十三話 焼肉と遠い国からきた少女
「はぁ!? 何でこっちに来てるのよ! え、旅行? 一泊二日、お姉ちゃんと同じところに泊まる!? いや、それは、その……」
朝起きると、花園が必死そうに誰かと電話していた。
スマホは格安の物。型落ち品と無料通話アプリを使うことで徹底的に無駄を削いでいる。
「……もう、分かったわ。空港にまで迎えに行くから、待ってなさい。え、もうついてる!? ……うーん。あ、ちょっと自分の写真を撮りなさい。いいから。……よし、これね。知り合いに迎えに行かせるから。バイクよ、心づもりだけしておきなさい」
通話が切られたようだが、問題は俺に飛来する。
「コラ。誰を迎えに行けって?」
「私の可愛い妹。……迎えに行ってほしいの」
「お前が行きゃいいだろ」
「バイクの方が早いじゃない」
「はぁ……」
ヘルメットをリュックの中に入れて、準備する。
「で、顔は? 知らんとどう声を掛けていいか」
「はいこれ」
写真を見せてくれる。
……花園の髪をおろした姿によく似てる。目元が優しいけど。
これなら大丈夫だ。
「オーライ、行ってやるよ」
「急いでね。もう空港にいるらしいから。室内で待ってるって」
「めんどくさ……」
「……ごめん。今度なんか奢るわ」
「いるか。そんなの気にする仲じゃねえだろ」
ブーツを履き、上には通気性のいいジャケットを羽織る。
バイクを発進させ、福岡空港に向かった。
駐車場にバイクを停めて、中へ入っていく。
「……あ」
見つけた。
「えっと、花園依歩の妹さんかな?」
「え、はい、そうですけど……」(誰?)
「俺は聡里遥。バイクの運転手で、君を花園が住んでるところまで送る約束をしてるんだ」
「……」(そう言う詐欺?)
「詐欺じゃない」
「あ、あれ? 言葉に出してないのに!?」
「俺、君のお姉さんと同じ能力を持ってるから。考えてることは筒抜け」
「……なるほど。姉をよく知ってる人みたいですね。なら安心です」
「信用してくれて助かるよ。……こっち。駐輪場までついてきて」
「はい」
髪が長くて、清楚そうで、大人しそうで、胸もある。
何というか、姉が可哀想になるくらいの発育。
その発育の良さを背中で感じながら、俺はバイクを走らせた。
「遥、この子は花園蓮。蓮、この人は聡里遥。私の恩人よ。ていうかなんで来たの?」
「福岡に行ったことだけは両親が知ってたので、体当たりで来ちゃいました」
「そっくりだな、無鉄砲なところ」
「……否定できないわね」
何というか、花園も頭が痛そうだ。
「花園さん、今日は何が食べたい?」
「肉」
「お前じゃない」
「名前で呼びなさい。めんどうでしょ」
「……蓮、ちゃん? 何が食べたい? せっかく日本に来たんだから、何かご馳走させてほしいな」
「あはは。じゃあ、肉で」
「このアホは気にしなくていいんだよ?」
「海外のバーベキューではなく、日本の焼き肉というものに興味もありましたし。お願いします」
「……いい妹さんだな」
「でも意外と肝が太いわよ、この子」
「大胆なのと意志の強さは、お前によく似てる。後黒い髪も。後は似てねえ」
「貧乳って言いたいのね、遥。いい度胸だわ。私生活について語ってやるんだから」(マジよ)
「言いたいなら言え。変な事はしてねえからな」(プラス、そんなヤツの家に住まわせるのはダメだと彼女が判断したらお前は終わりだ)
「ぐっ……!」(このオカマ……!)
