十八話 相棒とカレーと鍋
「うわ、やっべ。宿題忘れた……」
痛恨のミスだ。
しかも英訳とか。めんどくさい。
「お困りのようね」(話は聞かせてもらったわ)
「? どした、依歩」
「はい、英語のノート。写すと良いわ」(さすがね、私)
「サンキュ。ていうかお前の英訳は悪意があるから俺の言葉に変換するけど」
「こっちが本場なのよ? エイゴペラペーラ」
「なんで片言の日本語なんだよ!?」
まぁありがたく借りるとしよう。
うん、相変わらずアメリカンホームコメディみたいな英訳が載ってる。
『ヘイ、ジョン。お前京都に行ってみたかったんだって?』
『そうなんだよ。ジェニファーはいったことある?』
『あるよ。静かな場所で驚いたよ』
『へえ、もっとドンパチしてると思ってたよ。他の外国人共が犇めいていてさ、もっとうるさい感じかと』
『実際犇めいてたよ』
『俺が行った時は中国語が飛び交ってたけどな!』
『行ったことあるのかよテメェ!?』
『俺は別に、行ったことないとは言ってないぜ?』
『やれやれ、紛らわしいんだよ』
こんな英訳を使えると思ってるのか。
幸い脚色している部分は分かるため、修正していく。
『ジョン、あなた京都に行きたかったの?』
『そうだよ。ジェニファーは行ったことある?』
『あるわよ。静かな場所で驚いたわ』
『へえ、もっと騒がしいところなのかと思ってたよ。他の外国人がたくさんいて、もっとうるさいのかなって』
『実際、人が多かったよ』
『僕が行った時は中国語が聞こえてきたけどね』
『あれ、行ったことあるの?』
『僕は別に、行ってないとは言ってないよ』
『まったく、紛らわしい……』
と、こんなところだろうか。
「依歩、ありがとう。助かった」
「どういたしまして。にしても珍しいわね、宿題を忘れるなんて」
「昨日はちょっと悪いものを思い出し過ぎたからな」
「悪い物じゃないでしょ。貴方を構成する過去の一部。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「……だな」
「今日はお昼、一緒に食べない? 友達も紹介したいし」
「権藤さんか?」
「プラスワン。錦野小町ちゃん。美味しいもの同好会の後輩なの」
「なんだよその同好会……」
「食を追求する集いよ」
「お前、そんなのに入ってたのな……」
「来るでしょ?」
「行ってもいいけど」
「決まりね」
食を追求する集いか。
どうなるのやら。
文化部棟の一室をノック。
「同好会でも部室貰えるのか」
「余ってるみたいでね。自発的に部活動をしようってやからが少ないのもあるの」
「ほー」
中からどぞー、という声が聞こえたので、扉を開けた。
「あ、依歩先輩……と、聡里先輩?」(うわ美人)
「何で俺の名前を知ってるんだ?」
見覚えのない生徒だったが。
小柄で細い。ちゃんと食べているか心配になりそうなほどだ。
「先輩、有名人なんですよ。綺麗だって」(マジで美人だなぁ……)
……。
どいつもこいつも。
そりゃ汚いよりゃいいかもしれないが、男に綺麗って割かし傷つくんだぞ。
「実際に本人に会ってどう?」
「妖しい色気があります!」(BL小説に出てきそう!)
