十四話 花園健太と日本のおふくろの味

 気まずい。

「……君が、その……依歩を保護してくれたと聞いた」

「ええ。その通りですが……」

 依歩の親父さん。名前を花園健太というらしいが。

 何故か、真っ赤な顔をして、俺の前に立っている。

 いや、実際にはリビングの机に向かい合って座っているのだが。

「……驚いたよ」

「何がです?」

「まさか、君のような綺麗な女性が――」

「待って、違うの父さん。彼は男よ」

「ははっ、冗談だろ。こんな綺麗な子が男の子なわけないだろ」

「俺は男だ!」「彼は男性です、パパ」

「……そ、そうだったのか。うむ、その、あれだ。さっきの言葉は忘れてくれ」

「……」

 分かれよ。

 同じ男なら理解してくれよ。

「じゃあ、男と一つ屋根の下だったというのか、依歩」

「過ちはなかったわ」

「……そのようだな。お前は一度惚れるとべったりだから、そうなってないのはよくわかる」

「なんたって相棒なのよ。チョモ!」(ランって言いなさい。まーで合わせるわよ)

「ラン!」(めんどくせえな)

「「まー!」」

 やってて恥ずかしいわ。

(我慢しなさい、男の子でしょ)

 セクハラだ。当然のような古い観念を持ち出してくる奴だ。

「うおっ、シンクロしてる!?」

「彼も心が読めるらしいんです、パパ」

「ははあ、なるほど。同じ悩みを持つ者同士か」

「いいでしょ父さん。それにほら、しっかり者の蓮も一緒に住むって言うし」

「でもなぁ。聡里君? 迷惑じゃないのかね?」

「一人は、やっぱり寂しかったですから。賑やかになるのは、俺は嬉しいですよ」

「……うわ」

「ん? どうした、依歩」

「微笑むとマジ可愛いわね遥」

「テメェこの野郎。さすがにキレるぞ」

「まぁ、ともあれだ。この二人に十分な栄養のある食事を提供できるか?」

「それは保証します。あ、今日の昼飯は一緒に食べて行ってください。日本料理は久々でしょ?」

「わたしも手伝ったのよ、パパ」

「蓮のお墨付きか。さて、どんな料理が……」

 定番メニュー。

 肉じゃが、薄揚げと舞茸とわかめの味噌汁、炊き立てご飯に卵。キャベツの浅漬けも置いてある。

「卵は焼きます? それとも、卵かけにします?」

「卵かけで! いやぁ、海外では卵を生で食べるとかなかったからなぁ。懐かしい」

「聡里さん本当に上手なんです。てきぱきしてて、味付けもパッパッて目分量で、なのにしっかり美味しいから……」

「蓮ちゃんもすぐにできるようになるよ」

 肉じゃがは圧力釜で炊いた牛筋の煮込みにじゃがいもとしらたきが入っている肉じゃが。

 味噌汁は今日は赤みそ。濃い目だが、その分主張の強い薄揚げと舞茸があって、わかめは塩分の摂り過ぎを控えてくれる。

 卵かけご飯は、まぁ俺の提案だ。日本から移住したのならば、海外にない文化の食事が欲しいだろうし。

「……美味い……」

「え?」

「美味過ぎる! 何ここ! オレも住む!」

「有給で今日にも帰らないといけない人が何を言ってるのか」

「だってだって! この料理、物凄く美味いんだよ!? 正直蓮の料理や湊の料理を超えている……!」

「うんうん」

 湊?

(母さん)

 なるほど。

 というか蓮はパパ呼びなのか。

(蓮、父さんに泣きつかれて、パパって呼んでって頼まれたらしいわ……)

 ……花園家家長、健太殿。

 なんか、思ってた硬い人物と随分違うな。

 四人での食事は思ったより賑やかで。

 談笑に花が咲いていた。とはいえ、健太さんが口を開いては聞き上手の蓮ちゃんが頷き、空気を読まない依歩がグサッと来る一言を発する食卓だけど。

 そんな折。咳ばらいをしたのは、健太さんだった。

「その、ごほん。聡里君。我がままな娘だが、どうか守ってやってくれないか」

「え?」

「オレ達は共働きで、家庭の味というか、そういうのを考慮してやれなかった。ランチボックスも、用意してやれず……不出来な親だったと思う」

「……立派に、娘を養ってるじゃないですか。俺はまだガキです。だから、当たり前に稼いで、当たり前にそれを家族のために使える健太さんを尊敬してます」

「……何というか。おい、今時の学生はこんなに人間ができてるもんなのか?」

「遥がトクベツ」

「ですねぇ。聡里さんが大人っぽいんですよ」

「そ、そうだよなぁ。……悪い人間じゃなさそうだし。ま、よろしく頼むわ。顔を見れて安心したよ」

 そう笑う顔は、本当に温かみを感じて。

 これが人の親なんだな、としみじみと感心してしまった。



 玄関まで、健太さんを見送る。飛行機の便が近いらしい。

「そういえば、あ、蓮ちゃんも引っ越してくるって聞いたんだけど」

「ああ、編入手続きはしてある。依歩、お前は家を飛び出したんだ。仕送りはないぞ」

「分かってるわ。自分で稼ぐもの」

「ならよし。んじゃな。ご馳走様。……なんつーか、また、オレも飯食いに来ていいか?」

「どうぞ」

「……ありがとな。じゃ。父さんはこれで。娘達をお願いします」

 そう言い、健太さんは去っていった。

 本当に娘の様子を見に来ただけだったんだな。

 なんだか、良いパパさんじゃないか。

 というか依歩。パパさん、お前のことを気持ち悪がってないじゃないか。蓮ちゃんも。

(引いてるのは事実よ。聞いてみたら?)

