八話 学食と茉子
A定食、B定食。
A定食は……今日はエビフライ定食、B定食はチャーハンに唐揚げ。
うどん系は肉うどんにごぼう天、わかめに月見に何でも来い。
丼系は親子丼、豚丼、牛丼、カツ丼の男らしいラインナップで出迎えてくれる。
券売機の下の方のボタンにはサラダとかもあるけれども、基本的にプッシュされない。
俺も押さない。
ぽち、と押したのは、四百五十円のカツ丼だった。味噌汁もついてる。
食券を出して受け取る。うん、カツ丼だ。冷食を揚げて、切って、卵とじにするだけの簡単レシピ。上に乗っているグリンピースがチャーミング。
奥の席に座ってもごもごやっていると、前に人影。茉子だ。
「聡里さん、ここいいですか?」
「構わないよ」
「じゃあ失礼します」
珍しく、花園がクラスメイトとパンを買って中庭に行くそうなので、俺は学食でかつ丼を食うことにした。
特に団体行動する友人もいないので、一人で食べてたんだけど。茉子も一人か。
「なんでまた一人なんだ、茉子」
「みんなお弁当なんですよー。学食は混むから行きたくないってー」
「水もあるのにな。まぁ、時間帯ずらさないと、席数で睨まれるのも確かか、弁当組は」
「ですね。おお、かつ丼美味しそう!」
「茉子は……あれ、なんでかけうどん大盛り?」
「あはは、お金なくて……」
「スポーツは金掛かるもんな。ほれ、カツを一切れやろう」
「あ! いいんですか!?」
「ああ、いっぱい食え」
「わーい! いやっほう!」
お気楽な茉子はテンションを上げながらカツを頬張る。
「美味しい!」
「良かったな」
「聡里先輩もうどん、どうです?」
「遠慮しとこう。汁物は味噌汁がある」
「そうですか、残念です」
お互いに飯をかきこんでいく。
受験勉強から、喫茶店で、そして家まで。
お互いのことをそこそこ知っている仲だ。無言は苦ではない。
「聡里さん、勉強の方は……やっぱ頭いいんですか?」
「三十位以内だな。茉子は? 定期的に勉強してるか?」
「うぐっ……ちょっと……ピンチで。教えてほしかったりするんですが、どうでしょう?」(だって気が付いたら授業終わってるし)
「どうせ、授業中寝まくってるだろう。サッカーにエネルギー集中させるために」
「げげっ、エスパー!?」(相変わらず聡里さん鋭すぎ!)
はぁ……。
「特待とは言え、最低限取らないと補習だぞ。結果的にサッカーの時間が削れるんだから意味ないだろ」
「うぐっ、正論過ぎる……」
「でもま、応援してっから。勉強くらいはみてやるよ。喫茶店の方に来いよ、合間合間に教えてあげる」
「すみません……」
「いいさ。俺には熱中できるものはないし、だからこそ、それを見つけてる茉子を応援したいんだよ」
「うう、優しい! 聡里さんは相変わらず優しいなぁ……。な、何かお返しできること、ありませんか!?」
「充分返してもらってるよ。茉子が楽しそうにしてるからね」
「……」
何でか、顔を赤くしてるけど。
(……この人、何なんだろう。天使なのかな。こんなに、あげてばっかりで……なんで?)
