬車さん」

「合点承知」

 ヘルメットを投げて渡し、後ろに乗ったのを確認して、発進する。

「……」(いい男ね、聡里君。あの人がいなかったら、惚れてたかも)

 別にいい男を気取りたいわけじゃない。

 俺は、恩返しをしたいのだ。

 人嫌いだった俺に働き口をくれて、今日まで信頼してくれた父親代わりのあの人へ。



「遅いなぁ、聡里君。もうカレーは完成間近だけど」

「あ、来た……あれ? 誰か乗ってる?」

 涼子さんがヘルメットを取る。

「り、涼子!? 出張のはずじゃ……!?」

「聡里君が迎えに来てくれたの。せっかくの結婚記念日なのに、二人いないのはおかしいって」

「……聡里さん……!」「聡里君……!」

「俺はいいから。後はごゆっくり」

 茉子とマスターが涙目になっているが、俺はさっさとバイク置き場に引っ込む。

「……涼子」

「あなた。……カレー、作ったのね」

「ああ。今日は、焼き肉の残り物も入ってる」

「楽しみよ。店以外でその味を食べれるなんて。妻の特権ね。……いつもありがとう」

「ぼ、僕こそ……。僕みたいなやつと結婚してくれて、ありがとう」

「何それ、もっと自信持ちなさい」

「そうだよ、お父さん」

 花梨達がこっちにやってくる。

「あれがマスターのお嫁さん? 綺麗な人ね」

「ああ。涼子さんだよ」

「おりょ、先輩は面識あったんですね」

「篠岡ちゃん知らないの? マスターが釣った魚を、マスターの家で遥君が捌いたりしてるの。遥君は家族ぐるみで付き合ってるのよ」

「へえ! そうだったんですか、先輩!」

「花梨、詳しいな」

「でも、いいですね、結婚」

 蓮ちゃんがほわわーっと妄想の世界に入る。目がとろんとしてる。

「……」(白い馬に乗っててー、優しくてー、でも男らしくてー、でも綺麗でー)

「そんな男はいないよ蓮ちゃん」

「夢見ちゃだめよ、蓮」

「酷い!?」

「おーい、カレー食べないかー!」

「行きまーす! おっしゃ、カレー食うぞ」

「ガンガン食べるわ」

「お、負けませんよ!」

「普通に食べなさいよ……」

「同感です……」

 その日のカレーは、とてもおいしかった。



 今回、テントを二つしか用意していなかった。

 結婚記念日だということを暴露された小岩井家が一つ占領。

 もう一つのテントで、俺達は寝ることになった。

 そう、俺達は、である。

「「「「「ね、眠れない……」」」」」

 年頃の男女を混ぜると、意識して眠れなくなります。

 何故か俺が真ん中にポジショニングされていて……左右から、なんというか、違うタイプの甘い香りが……。

 隣の蓮ちゃんからはミルクのような、隣の花梨からは花のような香りが鼻孔にくすぶって。

 ……な、なんというか。

 何でこんないい匂いするんだよ……。



 朝。

 誰も起き出していない時間帯に、もぞもぞと起きて、夜明け前の明るい山を見る。

 携帯式の簡易ストーブでお湯を沸かし、インスタントコーヒーをセットし始める。

 そこに、スタスタと歩いてきたのは依歩だった。

「昨夜は粋な演出だったじゃない、相棒」

「……あの家族を見てると、俺も家族が懐かしく思う時がある」

「遥の家族?」

「ああ。父親と母親がいて、三歳の頃までは専業主婦とサラリーマンって言うどこにでもあるような家庭だったんだ」

「へえ」

「……家族って、いいもんだと俺は思うんだよな。ずっと一人だったから、そう思う」

 目の前で繰り広げられていた光景。

 甘え、甘えられ、嬉しそうにしている小岩井一家。

 俺も生きていれば、あれが日常だったのかなと思ってしまう時がある。

「なら、遥はもうひとりじゃないわよ」

「え?」

「私が。私達が……いるでしょ?」

「……そうだな」

 依歩の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「……ありがとう、依歩。一緒にいてくれて」

「相棒なんだから、当然よ」

 沸騰したお湯でインスタントコーヒーを作り、依歩に手渡す。

 自分の分を入れた俺は、依歩と頷きあった。

 心を読みあう必要もない。

「家族に」

「乾杯ね」

 夜明けの太陽が差す、まだ早い時間。

 俺達は、ゆっくりと光のある方へ向かっていった。

 瑠璃色の空を超えて。

 この家族関係が、願わくば、永遠に続きますように。

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聡里遥と本日のご飯 ~なんか、家出少女を拾いました~ 鼈甲飴雨 @Bekkou

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