「俺にそんなもんはない。……帰っていいか、依歩」
「ダメ。今日は付き合いなさい」
仕方ないな……。
勧められた椅子に座る。
「みんなー、おまたせー」
会話する間もなく、巨体を揺らし権藤さんがやってきた。
「あれ? 聡里君?」
「遥も、今日は一緒させたいの。いいかしら」
「今日は鍋だから大歓迎! やっぱり大勢で食べると美味しいからねぇ!」
穏やかな笑みを浮かべる権藤さん。
何というか、貫禄があるな。
と、いかん。自己紹介程度はしておこう。
「聡里遥だ。みんな、よろしく」
「あ、錦野小町と申します。どもです、聡里先輩」
「権藤裕子です。どうも、聡里君。今日はお鍋だから、自由に突いていってね」
「ああ、まぁ、それなんだけど。何するんだよ」
「鍋よ」
依歩はカセットコンロを備品室から取り出して、設置。
錦野さんは新聞紙の包みを取り出した。
「それは?」
「肉です。お肉屋さんなんです、わたしの家」
へえ。
「で、鍋がどーん。今日は水炊きにしようと思って」
ほほう。
水炊きと言えば、奥が深い。
家庭料理は本当に水で炊くところから、鶏がらスープから炊いたのを水炊きと呼ぶところもある。
俺も冬によくやる定番メニューで、野菜や肉など、炭水化物を食べないのでヘルシーに頂ける。
俺の場合は、昆布に、鶏の細切れとかもも肉とか、脂がでる肉を煮込んで出汁をとる方法。骨を食べる時に抜くのがめんどくさいので、スープの出そうな手羽先や手羽元など骨付きメニューは使わない。
彼女はペットボトルの水をどばどばと鍋の中に投入し、火を掛けた。
そして、肉類や白菜の芯などを取り出し、鍋に敷き詰めていく。
どこから取り出したんだろう、白菜。鞄に入れていたんだろうか。悪くなったりしないのかな。
あっという間に沸いて来る。そして、何かキューブを入れた。
コンソメ……じゃなさそうだな。
と、鍋があっという間に鶏ガラになってしまった。
「鶏の水炊きキューブ、万能よねぇ」
ああ、そういうことね。
市販品を使ったのか。味は問題なさそうだな。
さて、付けダレなんだけど。
いつもはポン酢を使っている。けれども、ゴマダレも相性抜群。
「はい、聡里君も取り皿」
「あ、ああ。どうも」
俺も自分の弁当を広げた。みんな広げていたのだ。
「あ、弁当同じなんだね、聡里君と依歩ちゃん」
「遥が作ってくれるのよ!」
「唐揚げ、一つ貰っていいですか?」
「ああ、俺のでよければ。鍋ご馳走になるんだし、遠慮なくつまんでくれ」
「じゃあ一個もらいます」
「わたしは米を……む、この米は……やる気つくし」
「よくわかるな……」
グレードを落とさないと米の美味しさって実感しにくいからな。
……一度落としたら、安物のコメは混ぜ物とかにしないと食べれなくなった。
取り皿に柚子胡椒が添えられ、ポン酢が注がれる。
「では、改めて、いただきます!」
「まーす」
思い思いに箸を伸ばす面々。
奉行はいないらしい。
平和な食卓だ。
鍋奉行が一人いると、途端に騒がしくなる。
まぁ、美味しい鍋が食えるのだから俺はいるに越したことはないと思うけど。
「お、豚のスライス美味いな。鍋用の切り方だな、この薄さは」
「聡里先輩のお墨付きがきたー! 国産豚の端材だから美味しいですよ!」
「ほほう。白菜も……うん、とろっとしてきたな。こうやって熱でぐずぐずになった白菜って、どうしてこう美味いんだろうな」
「聡里君分かってるねぇ。やっぱ白菜はとろとろが一番!」
権藤さんと錦野さんに適度に話しかけながら、食事をつまむ。
学校で鍋って。
ありえないはずなのに、何でこんなに美味いんだろう。
「さて、ここでメインディッシュ」
「え?」
まだ何かあるのか?
