十九話 篠岡の悩みとパンケーキ

「ん? よう、篠岡」

「え? あ、聡里先輩! おはようございまっす! 綺麗な子、連れてますね」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

 俺のジョギングに、毎度のことながら蓮ちゃんも付き合っている。

 そして、毎度ヘロヘロになる。

 今日のルートは公園。夜原町公園は広く、綺麗な川も流れている。なんと少し前までは蛍が見れるスポットでもあった。今は時期的に無理だが。

「蓮ちゃん、紹介するよ。後輩の篠岡茶来。篠岡、こっちは花園蓮。依歩の妹だ」

「ああ、花園先輩の妹さんですね! 篠岡です! よろしくお願いします!」

「れ、蓮です……よろしく……は、遥さん、きゅ、休憩……」

「……しゃーないなぁ。十分」

 言うと、蓮ちゃんは芝生の上に大の字になった。そこそこ大きな胸元が上下している。

「で、篠岡は何してんの?」

「日課のランニングの休憩です。聡里先輩は?」

「同じ。ランニングしてた」

「いいことです。健康的ですね! そちらの……蓮さんも体を鍛えてるんですか?」

「いいや、こっちはダイエット」

「あー、なるほど。何キロほど?」

「俺は五キロ走ってるけど」

「そこそこ良いと思います」

「篠岡は?」

「十キロです!」

 おおう、良い距離だな。

「俺達も十キロにしてみる? 蓮」

「や、やめてください、死んでしまいます……」

 と、蓮ちゃんがへばり気味なので、しばらく篠岡に付き合ってもらうか。

「篠岡はここら辺走ってんの?」

「あ、はい。学園まで丁度五キロなので、そこで折り返してるんです」

「え、一度学校に行ってるのか?」

「え? はい、まぁ」

「めんどくさくない?」

「これもトレーニングです!」

 胸を張っている篠岡。うん、理解はできないけど、きっと彼女なりのプライドかなんかだろう。

「将来の夢は警官だろ? 勇ましいな」

「はい! 勇ましい、ふふふ、褒められちゃいました!」

 きっと普通の女の子にこんなことを言えば目をつり上げられるんだろうけど。篠岡は喜んでいる。

「しかし、聡里先輩。あたしには力がないと言われました……」

「力?」

「なんでも、女子力というものだそうです」

「女子力ねえ。……篠岡は料理できるんだっけ?」

「からっきしです。あ、牛乳にプロテイン混ぜるのは上手ですよ!」

「あ、ああ、そう……」

「……も、もしかして、先輩の目から見ても、女子力ありませんか……?」

「……ごめん」

「いえ、いいんです。でも、欲しいです、女子力!」

「ほ、欲しいんだ」

「はい! どんな力であれ、力は力! それがないと言われたら鍛えたくなるものです! そうでしょう!?」

「い、いやー、ないならないでいいんじゃないかな……」

「何と軟弱な! 先輩は自分に負けて悔しくないんですか!?」

「女子力はいらんなぁ……」

「男子力と置き換えてみてはいかがでしょう」

「……そりゃ欲しかったりするが」

「でしょう!? 欲しい物なのですよ!」

 メラメラと闘志を燃やす篠岡。

 スマホを取り出し、適当な女子力アップの診断を見る。

「じゃあ女子力診断やってみるか。はい、じゃあ十分な睡眠をとってるか」

「何故睡眠?」

「ちゃんと眠っていると、健康もさることながら美容にもいいんだぞ」

「とっています! 一日七時間!」

「身だしなみには気を付けてますか?」

「うっ……いいえ」

「得意料理がある」

「お、お湯を入れて三分……」

「ないな。次。可愛いものが好き!」

「軟弱な」

「×。部屋が綺麗かどうか」

「うっ……!?」

「素敵な恋がしたい!」

「惰弱な!」

「惰弱じゃないと思うが……まぁ×で。裁縫ができる」

「無理です」

「無駄毛を処理しているか」

「あー、よく大変だって聞くんですけど生えてこないんですよね……」

「メイク、してる?」

「戦化粧というものを学びたいとは思うのですが……」

「やるなら普通にしろ」

 というわけで、合計ポイントは一。

「最底辺の女子力だな……」

「うぐっ……うう、普通の女子って何してるんでしょーか……」

「可愛い服着て、おしゃれな小物とか見ていいねーってしあったり、可愛い食べ物を見てケータイでパシャパシャ写真撮ったりとか。自分に当てはめてみろ」

「服はジャージで」

「おう」

「小物なんかはどうでもよくて……」

「お、おう」

