十六話 ダイエットメニュー

 依歩は文句なく喰っている。

 今日の朝食は、もち麦を混ぜ込んだご飯に、納豆、豆腐とわかめの味噌汁、出汁巻き卵。

 いたってヘルシーなその朝食を、蓮ちゃんは疑わしそうに見つめている。

「……遥さん、これでやせるんですか?」

「うん」

「……では、いただきます」

「またダイエットしてるの、蓮」

「お、お姉ちゃんにはわかんないですよ! 好きなものばっか食べても太らないし!」

「まぁね!」

「いつかガタが来るから、そのまえに健康的なメニューを混ぜ込んどこうと思ってな」

「あら遥、まるで母親みたいね」

「おかんはやめろや。せめておとんにしろ」

「あはは、父親はこんなことしないのでは……?」

 蓮ちゃんのもっともな言葉をスルーして、俺も口に運ぶ。

 この料理のいいところと言えば、水溶性食物繊維。

 もち麦ご飯は毎日でいい。だが、そうすると同じ水溶性ばかりだ。

 そこで納豆を混ぜることによって別の水溶性食物繊維が加わる。

 同じ水溶性ではダメだと聞いた。

 まぁ健康にいいのは違いないので、こういう食卓を心がけて行こうと思う。

「肉は用意するの? ダイエットには天敵でしょ?」

「お前はダイエットに興味なさすぎ。肉は食っていいって言うか主食にしなきゃダメだ」

「え!?」

 蓮ちゃん、君もか。

「カロリーとかは常識の範囲ならいくらでもいいんだよ、ダイエットなら。ダメなのは、糖質を摂ることなんだ。とはいえ、常識の範囲では摂取しなければイライラしたりするらしいから摂らなきゃだけど」

「糖質?」

「すっげーざっくり言うと砂糖とか甘いもの。例えば、白ご飯、パン、じゃがいもとか。でんぷんは糖に変化するのは分かってるよね?」

「は、はい」

「それと、果物もマズい。無論、良識の範囲ならいいんだけど、あれも果糖だから。根菜類も良くないね、ニンジンとか。あれは甘いだろう? たまにそれらでミックスジュースをやってるんだけど、あれはチョコレートケーキよりも不味い。野菜や果物からの糖は吸収されやすいからね」

「……野菜ジュースばっか飲んでました……」

「それじゃダメだ。あれはほぼ栄養を消毒過程で消し飛ばされてるし、意味がない。コンビニの野菜も良くないね。こっちも消毒の時に栄養素はほぼ消えている」

「……で、では、どうすれば……さ、魚は!?」

「いいと思う。でも、サンマとかアジとか脂ののったのは少しマズいかな。まぁ良識の範囲なら全然問題ないし」

「ふむふむ」

「ま、要するにそれらを摂らなきゃいいんだ。ご飯を半分減らして、その分、肉と野菜を食べる」

「はい! 野菜はもちろん、ノンオイルドレッシングです!」

「はいそこがダメ。油はいいの。摂りすぎも良くないけど。ノンオイルドレッシングはオイルを入れないぶん、糖分でとろみを付けてたりするから。オイルドレッシングでいいんだよ」

「……」

「? 何、蓮ちゃん」

「ダイエットの、神様!?」(尊敬です!)

「違うよ……」

 何でそうなる。

「中学はお弁当かい? ていうかどこ中?」

「あ、はい! 夜原中学校です」

「じゃあ弁当だな。……はい、どうぞ」

「え?」

「お弁当だよ。俺は購買でパンを買えばいいしね」

「で、でも、それじゃ遥さんが……」

「……菓子パン、膨大な糖質にカロリーなんだろうなぁ」

「うっ!?」

「学食で食べるにしても、あそこの学食は量が多い上に脂っこいんだよなぁ。あ、今日のお弁当はシャケの塩焼きメインだから」

「ううう……」

「健太さんにも頼まれてるんだ。今度から、三つ作るよ。今日は持ってってね」

「あら、ということは毎食食べれるの? 遥のご飯」

「ああ。俺と花園は食に頓着はあんまりしてないけど、蓮ちゃんはこれから成長期だしね。栄養がいるよ」

「すみません、遥さん」

「友達に遠慮しない。いいね」

「……はい!」(優しい、遥さん。モテるんだろうなぁ)

「男にモテてるわよ」

「依歩、黙らないとその弁当は俺が食うぞ」

「や、やめてよ! 大事なお弁当なんだから!」

 トラウマなんだよ、男子からの告白。



 依歩は友達と食べている。

 何というか、ふくよかな……権藤裕子さんというらしいが、食べ歩きが趣味で、花園と意気投合しているらしいのだ。

 俺はそんなコミューンに入るのは怖いので、最近は別で食べていた。

「花梨」

「な、何?」

「……他の子と食べないのか?」

「え、それって花梨ちゃん、もしかして……邪魔?」(え、邪魔なの!? 邪魔なの!?)

「邪魔じゃないよ。むしろ、可愛い女の子とランチできて、俺は嬉しいけど」

「び、びっくりさせないでよ!」

「ごめん。でも、最近俺とばっか食べてるけど、いいの? クラスの付き合いは?」

「だって、うわべだけでしょ、あんなの」

「……まぁ、そうだね」

 俺も必要ないって切ってる部類だから何にも言えない。

「あ、花梨じゃーん! え、そっちの彼氏?」

「理沙ちゃん、違うよー。トモダチ」

「ていうか、三組の聡里君じゃん。うっわ、マジ綺麗」

 ……。

 無視して大盛りのうどんを啜る。

「あ、ねえシカト? ねえ、聡里君?」

「は? 何?」

「感じ悪くない? 綺麗って言ってるんだよ?」(喜びなさいよ)

「……男に綺麗は喧嘩売ってる風にしか聞こえないよ。挙句に、喜びなさいよって。何様なんだよ」

「え!? あ、え!?」

「……」

「……」(何考えてるの、こいつ)

「何考えてると思う?」

「!?」

「……さっさと行ってくれない? 食事の邪魔なんだけど」

「……なんなのよ!」

 理沙と呼ばれた女の子が行ってしまう。

 ……いかんいかん、頭に血が上り過ぎた。これじゃ依歩を注意できないな。

「あー……遥君、実は考えてることが分かったり……する?」

「……花梨ならいいかな。実はそうなんだ」

「ほ、ホント? 当ててみて!」(モンゴリアンチョップ!)

「モンゴリアンチョップ」

「うわ、ホントだ」

「秘密にしててね。さっきはイラっとしたから使っちゃったけど……」

「う、うん。わかった」(うわ、迂闊に考えごと出来ないじゃん……)

 俺はまたうどんを啜り始める。

「……」(読まれてるのかな。……まぁ、いいけど)

 いいのか。

 てっきり、不気味がって離れて行くのかと思っていたけど。

(遥君って、動じないよね)

「そうかな」

(そうだよ。なんか、不思議な人だね)

「そうでも、無いと思うよ。俺は、ただの野郎だ」

(たまにそうやって口悪くなるし)

「育ちはよろしくないからね」

 実際、褒められる育ち方はしていない。


 ――卑怯者!


 罵りだけが、俺の中を虚しく通過していった。

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