十二話 プールと炭水化物

 更衣室を出て、広大な敷地を誇る屋内プールを見る。

 超巨大なドームは立体的で、かなりの広さを誇る。

「遥ー!」

 まず歩いてきたのは、花園だった。

 赤のワンピースだが、悲しいくらい胸がない。

「あんたビンタね」

「いや、すまん。率直な感想だった……。でも、可愛いよ、花園」(これはマジだからな)

「……うん、ありがと」

「出てきなさいって!」

「いや、勘弁で! 今日は、パーカーを……」

「脱ぎなさい!」

「ううう……」

 黒いビキニに身を包んだ華やかな花梨と、意外と豊かな胸にぴったりの水玉ビキニを付ける篠岡。

「二人とも、可愛いし、綺麗だよ」

「そう? そうだよねぇ!」(まぁ、当然かな)

「う、うう……慣れない……変じゃないのかな……」

「篠岡……そんな……俺の言うことを信じてくれないなんて……」

「へ!?」

「俺が似合うって言ったのに、篠岡は、それを信じてくれないんだろう……? はぁ、悲しいなぁ」

「に、似合ってるって、自信持ちます!」

「うん、それでいい。可愛いよ、篠岡」

「は、はい!」

 最近、篠岡の操縦が分かってきた気がする。

 とはいえ、水着は恥ずかしそうだ。

「よし、それじゃ全制覇するわよ!」

「ま、とりあえずそうだな」



 流れるプールから入ることになった。

「泳げないのか、花園」

「胸に脂肪がないもの」

「自虐的だな……」

 浮き輪の上でぷかぷかと浮いている。

 なんというか、花園は胸が無くて細いくせに、どこかムチッとしている。

 妙な魅力があるというか……。

「あら、久々に男らしい視線ね」

「男らしいのか、この考え」

「私の魅力にやっと気づいたみたいだし」

「体はな……」

 確かに魅惑のボディらしいが、ニッチだな、需要が……。

「失礼ね。そう言う遥は、色白で肌が細かくてまた華奢ね」

「やめんか。俺は男だ」

「引き締ってるのは分かるけど、細く見えるわ」

「ほっとけ」

 いくら筋トレしても筋肉がつかないんだよ。



 スライダーを流れ落ちる。

 中々のロングコース。スライダー専用の浮き輪の穴は二つ。

 俺と花梨が乗っていた。

「久々に来ると、楽しいよね!」(童心に帰れそう)

「だね」

 と、衝撃が起きて、花梨が俺にもたれかかってきた。

「きゃあっ!? あ、ご、ごめんね!?」

「いいよ」

 花梨の体は柔らかくて、何というか、役得だった。

 改めてスタイルもいいし、胸も結構大きい。

 ざばあ、とスライダーを出ても、男性客が花梨に向ける視線は露骨だった。

 花梨はそれは当然だと思っているらしい。まぁ見るけども。多分俺が無関係な通行人でもちらっとは見てしまう。

 女連れの男が耳を引っ張られていたが、ご愁傷様。



「篠岡は泳げるんだな」

「あ、はい! そう言う先輩は?」

「俺は普通だよ」

 波のあるプール。

 花梨と花園はもう一回スライダーらしい。

 なんだかんだ、仲良くなってるみたいで安心する。

「では、先輩! 波の出るあの鉄の棒みたいなところまで競争しましょう!」

「……しゃあないなぁ」

 やる気な篠岡に仕方なく戦闘態勢をとる。

 具体的には、半歩左足を引く。

「よーい……ドン!」

 同時に、蹴りだす。

 篠岡は豪快に水を蹴りだし掻きだし、泳いでいく。

 俺は静かにフォームを崩さず、回転数を上げていく。

 ほぼ同時に着。

「ぷっはー! 先輩、速いですね!」

「……普通だよ」

「いいえ、速いです! 特に運動していないっぽいのに、凄いですよ! 秘訣とかあるんですか!?」

「大きな泳ぎをして、無駄を減らすのが一番だよ。水の中はどうやっても抵抗があるから、その抵抗をどうなくすかが早くなる近道だと思う」

「おお、なるほど……」(理論派かぁ)

 理論派ということもないけど。

「教えてください!」

「いいよ、俺が教えられるなら」

 こうして、篠岡に指導なんかしたりして。



 あっという間にお昼になった。

 フードコートに移動して、めいめい、好きなものを取ってきた。

 花園はステーキ。

 花梨はハンバーガー。

 篠岡は焼きそばにたこ焼き。

 俺は豚骨ラーメン。

「篠岡、炭水化物ばっかだな」

「たこ焼きはみんなでシェアしようと思いまして」

「お、そうか。サンキューな」

「はい!」

「一個もらうわね」

 そうたこ焼きを奪い去った花園は、ステーキにライスまでついている。

 結構な量を食べるつもりらしいが、まぁ好きにさせよう。

「そんなに食べたら豚ちゃんになるわよ、花園さん」(のくせに細い……)

「太らない体質なもので」(実はこの洗練されたボディが羨ましいに違いない)

「ずるるるー」(焼きそば美味しいなぁ)

 焼きそばをすする篠岡を見習おう。俺もラーメンをすする。

 こういうところで食べる飯は、何だか美味いように感じる。

 店で食べる時はこんな感じじゃないのになぁ。ロケーションのせいだろう、多分。

 実際、冷静に味を分析すると、味は大したことはない。チェーン店だから無難な味だ。

 まぁチェーンにも美味いマズいはあるんだけども。

「何というか、この集まりって仲いいのかしら」

 花園がそう言うことを放り込んだ。

「仲は、普通じゃない?」

「普通ですね」

「まぁ、こういう集まりごとをしてるんだから、良い方なんじゃないのか?」

 中立の意見が二つ、良い方だという意見が一つ。

「そう? これくらい普通の付き合いじゃない」

「そうなのか?」

「まぁ、遥君ってそういううわべだけの付き合いしなさそうだしね」(そういう誠実って言うかボッチなところも好感度高いけど。信用できるし)

 ボッチとは失礼な。

 ……あれ?

 花梨や篠岡、茉子やマスターは仕事でいっしょ。

 俺、もしかして花園以外にプライベートで一緒にいる人間っていなくね?

「安心なさい遥、私もだから」

 ボッチが二人。

 二人ぼっち。

「そうか。俺、友達が少なかったんだな……」

「いや、そんなしみじみと言われても……」(どう反応すればいいのよ)

「ごめん、花梨」

「謝ることでもないし」

「そう言う花梨は友達いるのか?」

「……か、花梨ちゃんは単独で可愛いから!」(そう言えば同性の知り合いってこの貧乳と篠岡ちゃんしかいない!?)

「お、おう。そうだな」

 触れないでおこう。

「で、でも、遥君は花梨ちゃんと激マブだよねー!」

「……マブ?」

「とっても親しいってこと! ねー?」

「俺は、親しい人間の一人だって思ってるけど」

「! だよねー! もー、遥君ったら~!」(よ、よかったー……ここで滑ってたらあたし痛すぎだし……)

「遥、甘いわねぇ……」(そんなに巨乳が良いのか)

 ないよりはあった方がいいんじゃない? 程度によるけど。

(帰ったら覚えておきなさいよ……)

 冗談だってば、冗談。

 その後、解散となって、その日はぐっすり眠ってしまった。

 プールって意外とつかれるもんなんだな。

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