九話 贅沢といえば、肉に寿司

「はい、お給料。今月もありがとう」

「どもっす」

 そう言えばひと月経ったのか。

「あら、お給料……」(いくらかしら)

「ここで開けんなよ」

「ギクッ」(何故開けようとしたのがばれた)

「あはは。構わないよ。初めての給料だからね、嬉しいだろう」(なんだかんだ、花園ちゃんも子供っぽいなぁ)

「さすが、マスターは分かってる」(子供っぽいのかな……)

 俺は財布に突っ込んでおく。マスターは現金手渡しを好んでいて、その方が労働の甲斐がよくわかるらしい。

 まぁ、おおむね同感だが。

 花園はカウンターに広げている。

「……結構あるわね」

「まぁ、俺と一緒に入ってるからな。俺が散々入ってるから、その分多いんだろう」

「遥様様ね」

「聡里君はバイトチーフだから、その分色が付いてるよ」

「おお。そんな立場なのね」

「まぁ学生バイトしかいないからね……。さて、花園。今日は贅沢していかないか?」

「というと?」

「ステーキ、食いに行こう」

「!」



 唐突ステーキ、福岡店。

 カウンターで食べる、立ち食いステーキ。

 学生の俺達でも入れるようなリーズナブルな店。

 のくせに、ボリューミー。

 四百五十グラムのステーキが二千円以内で食える場所。

 目玉商品、豪快ステーキ。俺は三百グラム、花園は四百五十グラム。

 鉄板で焼いていくスタイルなので、まだ生。

「うわぁ……! 肉よ、遥! 肉!」

「嬉しいのは分かったから落ち着けよ。まず、この鉄板で生の部分を焼く」

「ふむふむ」

「両方生の部分が消えたら、もういい具合。……うん、美味い」

 最初から表面は焼いてあるので側面を押し当てて行くだけだ。

 真似をする花園が何だか可愛く見えたが、錯覚だろう。

「ん……! 美味しいわ、遥!」

「そいつぁなによりだ」

 もぐもぐと食べてるが、ちゃんと焼いたんだろうか。

 まぁいいや。

 自分の分を食べていく。

「んー、肉! 美味しいわね!」

「そだな」

 やっぱ肉は定期的に食いたくなるな。

「カレーもいいけど肉もいいわね」(甲乙つけがたい)

