三話 篠岡茶来とペペロンチーノ
本日も授業が終わり、花園と一緒にシフトに入る。
「あー! 聡里せんぱーい! おはようございまっす!」
入店すると嬉しそうに駆け寄ってくる彼女に苦笑いを返す。
「篠岡、こんにちは。今日も元気だね」
「はい! 聡里先輩見てたら元気出てきました!」
「後、何度も言うけど、先輩はやめてほしいというか……」
「何を言うんですか、バッチリ、学業でもバイトでも先輩じゃないですか! 今日もビシビシ、ご指導のほど! よろしくお願いします!」
非常に元気な彼女は、篠岡茶来。信条は『愛と誠とド根性』らしい。何か困ったことがあると、この言葉を脳裏で喋っている。たまに口から洩れている。
元気過ぎて喫茶店にはマッチしてないが……まぁ雑多な店内に不思議と調和している。ちなみに、空手二段らしい。しかしそれを感じさせない小柄と笑顔の持ち主。
なんでも、将来は警察官になりたいのだとか。学業が苦手みたいだけど、まぁ頑張れ。日輪に入ってこれるなら心配いらない。
「で、そちらの方はお客様ですか?」
「ああ、いや。同じ仲間。今日からバイトが一緒なんだよ」
「あ、そうですか! あたし、篠岡茶来です! よろしく、えーっと……」
「花園依歩よ。遥と同じ年齢」
「なるほど、花園先輩ですね! じゃ、これからよろしくお願いします!」
「……その暑苦しいの、何とかならないの?」
う、うわああ。
俺が言えなかったことをいとも容易く……。
「なりません! これがあたしですから!」
こっちも鋼メンタルすぎる。
「いえ、少しまぶしすぎるのね」
「あ、店内暗くします?」
「いやそうじゃなくて。貴女、それで疲れない?」
「いっぱい食べていっぱい寝ます! だから、いつでも充電満タンです!」
「……えーっと……」
「花園、着替えて来い」
「そ、そうね。仕事をしないと」
エネルギッシュでまっすぐな人間に弱いのか、花園。
「……あたし、なにか粗相をしましたかね」
「気にしなくていいよ。元気な君が苦手な人もいる、ということだよ。こればかりは相性だからね」
「相性という言葉なんかでッ! 人間関係は、測れないですッ!」
「近い近い、声が近い。破れるから、鼓膜がっつり破れるから」
「まぁあたしが苦手って人は結構多いみたいなんで、少しへこみます」
「何度も言うけど、気にしないでいいよ。俺はまっすぐで元気な君に、いつも元気づけられてるから」
「ほ、ホントですか!?」
「う、うん、まぁ」
「ありがとうございます、先輩ッ! あたし、これからも頑張りますねッ!」
「ほどほどにね」
発言や言動に裏表を全く感じないのだ。今時にしては珍しく。
セミロングの髪は少し癖があって、外側に跳ねている。そこがチャームポイントで、外見は可愛いんだけど、中身は熱血体育会系。
何というか、苦手ではあるけど、眩しい存在だった。次生まれるなら、こういう人間が良いなと思うほど。
ついでに、スタイルはそこそこ。ぺたんとしている花園とは対照的に、出ているところは出ている。
「そういえば、茶来って名前、珍しい名前だよね」
「えっと、これは遊びでつけられた名前みたいです!」
「……どゆこと?」
「しのおか、ちゃらい。死のうか、チャラい……みたいな具合です」
「……」
ひでえ名前だった。
「ちなみに妹は舞奈須です! なぜかぐれてます!」
俺も名付けの秘密がこんなことだったらぐれたくなるかもしれない。
「バイトとかしてたら、お金とかせびるんじゃないの、妹とか」
「いえ、うちはお金に関しては超厳しいので!」
ぐれきれていないらしい。
「着換えて来たわよ」
「おお、まるでお人形さんみたいです! 可愛いです、先輩!」
「あ、ありがとう。貴女は……あら、裾、短くない?」
ここのは基本、エプロンドレスの裾は長いのだが、彼女は改造している。
「動きにくいんで、改造してます! 許可ももらってます!」
「ま、それに綺麗な足だからな。出してた方がいい」
「えっ!?」
何故かしゃがみ込む篠岡。
花園に脇を肘で突かれた。
「セクハラよ、遥」(堂々と何言ってんのよあなた)
「え、率直な感想だったんだが」
「……」
と、篠岡は立ち上がる。
「? どした」
「き、綺麗な足……ですか」
「うん。スラっとしてて、でもハリがあって……」
「い、いや、あたしなんかその、可愛くないし……」
