十七話 過去と相棒と深夜のラーメン

「遥、暗いわ」

「……あ?」

 思わず半目になっていた。ビクッと依歩が驚く仕草をする。

「お、怒ってるの?」

「……悪い。そう言うつもりじゃない」


 ――卑怯者。


「卑怯者?」

 あ。

 しまった、依歩の前で……!?

 気を付けていたのに……ってこんな後悔しても遅いか。

 にじり寄ってきてるし。

「話しなさい。最近暗いのって、それが原因でしょ? ご飯がマズくなるわ」

「お前は究極的にそこに落ち着くのか……?」

 こいつは飯が食えれば何でもいいらしいが。

「多分、お前の過去話とそんな変わらんぞ」

「いいのよ。今日は、聞きたい気分なの」

「……」

 やたら男前なそのセリフに。

 俺は、過去へと思いを馳せた。



 能力をカットしようとしたことがある。

 流れ込んでくる感情が嫌で。学校が始まったら、狂ってしまいそうになって。

 まだその頃は、能力を自在に扱えきれなかった。

 だから、馬鹿な方法も試した。

 死んだ人間なら、それをしなくても済む。

 凍ったプールの中。

 薄氷を割って、俺はその中に沈んだ。

 冷たい。

 息苦しい。

 思わず空気を逃がした。

 苦しい。

 苦しい。

 苦しいよ。

 でも、浮き上がるわけにはいかなかった。

 そうしなければ、俺は――

「ぷはっ!?」

 水の中だけだからなのか。

 俺の体は、簡単に浮上した。

 いや、おかしい。

 俺は沈んでいたはずなのに。

 なぜ……

「――卑怯者! 死んで逃げてどうするの!」

 冷や水を浴びた俺に、容赦ない罵倒を投げかけたその人こそ。

 俺の初めての友達、櫻井涼子だった。



 彼女は偶然プールに行く俺を見ていたらしく、咄嗟に俺を引き上げたらしい。

 そのせいで風邪を引いてしまい、ひと悶着あって。

 その日以来、心配だからという名目で付きまとわれることになった。

「しょうがないわね、遥ちゃんは」(やったー!)

「やったーって何?」

「!? そ、その感情読むの禁止! 修行しなさい!」

「えー……」

 遊ぶ時も。

「ほら、お料理を教えてあげる」

「俺、男だし」

「男の子もできたらカッコいいのよ!」

 どこへ行く時も。

「ここ、どこ……?」

「泣かないの、男の子でしょ!」

「だってぇ!? 何の洞窟なのここ!? 雪降ってるし、帰り道分かるの!?」

 ……。

 軽く、死にかけたりもしたが……。

「……あ、今感情が聞こえなくなった」

「ホント!? 何考えてるかわからないの?」

「うん」

「やったじゃん!」

「うん!」

 なんやかんやで俺自身のスキルアップもあり。

 そうやって、中学生になって――

 ――彼女とは突然、別れることになった。



 死別。

 別段珍しいわけじゃない。

 俺も両親が死んでいたし、死というものに恐怖はなかった。

 けれども、両親が死んだことよりも、より、俺の中に強く残ることになった。

 死別したその日。

 俺は彼女からの告白を受けていた。

 いや、受けようとしていた。

 でも、俺は読んでしまった。

 感情を。考えていることを。

 彼女は俺のことを、好きではなかった。

 友達の延長上で、彼女は告白をしようとした。

 それを、俺が遮った。

「その気持ちは恋じゃない」

 きっぱりと。清々しいまでに、寒々しい。

 俺は、残酷な事をした。

 気持ちが分かるせいで。どうしても、恋愛の好きではないと知っているせいで。

 愛し合っている人物がクラスにいたから。

 どんなに熱烈か。どんなに甘い感情か。知ってしまっていて。

「俺はそんな気持ちで恋人には、なれない」

 そう言った時の彼女の表情を、俺はよく覚えている。

 最初は茫然としていた。

 そして、徐々に乾いた笑いにシフトしていく。

「……は、はは。また、遥ちゃんは。ワタシがどれだけ本気か、分かってるでしょ?」

「……ごめん」

「謝らないでよ……! 何で!? 親友だったはずでしょ!? この気持ちは、恋だもん!」

「違う。それは、恋じゃないんだ」

「……心を読んで、人の気持ちを決めつけて! 卑怯者!」

 その言葉を投げつけられ、俺は走り去る彼女を追うこともなく、自分の家に帰った。

 ――訃報は、翌朝の全校集会で知らされた。

 交通事故。

 飲酒運転のトラックにはねられたという、笑えないオチ。

 最初は信じられなかった。

 けれども、彼女は事実、学校で見なくなり、櫻井のおばさんは、泣いていた。

 家に入れてもらって、線香を上げた時。

 涙すらでない自分に吐き気がした。

 そのくせ、喪失感だけがついて回って。

 暗いことが頭によぎると、あのセリフが脳でチラつく。

 

 ――卑怯者。

 

 

「……まぁ、そんなときのことを思い出してた」

「あっそう」

 すっげえ興味なさげだ!