「可愛い食べ物なんかしゃらくさいし、写真はそういう軽い気持ちで撮りたくないというか……」

「うん。もうそのまま生きろよ」

「だってぇぇぇ! 女子力欲しいんですもん!」

 篠岡に女子力は果てしなく無理そうだけど。

「ふっふっふ……」

「蓮ちゃん、復活したのか」

「女子力なら、お教えできると思います。篠岡さん、一緒にどうですか?」

「なんと! 是非お願いします、師匠!」

「いいのか? 蓮ちゃん。せっかくの休みなのに」

「こういう子を見ているとおしゃれとかさせたくなってくるんです! 背丈も同じくらいですし、服のきせかえとか楽しそうです!」

「……俺もついてっていい?」

「ですね。男性の意見も取り入れた方がいいでしょうし」

「よろしくお願いします、お二方!」

 ビシッと頭を下げてくる篠岡。

 面倒なことにならないといいが……。



「無理だよ……」

「大丈夫です!」

「無理です、無理だってば!」

「大丈夫ですよ!」

「制服以外のスカート嫌ぁぁぁぁっ!?」

「大丈夫ですってば! 足綺麗ですし、出さないともったいないですよ!」

「うう、いつか聞いた言葉を君も……」

 というわけで、諦めたらしく、家の中で着せ替えされているらしい。

 蓮ちゃんの私物は結構な量があり、その大部分が服だった。

「じゃじゃん! 遥さん、どうぞお部屋へ!」

「た、タンマです、先輩!」

「気にせずどうぞ!」

「じゃあ」

 ドアを開けると、紅いミドルスカートを必死で抑え、白い半袖のブラウス姿の篠岡の姿。

「可愛いぞ、篠岡」

「う、うう……恥ずかしいです……」

「メイクもしたんですよ! ほら!」

「あー、肌がきれいだから、ナチュラルメイクが映えるね」

「ねー! そうですよね、遥さん! 篠岡さん可愛いですよ!」

「じゃ、じゃあ先輩も綺麗にしてくださいよ。メイク!」

「え、いや、俺はいらん。男だし」

「……あたしだけにやらせておいて、それはありません」

 急に背後に回り、俺をガシッと羽交い絞めにして、膝をかくんとやられた。

「さあ、師匠! メイク決めてください! この人にも!」

「や、やめろ篠岡! テメェ、離せこの……うわ、力つええ!」

「ふっふっふー、女子よりも綺麗な遥さん……可愛くしちゃいますからねぇ……!」

「待って、助けて! 依歩、相棒! 俺の相棒は!? 依歩ぅぅぅぅ!」

「呼んだかしら」

「メイクされるんだ! 助けて!」

「蓮、ゴー」

「裏切ったな依歩……俺を裏切ったなぁぁぁぁッ!!」



「おー! 可愛いです、先輩!」

「性別が迷子ね」

「会心の出来です! 可愛いですよ、遥さん」

 くそ……くそ……。

 年下の女の子達にされるがままベッタベタにされて……。

 くそ、鏡を見ると美少女がいるのが腹立たしい。

「お化粧って楽しいでしょ? 篠岡さんもこれを機に練習しましょう!」

「あ、ありがとう。頑張る。これで、女子力、上がったかなぁ」

「よし。それじゃパンケーキ食べに行きましょう!」

「え、お昼は牛丼って決めてたんだけど……」

「そんなのはノーです! ダメなんです! 普段から食べてるでしょう!?」

「な、何故それを!?」

「一緒に、生クリームと果物をふんだんに使った、パンケーキ! 食べに行きましょう!」

「ええええ!? この格好で外に出るの嫌だよ!?」

「俺もメイク落としていく」

「「「落としちゃダメ(です)」」」

「落させろ!」

「今日は女子会よ、遥。諦めなさい」

「テメェこの野郎! 絶対外に出ないからな!」

「篠岡さん、力づく」

「了解です」

「……もうマジ勘弁して……」



 結局、女装だけは信念で断り、出歩くことになった。

 しかし。

「おい、あれ。すげえ、レベルたけえ! 何だよあの軍団!」

「一番背高い子、モデル!? やべえ……! 超かわいい!」

「お、おい、誰が良いよ」

「小さい子もいるし、網羅してるよな……バランス取れてるわ」

 そりゃ男もいるからバラエティ豊富だろうよ。

「ロワゾ・ブリュに行きましょ」

「いっ!?」「げっ!?」「?」

 篠岡と俺が顔をゆがめる。

 今日のシフトは、花梨とマスター。実質全員がそろうことになってしまう。

「テメェ依歩、それはないだろ」

「そうですよ花園先輩!」

「あそこ以外の喫茶店でもいいけど……人多いわよ」

 まぁ、確かに。

 ロワゾ・ブリュは客自体は、今の時間帯なら人は多くないだろう。