「え、篠岡は普通に可愛いぞ」
「っ~~~!? せ、先輩! 先輩はいつからそんなナンパなキャラになったんですか!?」
「だから、率直な感想だよ。向上心に溢れてて、今時ないくらいまっすぐだし、容姿だって……」
「わー!? わああああああ!? ほ、褒めるのなしで! なしでお願いします!」
顔を真っ赤にする篠岡。褒められなれてないのかな。
「遥、私も褒めてみなさい」
「胸が小さい」
「喧嘩売ってるでしょ、遥……!」
「脛を蹴るんじゃねえよ脛を」
と、篠岡は感心したかのように俺達を見ている。
「何だ?」「何よ」
被ってしまった。
「いえ、仲が良いんですね!」
「いいのか? 俺達」
「さあ。会ってそこらだし」
「いいえッ! 二人からは、同じ苦悩を持つ仲間のような、そんな気安さを感じますッ!」
「声がでかいのよ声が」
「何か、共有してる悩みとかはあるんですか?」
「それを聞く貴女の度胸、どうなってるの……」
「えへへ」
「いや褒めてないわよ」
珍しい。
いつもクラスメイトを圧倒している花園が篠岡のペースに引きずられている。
まぁ無駄にエネルギッシュだからな、篠岡は。
「というか、細いですねッ! 花園先輩ッ!」
「いくら食べてもなぜか太らないのよ」
「いいえッ! きっと、筋肉が足りてないんですッ!」
「き、筋肉?」
「はいッ! そんな体じゃ、不審者から自分を守れませんよッ! ほら!」
「……凄い筋肉ね」
服の上からだとわからないけど、触った花園の思考が読める。
(凄く硬い……でも、戻すと柔らかい……どうなってるの?)
「じゃあ、ここは?」
「のわぁぁぁぁっ!?」
もみもみと篠岡の胸を揉んでいた。
(遥、物凄く張りと弾力と柔らかさの度合いがいい感じよ!)
俺に実況報告すんな。
顔を背け、グラスを拭く。
「おや、賑やかだね……って何やってんの!?」
「み、見ないでください、店長!」
「セクハラよ」
「見るだけで!?」
理不尽な扱いだった。
「じゃ、任せていいかな? 聡里君」
「いや、別にいいですけど。ここんところ、任せっきりじゃないですか?」
「二人きりだったころを思い出してみなよ。僕達には、結構な信頼関係があるんじゃないか?」
「ま、裏切らないんでいいですけどね。楽しんできてください、店長。賄いは、肉使っていいですか? パンチェッタが期限近かったんで」
「ああ、頼むよ。じゃ、行ってきまーす! あ、魚持って帰ってきたら捌いてね」(今日は何が釣れるかな~)
「魚っすか……臭いきついんで、家の方に置いといたら捌いときますよ」
「はーい」
今日は釣りらしい。
店長は色々多趣味で、ネットゲームからアウトドアまでなんでもやっているイメージがある。
「今日の賄いは何?」
「期限近い生パスタがあるから……パンチェッタで……カルボナーラとペペロンチーノ、どっちがいい? スパゲッティーニだけど」
「はいッ! ペペロンチーノが良いです! 聡里先輩のペペロンチーノ、美味しいんですよ!」
「ほほう。ペペロンチーノの上手さは店のレベルに直結するの。シンプルな料理だから。……試させてもらおうじゃない」
「期待すんなよ、ただのピリ辛パスタに」
お湯に塩をぶち込んで沸かしていく。たっぷりの水に塩分の濃度は一パーセント半。そこそこの量が入る。
ニンニクを包丁の腹で潰し、粗みじんに。微塵切りにすると香りが強すぎる。
鷹の爪を細い輪切りにし、まずパンチェッタを熱したフライパンにオリーブオイルを少量入れ、温めたところに入れる。
パンチェッタがすこしカリカリしてきたら、ニンニクと鷹の爪を入れ、焦がさないように香りを出す。
そこへアンチョビを加える。なければないでもいいんだけど、味に奥行きが出る。この店にはストックされてあるので、加えてみた。
パスタのゆで汁を加え、乳化させていく。少しずつがポイントだ。
茹で上がったパスタをそこで絡めて、ざっと和える。
くるくると巻きながら乗せれば、完成だ。
「ほら、賄い」
「やった! 食べましょう、花園先輩!」
「ええ、頂くわ」
喜んでペペロンチーノにがっつく二人。いや、こんな典型的な貧乏飯にそこまで食いつかれても。
ちなみに、味の方は大好評で、また作る約束をするほどだった。
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