「お前が話してほしいっつったんじゃんかこの!」

「いひゃいいひゃい!?」

 ほっぺたを引っ張って、やめると、頬を抑えながら、涙目で依歩が言ってきた。

「死んだのはその女の不注意でしょ」

「……もし、告白がオーケーしてたなら……死なずに、済んだかもしれない」

「それが無駄なの。何度繰り返したって、あんたは同じことを言うわ」

「……」

「恋じゃないのを知っていたんでしょ? 正直で真面目な貴方は、絶対に付き合わないと思うわ」

「……俺は、真面目じゃない」

「そうね。馬鹿ね。柔軟性に欠けるところがあるし、何より彼女はもういない。それだけのことじゃない」

「簡単に言うが……」

「それに、大して親しいとかそう言う感情を持ってたの? 本当に?」

 その一言が、俺の胸を抉る。

「私にはわかる。他の誰にも分からないけど、私になら分かる。心を読めるんだもの。……本当は距離を置こうとしてたんじゃないの?」

「やめろ……」

「もう自分が傷つかないように。人を傷つけないように。身を引こうとしたんじゃないの?」

「やめろ……!」

「深い関係になって、傷つくのが怖かっただけなんじゃないの?」

「やめろっつってんだろ!!」

 思わずテーブルを殴りつける。

 派手な音が響いたが、すぐに静まり返る。

「……別に怒ることないじゃない。私だってそういう経験あるもの」

「……ホントか?」

「ええ。だから、今までボーイフレンドを作らなかった。怖いもの、人って。そして、一方的に人を知っているのもまた、怖いものよ」

「……」

「……遥。ここからは心で話をしましょう」

 別にいいけど。

(別にね、過去を突っつきたかったわけじゃないの。貴方が悩んでるなら、解決してあげたいから)

 そりゃまた何でだ?

(恩人。それに、好きな人でもあるから)

 ……。

 嘘じゃないみたいだ。

 依歩の気持ちが伝わってくる。

 気心を知って、お互いの悩みも知って、過去も知って――段階的には、間違っていないのか。

(遥。どう思ってる? 私の事)

 貧乳。

(真面目に答えなさい)

 可愛いよ。それに、同じく心が読めるものとして、信頼もしてる。直してもらいたい点は多々あるけど。

(……そんなに、私、マズいかしら)

 まぁ、俺もこういう出来事がなかったら、誰彼構わず心を読んで人を攻撃してただろうけど。

(誰にでも喧嘩は売ってないわよ。基本的に、不気味がらせることを主題に置いてるから)

 置くなよ。

(だって、私、うわべだけの付き合いはしたくないんだもの)

 なんてワガママな。

 でも、それは、確かに俺も同じだった。

 うわべだけは嫌だ。

 本当に、できるのなら。

 心から信頼した人と付き合いたい。

「遥」

「……なんだよ」

 肉声で呼ばれて少しビビった。

「私達、パートナーにならない? 相棒でもいいけど」

「……恋人ではなく?」

「そ。まだ貴方は私を好きじゃないでしょ? 私は貴方が好きだけど、まぁ体くらいは許せるくらいだし」

 それってかなり好きってことじゃないのか?

「そうよ。貴方なら、それくらいしてもいい。ってこと」

「……で、相棒か」

「なんならセフレでもいいわよ」

「んな下衆に俺を貶めようとすんな!? わかった、相棒でいい、相棒で。よろしく頼むぜ、依歩」

「任せなさい。家事以外は」

 伸ばされた小さな拳に、拳を軽くぶつける。

「……遅くなっちまったな。妙に腹減った」

「私も」

「……ラーメン屋、行くか? 夜でも開いてる店知ってるんだよ」

「是非行きましょ」

「おう」

 深く付き合おうとしていなかった俺に。

 この日、初めて相棒ができた。

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