「天使じゃないぞ」
「うぇええええ!? こ、声に出てましたか?」
「あ、いや。……ああ、声に出てたぞ」
「うわ、いや、その……す、すみません」
俺こそ悪かった。
思わず突っ込みを入れてしまった。
「じゃ、お願いします!」
「おう」
「ここ、わかりません!」
「そこはな……」
指示していくと、納得いったようで、覚えるまで似たような問題を解いていく茉子。
「まぁ喫茶店とかで勉強するのはありだけれど、この子誰? 遥の知り合い?」
「俺の後輩で、マスターの娘さん。茉子、こいつは花園依歩。花園、こいつは小岩井茉子だ」
「あ、どもっす。聡里さんの彼女さんですか?」
「違うわ、相棒よ」
「勝手に相棒扱いすんな」
「便利な棒よ」
「マジックハンドみたいに言ってんじゃねえよ」
「あれは便利ではないわよ?」
「……めんどくさい」
「あ、アイスコーヒーお代わりください!」
合計、四杯目のおかわりである。
マスターが溜息を吐いている。
「あのねぇ、茉子。お父さんのコーヒーはだね、水じゃないんだから」
「美味しいんだもん。だめ?」
「聡里君、淹れてやってくれ」
「……まぁ、マスターが良いならいいっすけど」
相変わらず娘にはでれっでれだ。
茉子は気分良さそうに勉強を解くが、そもそもブラック苦手じゃなかったっけ。
「……茉子、カフェラテじゃなくていいのか?」
「ふっふっふ、大人はブラックですよ!」(苦いけど)
「真の大人ってのは、好きなように飲むもんだ」
「え、そうなんですか?」(何それ、初耳)
「大人というのは、出されたものをカッコつけて食べたり飲んだりするわけじゃない。味わうんだよ。だから、好きなものを頼む」
「……」(な、なるほど)
「さて、どうする?」
「ラテで。キャラメルラテで」
「はいよ。味わえよー、これも割かし高い部類なんだから」
「う、うん」
ここのアイスコーヒーが苦みがまろやかでぐいぐい飲める分、消費が多い。
けれどもラテは濃いので、自然と消費がちびちびになっていく。
「……ありがとう、聡里君」
「いえ」
飲みすぎてもあれだけどね。
「茉子にも働いてもらおうかな」
「サッカー忙しいし」
「そうか。今日から部活動休みだっけ」
「あ、こら、先輩! 嫌な事言わないで!」
「まぁ、勉強もしなきゃだしね。聡里君、何度も申し訳ないけど……勉強、見てやってね」
「いいですよ、教えるくらいなら」
「ありがとう! いやあ、いいアルバイト君だねぇ。将来はうちに就職どう? というか、茉子もらってくれない?」
「ちょ、お父さん!」
「まぁ、それもありなのかな」
「聡里さんまで!? いや、聡里さんなら、その、嫌じゃないけども!」
「選択肢として、もらっときます」
多い方がいいし。
選択肢。
「そう、聡里君を迎え入れて、ゆくゆくは二号店を……その経過を、電話越しに聞く……良い老後だ……」
「老後には早いでしょ、マスター」
「そうだったね。でも、聡里君とここまで深くかかわることになるとは、思わなかったなぁ」
「俺もですよ」
マスターには、感謝してもしきれない。
「そういや、マスターとどうやって出会ったの?」
「ああ、聡里君はもともと常連だったんだよ。中学生の頃からここにきて、コーヒーを飲みながら読書していた」(最初、中二病かと思った)
おいこら。
「適度に音楽があって、雰囲気が良くて、長時間いても疲れないから。ここ」
「それで、従業員募集の張り紙をしたら、俺でいいならって高校一年生になった聡里君が言ってくれたんだ」
「んで、形だけの面接があったな」
「最初は女の子かと思ってたんだよー」
「……まぁ、中坊の時はタッパもなかったし……声変わりもまだ……」
「今も綺麗なんだけどねぇ」
「そうよ、遥。女装しなさいよ」
「嫌に決まってんだろ!」
「ふっふっふ、じゃじゃん。これを見てください! 後輩なので画像回してもらいました!」
「……」
止めようと思わない。
どうせ見られるんだし、止めようとしてもみ合いになった際、娘さんのスマホなんて壊したら俺の給料が終わる。
「わぁ!」
「おお!」
茉子が見せたのは、中学校の頃の文化祭の写真だ。
「メッチャ可愛いわね、遥」(結婚したい)
「やっぱり女装しようよ、聡里君」(好みだ……)
「やめろ。二度としない。トラウマなんだよ……」
男に真剣告白される気持ちを考えてみろ。
(……遥、そっちに目覚めそうね)
目覚めてたまるか!
「茉子も消せよそれ。それか封印しろ封印」
「嫌です。聡里さん可愛いんだもん!」
「……ったく」(マジで最悪だ……よりによって……)
物理的に一番近い花園が見てしまうとは。
「これから、遥ちゃんって呼べばいいのかしら」
「……」
男女平等。
「いたいいたいいたい!? こ、こめかみを、ぎゅってしないで……! 痛い!」
「頼むから、勘弁して……」
「わ、分かったから! もう言わないし! ね? 遥!」
離す。
頭を抱え込む彼女だったが、俺が一番そうしたいんだ。誰も分かってくれないけど。
「でも不細工よりよくないですか?」
「……注目されないのなら不細工でも……」
「もったいないですよ! 今もこんな綺麗なのに!」
「勉強しろ勉強」
「おっと、そうでした」
勉強に戻る茉子。
……悪夢だ。
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