「誰がオカマだ! この絶壁野郎!」
「言ったわね、男女! そんなに綺麗でどうするのよ、嫁じゃなくて婿の貰い手考えたら?」
「んだとテメェこそそれを心配しろや。美少女だからと言ってその胸はありえないね」
「何を!」
「やるかこの」
ぷっ、と噴き出したのは、蓮ちゃん。
「仲が良いんですね、お二方」(いいなぁ)
「これは仁義なき戦いよ、蓮」
「そうだぞ蓮ちゃん。この世間知らずにでかいほどいいというロマンを分からせて……」
「ふふっ。それと、えっと、聡里さん? ホントに心が読めるんですね」
「え!? ……何でそう思った?」
「オカマなんて、お姉ちゃん口にしてなかったし。でも、お姉ちゃんはオカマと言ったことを認めてたみたいだった。だから、お姉ちゃんは聡里さんが心を読むことを知っているってことになるかなって」
「……」
頭の回転は速い方らしいな。そして、微妙に疑り深い。
「……怖いでしょ、この子」
「えええええ!? そ、そんなぁ!? そんなことないですよね、聡里さん!」
「可愛いからいいよ」
「あんた、私にはそんなこと言わないじゃない!」
「依歩は可愛いの知ってるし」
「あ……う、ぁ……あ、あ、貴方、ずるいわよ! そんな危険球投げてくるなんて!」
「むしろストライクなんじゃない? お姉ちゃん。でも聡里さん、本当に綺麗な方ですね」
「ごめん蓮ちゃん、綺麗、とか、可愛い、はやめてほしい。コンプレックスなんだ」
「あ、そうでしたか……。綺麗だけどなぁ、ちょっと羨ましい」
まぁ女子になら納得できるけど。
男の俺に言われても。
「で、問題はここからです」
あれ。
蓮ちゃんの表情が、一気に冷たくなったような気がする。笑顔のままなのに。
「お姉ちゃん、年頃の男女が一緒に屋根の下で暮らすとか何を考えてるの?」
「い、いや。そのね、蓮。アパート契約してたんだけど、ブッキングして、負けちゃったのよ。で、キャンプ暮らしになろうかーって時に、遥に拾われたのよ」
「……」
「ほ、ホントよ! 元から文通相手とかでも何でもないし、遥はただ親切心で居場所をくれただけなの!」
「本当ですか? 聡里さん」
「ああ。野宿するとか、自分で何とかする、とか言いながら、できてなかったからな。それに、俺も……家が広くて、寂しかったし」(嘘だよ。寂しくはなかったけど、こう言っておけば丸く収まるだろ)
「……そうですか。聡里さん、ご両親は……」
「死んでる。だから、本当に、俺はこの家で勉強か寝ているかテレビ見てるかしかしてなかったんだ。だから、同居人が増えたところで俺は構わないんだよ。迷惑じゃないし。むしろ、依歩がいてくれると、賑々しくて、世話のしがいがあって……俺は嬉しいけど。なんなら、蓮ちゃんも住む?」
「なるほど、まるで聖人ですね」
「聖人て……。そんな人間じゃないから」
「いいえ、聖人ですよ。年相応の男子なら既にベッドインは済ませている間柄でなくてはならないのに」
「私はいいんだけど、遥が嫌がるのよ」
「いきなり体で迫られても怖すぎるだろ」
「あ、チェリーなんですね」
「やかましいわ。君は経験あるの?」
「セクハラです。ちなみに経験はありません。お姉ちゃんの恋人を味見する予定なので」
「え!? 依歩と恋人になると蓮ちゃんもついて来るの!?」
「え、はい。変ですか?」
「変だよ……」
ビビるわ。
うっかり依歩と恋人になったら恋人が増えているとか。
怖すぎる。
「それを依歩は認めてるのか……?」
「別にそれくらいいいわよ」
「いいのか!?」
分からん。異文化コミュニケーション過ぎる。
「まぁ、ともあれ、観光とかしたいでしょ? つっても、特に見る場所はないけど」
「あ、わたしあそこに行きたいんです!」
「あそこ?」
やってきたのは、百円ショップ。