 それもそうだな。

「蓮ちゃん、考えが読める人って気持ち悪いと思う?」

「え、はい。そうですね」

 ――グサッ!

 なんかド直球に聞いた俺が馬鹿なんだろうけど、無駄にショックだ。

「考えが読めるのはどうかと思います。お姉ちゃんも怖い時がありますし。でも……好きで、聞いてるわけじゃないんですよね」

「まぁ俺達は能力カットできるけどな」

「そんなことできるんですか!?」

「意識的に遮断してる方がしんどいから常時オープンなだけ。だから、心の内とかを読まれたくない時は素直にそう言ってね。俺も読まないように心がけるから」

「……お姉ちゃん、読まないようにはできないって言ってたのに」

「ごめん、疲れるから」

「全く……。まぁいいけど」

「それより、本当に住むんだな。ちょっと意外だ」

「あ、やっぱりご迷惑ですか?」

「俺は言った通り。賑々しいのは歓迎するよ」

「にぎにぎ?」

「……騒がしいくらいが丁度いいってこと」

「あ、なるほど」

 依歩とは違い、蓮ちゃんはそんなに日本語が得意なわけではないようだ。

 とはいえ、日常会話は問題ないレベルだし。むしろ堪能だろう。

「お買い物とか、色々、お姉ちゃんの分まで頑張りますから」

「よろしく、蓮。私は食べ歩きを頑張るわ」

「食べ歩き?」

「あー……趣味なんだよ、依歩の。同じ喫茶店でアルバイトしてて」

「なるほど。ちなみに中学生は……雇ってませんよね?」

「高校生になったら紹介するよ。ちなみに、何年生なんだい?」

「一年です」

「中一にスタイル抜かれてんぞ依歩」

「ほっといて」

「そっか。蓮ちゃん中学生か」

「あはは、そうなんですよ。おっきくて嫌なんですけど……」

「でも、依歩より可愛いよ」

「おいこら! こらおい! 今までコツコツと重ねたフラグは!? 邪魔なぷよ的な感じで全消し!?」

「ゲームやるんだな、依歩」

「そこそこね。頭の体操になるのよ」

 まぁ依歩も可愛いけど。

 というか、正直な話、好みの問題だった。

 ほっそりしてるけどどこかムチッとしてるクール貧乳がいいか。

 中一だけど結構育ってる優しい蓮ちゃんがいいか。

 それこそ好み次第。

 俺としては蓮ちゃんが好みだけど、性格の相性的に依歩の方が気安い。

「遥、蓮みたいなのが好みなのね」

「!?」

「お前、やっぱ普段から遮断してろ」

「嫌よ、疲れるもの」

「大丈夫、蓮ちゃん。俺は内面も好きになれる人間じゃないと手を出したくないから」

「そ、それはそれで、年頃の男子としてはいいのかなぁ」

 微妙な顔をしていた蓮ちゃんだが、まあいい。

「今晩は何が食べたい?」

「今日は魚を大量摂取したい気分だわ。寿司よ、遥」

「おお! ジャパニーズ寿司! 本場はアボカドを筋子で巻いたものじゃないんですよね!? サーモンをライスで巻いてフライにしたリしないんですよね!?」

「そんなのがあるのか……」

 海外の寿司事情ってどうなってるんだ……。

「今日は手巻き寿司にしようか」

「寿司を自宅で作れるというの!?」

「簡単なものならね。蓮ちゃん、ここら辺の案内もかねて、スーパーに行こうか。依歩も行こう。好きなネタ選ばせてあげる」

「行くわ!」

「お姉ちゃんの操縦、上手ですね、聡里さん」

「まー付き合いはそこそこだからな」

「そうよ、相棒」

「え、違うけど」

「寂しいこと言わないでよ。泣くわよ?」

「はいはい、マグロとサーモンどっちがいい?」

「どっちも!」

「分かったよ」



 手巻き寿司用の焼き海苔。厚焼き玉子。マグロ、サーモン、ブリの冊を寿司の大きさにスライス。甘エビも買ってきた。

 アボカドにきゅうり、チーズに、サニーレタスなんかも用意して。

「手巻き寿司……なんだかパーティみたいですね!」

 蓮ちゃんがニコニコしている。

 まぁいっぱい食材があって、楽しげではあるけど。

「ま、ここからだな。見とけよ」

 丼に盛った酢飯。

 酢飯は分量を量ったことがない。

 昆布に切り込みを入れて一緒に炊くくらいまではするけども。大よそ適当だ。

 調味料を入れて、少し甘さが立つようにしている。調味料は塩と砂糖とお酢。

 ちゃんと扇風機などで冷ましたそれを海苔にまんべんなく乗せていく。

 薄すぎても食べ応えがなく、厚過ぎても綺麗に丸まらない。

 俺はそこに刺身醤油にわさびを解いたものにマグロを付けて、更に卵を乗せ、マヨネーズを差す。

 丸めて、食べる。うん、美味い。

「好きな具材をこういう風にして、食べる。オーケー?」

「わ、分かったわ。初心者はどれがいいとかあるの?」

「初心者も上級者もないから、好きなように食えよ。ご飯の上にネタ乗っけて海鮮丼にしても怒らないから」

「は、はい」

 おっかなびっくり、彼女達は思い思いのネタに箸を伸ばして、醤油やマヨネーズなどを付けて食べていく。

「! お、美味しいです!」

「あれ、丸まらないんだけど、これ……」

「依歩はご飯を盛りすぎ。ちょい少ないくらいが上手く巻けるんだぞ」

「ふん、いいもん。このままいくし。おぐっ……」

 ……一口であんなにでかい寿司を食べやがった。

 さすがにリスみたいになってるけど。 

 ……依歩との気安さはそのままに。

 俺の家は、また少し賑やかになった。

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