 時刻は十時。

 混み合うのは夕暮れ時や昼下がり。夜にも人は来るけど、そこまで多くはない。

 客層は働く年代しかほぼ来ない。俺のように中学から通っている奴は皆無と言っていい。

「仕方ない、ロワゾ・ブリュにしとこう」

「ですね……」

「どこですか、それ」

「私達のバイト先なの。モダンな雰囲気の喫茶店よ」

「へぇ! 楽しみだなぁ!」

 ……。

 行きたくないなぁ。



「いらっしゃ……って、花園ちゃん、篠岡ちゃん。見かけない女の子を連れてるね」

 俺を含んでいないだろうな。

「私の妹で、花園蓮よ、マスター。で、この子は誰でしょう」

「いやぁ、こんなモデルみたいな知り合いはいないよ」

 テメェこの野郎。

 後で覚えとけよ。

「いやあ、初めまして。店長の小岩井純也です。あの、お嬢さん。お名前は?」

「聡里遥だ馬鹿野郎」

「え!? さ、聡里君!? 花園ちゃん、どっきり!?」

「いえ、正真正銘聡里遥よ」

「ぷーっ! 遥君かーわーいーいー! でも、花梨ちゃんならもうちょっとチーク足すかなぁ」

「いえ、そこは。遥さんの透明感を演出するためにあえて……」

「ほほー。蓮ちゃん? 中々メイク分かってるねぇ! そこの花園さんは化粧っ気ないけど」

「必要ないし」

「すっぴんでこれだから腹立つわねホント。まぁ私もナチュラルしかしてないけど」

「ささ、聡里君だったのか……いやゴメン、正直ストライクなんだ」

「やめろ気色悪い!」

「これから女装でバイトしてくれたら時給二倍にしてあげるよ」

「ありえないからやめてくれ……」

「聡里君、今日は暇なら入ってくれない? 時給二倍」

「……しゃーないな。今日だけっすよ」

「やった! あ、写真撮るから待って。今一眼レフ持ってくる!」

 去っていった。写真に残ってしまうのか。

 ……まぁ、いいや。

 ここの制服は勝手に洗濯されてロッカーに収納される。

 帰る時は着換えて、ロッカーの中に置いておくと、次回までに洗濯されている。

「遥ちゃん、私のメイド服着てもいいわよ」

「さすがにキレるぞ」

「相棒のお茶目な冗談じゃない」

「……パンケーキだったな。用意しよう」

 いつものシャツにズボン、それにエプロンを付けると、立派なカメラを持ってマスターがスタンバイしてた。

「はい聡里君、笑って!」

「……」

 軽く微笑みかけてくる。

「い、いいよ! 可愛いよ、聡里君!」

「うわ、遥さん可愛いです!」

「相変わらず美少女ね、遥」

「う、うおお、綺麗とは思ってましたけど……先輩、綺麗です……」

 しばらく写真を撮影された後、パンケーキを焼く。

 写真映えする……段重ねのパンケーキ。

 米粉を使い、もっちりとした食感に仕上げたパンケーキ。

 中力粉と米粉を混ぜて、上白糖に塩、ベーキングパウダーに重曹、牛乳と卵、それからバニラアイスをひとすくい。

 全部の材料を混ぜ合わせて、バターを溶かして流しいれて、生地を十分寝かせて中火で焼く。

 一段、二段、三段、四段、五段。

 重ねて生クリームを絞り、アイスにチョコソース、ベリーソースをあしらってまだ温かいパンケーキにバターを乗せた。

「はいお待たせ。パンケーキ」

「こ、これも遥さんが!?」

「ああ、まぁ。慣れれば蓮ちゃんにもできるよ」

「い、いえ、ここまでは自信ないです……」

「いい、篠岡さん。ここで、写真を撮って、SNSにアップするのよ」

「SNS? 何ですかそれ」

 し、知らないのか。

 まぁ篠岡はツイッテーとかピンスタグラムとかやってそうに無いからな。

 花園姉妹はパシャパシャと撮って、花梨も写真を撮ってた。いや仕事中だろ君は。

「味は……」

 篠岡はタワーを崩し、ホイップクリームとアイスクリームと一緒に口の中にパンケーキを放り込んだ。

「! モチモチしてて……ただひたすらに甘い……でも、色んな甘さがあって、飽きないですね」

「私達も一緒に食べるわよ、蓮」

「はーい! 今日は頑張ったし、食べちゃおうっと!」

 花園姉妹も加わって、そこに女子会が生まれていた。

 それから、至極どうでもいい事なんだけど。

 その日はお客さんから声を掛けられることが多かったが、地声で男だとわかり全員が驚いていたようだった。

 神様。

 どうか、男らしさを俺に下さい……。

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