「鴨肉! そして、うどん玉! 讃岐ですよ!」
「ふふふ、鍋はこれからですよ……」
「よろしい。やるわよ、遥!」
「……」
五時限目。
健やかに寝息を立てる依歩をため息交じりに眺めることにする。
顔は整ってんだよ顔は。
「……へへへ……もうたべられまひぇ……」
結局、こいつら食ってばっかだった。
味の感想とかは美味しかった程度で、本当にひたすら食うだけの軍団のようだ。
権藤さんは必死にノートをとっている。
依歩は……まぁ寝てても何とかなるのだろう。
英語だし。
「では……ミス花園」
「おい、依歩。三十二ページ、四行目の訳」(起きないと夕飯抜くぞ)
「おいおいミスターボブ、それは違う。それは既に片づけているよ」
「結構」
「……危なかった。助かったわ、遥」
「いや、起きとけよ」
「まかせな……ぐー……」
「……」
全く。
ノートくらいは取ってやるか。
まぁ元々そのつもりだけど。
夕飯。
今日はバイトがない日で、依歩と一緒にスーパーに。
彼女の要望で家庭風カレーに決まった。
玉ねぎを飴色に炒める。これが中々くせ者で、二十分はつきっきりだ。
そこから肉を混ぜていく。
今日は先に皮をパリッと焼いた鶏肉。中身は生のままでいい。もも肉を今回突っ込んだが、本当は胸肉の方がヘルシーだ。
ルーなんて油と小麦の塊だし、ダイエットの敵ではあるんだけど、その分香辛料とかも入っていて、一概にダメとは言えない。それに、知らない方がいいこともあるし。
とはいえ、ダイエットの時は限りなく避けた方がいいんだけど。
もちろん、蓮ちゃんには黙っておく。食べなくなってしまったら、そっちの方がドカ食いとかの危険性が高まるし。
料理に集中する。
人参とじゃがいもを入れ、煮崩れ防止に少しじゃがいもの表面が淡く透明になるまで炒めたら、水を入れる。
そして、コンソメスープの素、ケチャップ、ウスターソース、濃い口醤油を適当にいれて、煮立たせる。
料理初心者が良くやるんだが、醤油には薄口、濃い口がある。普段使われるのは濃い口だ。
薄口の醤油は、塩分が強く色が淡くて、お澄ましとか品のある料理の味付けに使われる。
一方で濃い口は風味が強く、色が濃い。唐揚げの下味、牛丼のアタマ、すき焼きの割り下なんかはこっち。
沸騰してジャガイモに火が通っていることを確認したら、火を落としてルーを入れる。
俺は二種類のルーを混ぜて使ってるけど、まぁ何でもいいと思う。
日夜、食品開発の人も研究しているのだ。その人たちが一番おいしいと思う作り方が正解なんだろうし、俺的にはそれを尊重したい。
とはいえ、中途半端に数が余ったりすると、混ぜるかという発想になり、混ぜたら意外と美味しいのだ。
今日は甘さとコクがある極まろカレー甘口と、痺れる辛みのジュワカレーの辛口。
相反する特性の二つが合わさると、刺激的なのに口当たりは甘い、不思議なカレーになるのだ。
作り置きができるうえ、依歩がたくさん食べるので結構な量を作る。
「うーん、美味しそう!」
「……これは、チャウダー? 焦げてますよ、遥さん」
「蓮ちゃん、これはカレー。日本風カレー。依歩、目玉焼きは?」
「半熟で!」
「はいはい。蓮ちゃんは?」
「じゃあ、お姉ちゃんと同じものを」
「はいよ。ご飯を好きなだけよそってきて」
「あの、特殊なよそい方ってしませんか?」
「あー、片方に液体が入るから、半分にするようにするといいよ」
「なるほど……」
と、花園の量を見て呆れる。
「お前、昼にあんだけ食ってそれかよ」
「お腹空いたもの」
「まぁいいけど」
皿に文字通り山になっているカレー。
やれやれだ。
蓮ちゃんは慎ましい量をよそう。依歩と比べると悲しいくらい少ない。
「蓮、もっと食べなさい。大きくなれないわよ」
「お姉ちゃんより全部大きいもん」
「あら、反抗期なのかしら」
「やめんか鬱陶しい。ほら、さっさとしこたまルーを入れてけ」
バランスよくルーを入れていき、目玉焼きを乗せる。
目玉焼きは水を少し入れて蒸し焼きにしている。ピンク色の黄身が美しい。
「んじゃ、いただきます」
「はーい」
「いただきます」
食べ始める。
と、カレー初体験の蓮ちゃんは大きく目を見開いた。
「お、美味しいです……って、から、辛い! 辛いです!」
「はい、水」
「うう……ピリピリします」
「これぞカレーね。最高よ、遥。愛してる」
「寝言は寝てる時に言ってくれ」
と、何となく蓮ちゃんの目が優しくなった。
「遥さん、何だか穏やかになりましたね、お姉ちゃんに対して」
「そうかぁ?」
「お姉ちゃんも、普通は愛してるなんて軽口叩かないのに……」
「そうね。相棒だから、遥は」
「相棒?」
「そう。月と太陽のようなものよ。まぁ、私が太陽なんだけど。遥、まるでお月さまみたいに綺麗だし」
「喧嘩売ってんだな、久々に買ってやろうじゃん……?」
「じょ、冗談よ遥。怒らないで」
「うん、やっぱり二人が少し近くに感じます」
「まぁ、そりゃ相棒だしね」
「だな」
俺達の様子に、蓮ちゃんは首をかしげていたけど。
ともあれ、中々、コンビとしては順調とも言えた。
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