七話 めんどくささとお弁当

「あのね、憧れがあるの、私」

「憧れだぁ?」

 花園が唐突に何かをいうのは、今に始まったことじゃない。

 放課後になるなり、何かを言い出した花園。仕方なく、話を聞くことにする。

「いい心がけよ」

 忘れそうになるが、俺の心を読めるんだったな。俺と完全に同じ能力ではないらしいけど……まぁそれはいい。

「お弁当が食べたいのよ」

「……弁当?」

「そ。作ってくれる?」

「……毎日はムズいぞ」

「じゃあ、週二回で」

「……ったく。帰りの買い物付き合えよな」

「荷物持ちさせないでよ」

「荷物持ちくらいしろ。お前の好きなもの作るんだから」

「え? 私の、好きなもの?」

 ぽかんとしていたが、何を呆けてるんだ。

「お前にだって好きな料理くらいあるだろう」

「オムライス!」

「他にあるだろ……。まぁ、ここんとこは連日喫茶店の賄いだったからな、夜とかは。家で作るのも久々だ。凝ったもんじゃなけりゃ作れるぞ」

「……普通のお弁当って、やっぱりサンドイッチ?」

「日本では普通じゃないな」

「じゃあどんなの?」

「日の丸弁当?」

「何それ」

「ご飯一面。真ん中にうめぼしオンリー」

「違う! 私が想像していたお弁当じゃない!」

「さすがに冗談だよ。んじゃ、行くか。買い物。今日は俺達シフトないから」

「ええ、わかったわ。ちなみに、今晩は何?」

「……カレーでも作るか?」

「インド料理だっけ。食べたことないわ」

「ほほう。じゃあ日本風のカレーを是非味わってもらおうか」

「……美味しいの?」

「俺は好きだ。もっとも、本格カレーならロワゾブリュで食えるから、あくまでも家庭風だよ」

 カレー、食べたことないのかな。

(ないわ。だから、美味しいのを期待してるわね)

 ……こりゃ裏切れないな。



 花園はカレーを大層お気に召して、週に一度は作ってくれとせがんできたほどだった。

 それを思い出し、苦笑しつつ、早朝の五時半、弁当作りに精を出す。

 市販の鮭フレークと炊き立てのご飯を混ぜて、放置。

 他にも、昨日から下味をつけていた唐揚げと、たこさんウィンナー。厚焼き玉子、ちくわにきゅうりを詰めたものに、ピーマンのお浸しを作る。

 気を付けねばならないのは、お浸しだ。汁気が残ると他の具材にうつってしまう。キッチンペーパーなどで無駄な水分をとることが大事。

 適度に冷めた鮭の混ぜご飯を握る。形が整ったら白ごまを少し取り、側面にいきわたらせるように握っていく。

 白ご飯もおにぎりにして、弁当を詰める。

 おにぎりで一段、おかずで一段。

 多分足りないだろうからなぁ。何を付けるか。

「……」

 林檎にしよう。

 ウサギの形に切って、塩水にくぐらせる。ウサギになる工程で出た皮は俺がしゃくしゃくとやった。ちょっと甘めだな、この林檎。

 それを保冷剤を入れたタッパに入れておく。五きれ。

 残りの三きれは俺の分。

「よし」

 完成だ。

 時間は六時半か。早起きしすぎたな。

 ちゃちゃっと準備して、バンダナで弁当を包み込む。

「……二度寝するか」

 一時間半後に携帯アラームをセットして、眠った。

 朝課外もないからな、今日は。



「お弁当ね!」

「……そうだな」

 俺と花園は、一緒に食事を摂っていた。

 どちらから誘うでもなく、自然と。

 昼休み、いそいそと花園はお弁当を取り出し、カパッと開いた。

「わぁぁ! これよ! これぞお弁当よ! 色とりどりの料理に、おにぎり!」

「お気に召したんなら、何よりだ。毎日は作んねーぞ」

「いいのよ! わぁ、美味しそう! どれから食べようかなー!」

 お箸を手に嬉しそうにしている花園を見ていると、悪くない気分だ。

 俺も自分の弁当に手を付ける。

「あ、花園さんと同じ弁当だ。二人ってホントに同棲してるんだね」(見てしまった、決定的な証拠)

「そうよ。これ、遥が作ってくれたの!」

「ひゅー! 熱いわね、このこのー!」(ラブい! かなりラブいよこれ!)

 クラスメイトに肘で肩をウリウリやられるが、溜息を吐くことしかできない。

 何を言ってもひゅーひゅーと囃し立てるからな、この手の奴は。

「遥、あーんして」

「何故!?」

 全く脈絡のない行為に思わず箸を落としそうになる。

「いや、お礼をと思って。女の子からのあーんって夢なんでしょ?」(ってどっかで聞いた)

 そんな曖昧な情報を俺にべったり押し付けんな。自分で食え。

「つれないわね」

 唐揚げを自分の口に運ぶ花園。

 クラスメイト達は露骨にがっかりしていたけれど、玩具になるつもりはない。

「……」

 俺にとっては、やっぱ冷めたおかずにしか見えないんだけどなぁ。

 嬉しいもんなのか、弁当って。

 俺的には学食で温かい飯を食ってた方がいいと思うんだけど。

「また作ってね、遥」

「はいはい」

 ま、こんなに喜んでくれるなら。いいか。

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