「だなー」

「ソースとかないの?」

「このピッチャーがソースポッドだ。鉄板が冷めるから全部焼いてからにしろよ」

「はーい。まぁこのままでも行けるけど」

 生肉から齧りそうだもんな、ほっとくと。

「今度は、あそこ行きたいわね」

「あそこ?」

「寿司!」

「……来週にでも行くか」

「行きたい! 行こう!」

「おう」



 来週になり、寿司屋にやってきた。

 回るヤツ。回らないヤツもあるけれど、それは給料が消し飛ぶのでやめておいた。

 今日やってきたのは、大手チェーン倉庫寿司。

 価格の安さとサイドメニューの豊富さで有名なチェーン。週末には多くの客が並ぶ。

「いろいろ流れてくるわね。……って遥、何を操作してるの?」

「端末。これでほしい食いもんを注文するんだよ」

「へえ、ラーメンとかあるのね」

「サイドも美味いからな。気になるのがあったら注文してけ」

「じゃあ……」

 俺は天ぷらうどん、花園は魚介醤油ラーメン。

 待ってる間に、流れてくる寿司をつまむ。

「マグロ! 漬けマグロ? ? どう違うの?」

「あらかじめ醤油に漬けてあるんだよ。醤油を付けずに食べる」

「醤油にも種類があるのね。九州醤油って何?」

「甘い醤油なんだ。こっちでは刺身醤油って名前で売ってる」

 食べていたのだが、ふと気になった。

「なんで福岡に? 東京とかも選択肢あっただろ」

「あら、言ってなかったかしら。適度に都会で、食べ物がおいしいって聞いたから。それに、東京より物価も安いって聞いてたし」

「……そんだけ?」

「何よ、悪いの?」

「いや、別に」

「でも、良く思えば向こう見ずもいいとこだったわ。遥と出会ってなければ、それこそどんな暮らしだったのかな……」

 エビをもぐもぐとやりながら花園がそう言う。

 あそこで出会わなければ、どうなってたんだろうな、俺は。

「実家と連絡は取ったのか?」

「いいえ。国際電話なんて馬鹿にならないもの」

「てか実家は何処だよ」

「ロスよ。パパはなんか知らないけど社長、ママは金融機関で働いてるわ」

 ロスってことはロサンゼルスか。

 アメリカの都会の代表格みたいなもんだけど。

「……の割りには、えらく庶民的というか」

「ああ。貯めることに生きがいを持ってるような人達だから。生活は質素だったわ。それが嫌で抜け出してきたんだけど」

「そうなのか」

「ええ。イチゴジャム一つとっても、アメリカのは大味だけど、日本のはきめ細やかでいいわね。量が物足りないけど。べったり塗ると、何故か怒られるし」

「瓶の半分を一気に使おうとすりゃ誰だってキレる。パンには淡く塗る程度で充分だ」

「いいえ、べったりつけた方が美味しい。この醤油だって、寿司にはべったりつけた方が美味しいわ」

「素材の味を知れ、素材の味を」

 寿司の具材――マグロの部分を半分だけ濡らすようにつけて、食べる。

 マグロ本来の旨味とシャリの甘味、それと甘い醤油が調和して、非常に美味い。

「母親がハーフだとか、そういうのじゃないのか?」

「全く違うわ。日本人夫婦が仕事の都合で移動した、みたいな感じ。で、ロスが住みよかったらしくって、居ついたってわけ」

「なるほどな」

 そう言う過去だったとは。

「何、過去について知りたいの?」

「いや、受け入れといて何だけど経歴が謎過ぎたんで聞いただけ」

「そう。いいわ、教えてあげる。何があったか。何がきっかけで、もう一回女子高生になったか」

 今度はイカを食べながら微笑む花園。

 俺は特に遮らず、話に耳を傾けるのだった。



 私は正直、嫌な子供だったと思う。

 周囲の声が聞こえて、テストは簡単かと思われるかもしれない。

 でも、同じなら分かるはず。考えが読めるとかテスト中はうるさくて集中できないってこと。

 まぁ集中して聞けば答えも分かるんだけど。

 そんな感じで、大学でも上手くやって。

 でも、ある日、それが馬鹿らしくなって。

 周囲は年下の私を馬鹿にして、日本人だからと差別もされた。

 だから、相手の心理を逆手に取った話し方とかが自然に身についていたの。

 周りからは嫌われていて、両親にも気持ち悪いって思われたわ。妹にさえもね。

 だから、人付き合いが億劫になったの。

 で、同じ日本人の女の子たちはどうしてるのかなってネットで見たの。

 そしたら、とても楽しそうに、テレビの前ではしゃいでるのを見て……ああ、いいな。これだって思ったのよ。

 もう一回、誰も知らない土地で、学生をやりたいって、その時思ったの。

 だからさっさと大学を卒業して、反対する両親をガン無視して出てきたわけ。



「これが理由よ」

「食い過ぎだ」

 二十皿食べてるよこいつ。プラス醤油ラーメン。

 俺は十皿で終わり。プラスうどん。

「どう思った?」

「お前がくそ身勝手なのは理解したけど、それが?」

「冷たっ!? 良いじゃないの別に! 誰にも迷惑かけてないし!」

「少なくとも両親に心労を与えてそうだけどな……せめて現住所くらい教えとけ」

「嫌」

「……まぁ、いいけどな」

「そう言う雑なところ、好きよ」

「はいはい」

 めんどくさくなった。

 こいつは確固たる理由でここにいるんだから、どうあがいても動かんだろうし。

「そういや、いつまでも男と一つ屋根の下というわけにも行かんだろう。どっか見つけてるか?」

「え? いちゃダメなの?」

「要らん誤解を生むぞ。お前も普通の女の子志してんなら、恋とか起きるかもしれないしな」

「恋ねえ。恋ってどういうものだと思う?」

「蟻地獄のようなもんじゃねえか」

「荒んでるわね」

「ほっとけ」

 もうハマると抜け出せないものだと思うようにしている。

「なるほど。私は、直感だと思うの」

「直感?」

「ズビビビッて。ひらめき? インスピレーション? そう言うものだと思う」

「また似合わず感覚的だな」

「中学校の頃の遥を見た時にビビッと来たわ」

「くんな」

「冗談よ。でも……ありがとう。今まで、黙って受け入れてくれてて。そして、これからも、よろしく、遥」

「……ああ」

「さて、次は……」

「まだ食うのか!?」

 二十五皿を完食した花園は満足そうに笑っていた。

 ……マジで太らないか心配だな。

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