なんでまたこんなところに。
「どういう場所なの、遥」
「百円で買えるものが置いてある場所だよ」
「え!? そ、そうなの? この食器類とかも、百円なの!?」
「ああ、そうだけど……」
「す、すごいわ、百円ショップ……!」
「いいよね、お姉ちゃん!」
花園姉妹はテンション上がりまくってるみたいだけど、何をそんなに驚くのやら。
彼女達は置物とか食器類などを見て回っていた。雑貨や文具なども見ていたが、手には取らなかった。
ざっと一周したが、蓮ちゃんの買い物かごの中には雑多なものが押し込められていた。余裕で三千円は超えている。
「安いからって買い込むと意味ないと思うんだけど」
「安いから買い込むんじゃないですか、遥さん」
「……まぁ、蓮ちゃんが良いならそれでいいけどね」
「わぁ、お姉ちゃんみて、これ!」
「日本は結構穴場ね!」
……。
何故だか、百円ショップで二時間も潰す羽目になるとは思ってもいなかった。
買い物した後、荷物を家に置き、ディナーへ。
歩いていける距離の焼肉屋。ツーカルビ。
食べ放題チェーンなのだが、少し料金の高め。しかし味はチェーンでも群を抜いている。
早速、大盛りのご飯と焼いた肉をほこほこと口の中に大量に放り込んでもぐもぐしている依歩。
「主賓を気遣えよ、依歩。蓮ちゃん、これ焼けてるよ」
「はい、頂きます」
「遥も遠慮することないのよ。この子、少食なのよ」
「あ……それは迂闊だった」
「いえ。ふふっ、なんだかお世話されるって、いいですね」
「いつもは料理を作る側だからね、蓮は」
「はい、依歩。焼けたぞ」
「ありがと。……何でかしら。遥が焼くと妙に美味いわね……」
「何事にもやり方があるからな」
「へえ、教えてよ」
「いいぞ」
強い火でも位置を遠くしてやれば、上手く焼くことができる。
要は使い道。
この店は網を交換するタイプ。こういうところはホルモンなんかを焼くと良いんだけど、あれは人を選ぶ。
まず最初に色々乗せようとする依歩を制して、網に火を通した。
網の汚れを抑えるために、塩タンや塩味の鶏や豚トロなどタレの付いていない肉から焼いて、徐々にタレの付いたものへとシフト。
まぁ網を交換してもらえば済む話なんだけど、これが鉄板だったらそうはいかない。
そして、一度しかひっくり返さない。
これを守れば、大体美味しく焼ける。
「めんどくさいから遥が焼いて」
「言うと思ったよ」
せっかく説明してやったというのにこれだ。
別にいいけど。俺もそんな大量には食べないし。
焼いては依歩の皿に。たまに蓮ちゃんの皿に乗せていく。
「見てお姉ちゃん! スウィーツも美味しそう!」
「食べれれば何でもいいわ」
「またお姉ちゃんはそう言うこと言う。聡里さんも美味しい方がいいですよねぇ?」
「そうだぞ依歩。お前そんなことばっか言ってると弁当作んねーぞ」
「ひ、酷いわよ! 横暴よ、遥!」
「うぇえええ!? 聡里さんがご飯作ってるんですか!?」
「え? ああ、そうだけど」
「……正直、家庭的な人には見えなかったので……」
「……そ、そうか。どんな風に見える?」
「怒りません?」
「ああ」
「なんか、女性モデルに出てきそうで……」
「…………」
「あ! いい意味ですよ! 褒めてます! すっごくきれいです!」
「ああ、そう……」
「はむっ。もぐもぐ……」
「お前もちっとは俺を気遣えや!」
「そうよお姉ちゃん。自炊するってちゃんと言ってたよね、お母さんたちと口論してる時」
「だ、だって、お湯を注げば三分で美味しい食事が……!」
「……」
「れ、蓮?」
「決めました」
「な、何を?」
「わたしも、聡里さんのお家に住みます!!」
「……え?」
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