四話 店長と娘とキスの天ぷら

 バイトが終わり、花園を家まで届けてから、少しして。

「あ! 聡里さん!」(き、着替えておいてよかったー!)

「よっす、茉子」

 小岩井茉子に迎えられて、小岩井家の中に入る。

 クーラーボックスが置かれてあるということは、これが今日の戦果なんだろう。

 奥に、マスターも見えた。

「マスター、何釣れたんだ?」

「投げ釣りでキスが釣れたよ。白ギスじゃないかな」

「へえ。包丁借りますよ」

「頼むよ。僕、捌けないからね。やろうと思えばできるけど」

「じゃあなんで釣ってくるのよ、パパ」

「いやあ、釣り自体は楽しくてねぇ」

 ならリリースしろよ。

 そう思いつつも、簡単にさばいていく。

 鱗落としで鱗をとってからがスタート。

 胸鰭から包丁を入れて頭を落とし、包丁を肛門から入れて少し開いて内臓を取り出し、よく洗う。

 刺身とかなら、大名下ろしで構わない。小さい魚なら簡単だ。

 ただ、これから調理するにあたって、捌き方が変わる。

「またいっぱい釣ってきたな」

「いやぁ」

「リリースしろって言ってるんっすよ、自分でさばかないなら」

 溜息を吐いて、とりあえずあるぶんを途中まで捌いていく。

「茉子、晩飯食べたか?」

「聡里さんが来るって言ってたから食べてない! ご飯は炊いてあるよ!」(ご飯楽しみ!)

「あのなぁ……」

「でもその質問するってことは、ご飯作ってくれるんだよね?」(だよねだよね?)

「……天ぷらがいい? それとも刺身がいい? 普通に焼いてもいいけど」

「天ぷら!」

「ただいまー。あら、あなた。また聡里君にやらせてるの?」

「ば、バイト代出すから……」

「いや、いらねっす。これは人付き合いの一環なんで」

「もらっときなさい。この人は楽をすることに関してお金を払ってるの。でしょ?」

「うっす」

 妻の涼子さんは相変わらずきっちりしている。

「あら、美味しそうな白身ね。刺身が良いわ」(ていうか何の魚?)

「キスですよ。味自体は甘くて割と淡泊な部類何で、結構何でもいけます」

「なら天ぷらが良いわね」(キスと言えばよね)

「了解です」

 キスを開いて、中骨を大名下ろしで外す。これが切れ味の鈍い包丁だと危ないのだが、これは俺が定期的に研いでいることもあってか、切れ味は良好。

 油を百八十度に熱している間に、液を作る。

 ボウルに氷水を入れて、そこに振るったてんぷら粉を入れる。俺は小麦粉と片栗粉を三対二で混ぜて使うんだけど、市販品があればそっちを使う。

 勝手知ったる家だ。どこに何があるか、キッチンに関しては大体把握している。

 液にキスを付け、どんどん揚げて行く。

 油の温度が下がり過ぎないよう、二枚ずつだ。

「……」

 七匹のキスが天ぷらに変わった。

 大根をおろして、天つゆと塩を出して、ひとまず完成。

 別の鍋で大根と人参とわかめの味噌汁も作ってある。

「うわぁ! 美味しそー!」(お魚久しぶり!)

「ほわぁ……美味しそうだねぇ」(さすが聡里君だなぁ。家庭料理では完全に先輩だ……)

「店長のカレーには負けますよ」

「あれで負けちゃ、僕の立つ瀬がないよ。コーヒーもカレーも、まだまだ負けないよ」(今も修行中だけどね)

 この人も向上心の塊だ。カレーは今も美味くなり続けている。看板メニューだからさすがと言ったところ。

「あら、美味しそうね」

「みんな、ご飯はどれくらい食べる?」

「普通」「大盛り!」「少な目で」

「はいよ」

 全員のご飯を よそい終ってから、俺は玄関の方に歩を進める。

「あれ? 食べてかないの?」(聡里さんも食べればいいのに)

「家で、お腹空かせてるヤツがいるからな」

「え!? 子供ができたの!?」

「なわけがないだろ。同居人が増えたんだよ。そんだけ。サッカー頑張れよ、茉子」

 片手を上げて、俺は相棒のドラッグスターにまたがる。

「……何作ろっかな……」

 花園の顔を思い出しつつ、バイクを進める。

 あいつなんでも食うからなぁ。

 苦手なものって、あるのかな。

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