二話 アルバイトのカフェとフレンチトースト

 俺達は喫茶店、ロワゾ・ブリュに来ていた。

 なんでも、どっかの言葉で青い鳥を示す言葉だったような。

「聡里君、彼女がアルバイト志願者かな?」

「花園依歩です。よろしくお願いします、店長さん」

「マスターと呼んでくれ。そう呼ばれたくて店を立ち上げたんだから」

「了解です、マスター」

「うん。……うん、良いねぇ。篠岡ちゃんと天塚ちゃんも加えて、聡里君も女装すればみんな女の子だ!」

「その手の冗談は聞き飽きてます」

 実際にヒロイン役にされた中学生の文化祭の出し物など、思い出したくもないトラウマだ。

 あの時に、きっちりと断る勇気を教わった。

 ……身長、低くはないんだけどなぁ。

「合格。今日からよろしくね、花園ちゃん」(可愛いからいいや。胸ないけど)

「わーい。面倒な面接が消えたー」(やったぜ)

「いいんだ!?」

 なんて適当なんだ。

 俺の時は形だけとはいえ面接があったというのに。

 あ、この人はロワゾ・ブリュのマスターこと小岩井純也。綺麗な奥さんと高校生の子供がいる。

 奥さんはキャリアウーマン、高校生はスポーツ特待で日輪に通ってる。後輩だ。受験の際、勉強を教えたこともある。まぁ特待なので意味なかったんだけど。

「じゃ、早速これに着替えて来てくれないかな」

「……何ですか、これ」

「何って、クラシックメイド服にブーツだけど。制服のままでもいいんだけど、汚れたら困るだろう?」(まぁ僕の趣味だけどね)

「大層なご趣味ですね」

「え!? あ、あれ? 僕、趣味とか言ってない……よね? おーい……」

 すたすたと奥に去っていく依歩。

 あいつ、能力を乱用してるな……。痛い目をみないといいが。

「彼女、なんなんだい?」

「あいつは人の心が読めると思ってた方がいいですよ」

「君みたいなものかな?」

「俺は読めませんけど……まぁ、性質は悪いと思います……大丈夫かな、接客業……」

「うーん……」

 マスターと俺は、しばらく頭を抱える。

「お待たせです」

 現れた彼女は――何というか、可憐だった。

 清楚でありながら慇懃無礼そうな……何というか、一部マニアックな層に絶大な人気がありそうなビジュアル。

「これはこれでありだね!」(当たりだ! まぁ、僕のストライクからは外れてるけど)

「店長、ロリコンじゃなかったんですね」

「な、何を言うんだい聡里君。さすがにこんな若い子に手は出さないよ」(というか、若い異性はちょっと怖い)

 ちょっと見ないくらい草食なおっさんだった。

「どう? 遥。可愛い?」(本音を頂戴)

「可愛いよ」

「!?」

 花園は顔を赤くしていたが、本当に可愛かった。

「そういえば、他にバイトの人は?」

「俺達と同級生で同じ学校の、天塚花梨って子がいるよ。後、一個下の篠岡さん」

 二人とも、俺にさえフレンドリーな変わり者で愛想がいいんだけど……ちょっと苦手だ。

「さて、シフトだけど。うちは週三回ぐらいが良いんだ。というか、外出する時は大体聡里君に任せてるしね。聡里君は暇があったら入ってくれるから助かるよ」

「ども」

「明日もシフトじゃないけど、三時間くらいいいかな? 僕、ちょっと見たい映画があるんだよ」

「いっすよ。何時からですか?」

「午後六時から。あ、で、どうする? 花園さん」

「私は調理関係が壊滅的なので、ウェイトレスをやります」

「なら、僕か聡里君がいる時が良いね」(まぁ、仲良さそうだし、聡里君と同じ場所でいいかな)

「予定もないですし、いいですよ、遥と一緒で」

「ていうか、いつの間にかお前、呼び捨てだな……」

「貴方こそ君じゃなくてお前呼ばわりじゃない」

「まぁ、それもそうか」

「じゃ、聡里君と一緒にしばらく入ってくれ。今日は三人でやるからね。じゃあ、最初に一通り教えるから、わからなかったら、聡里君に聞きなさい」

「いや、いきなり俺に全投げはないでしょ……」

 店長に指導を受ける花園。ついでに店長がパソコンソフトを使い、シフトを見せていた。

「いらっしゃいませ」

「いつもの」(コーヒー、今日は冷たいのが良いんだけど……おいてないよな、まだ)

「今日は暑いですからね。アイスになさいますか?」

「お、いいの? じゃあ、アイスコーヒー一つで」

「かしこまりました」

 ドリップマシンは俺も使えるので、アイスコーヒーを作る。

 ……よし。後から氷を入れて、と。氷でかさまししないのが、この店のルールだった。

「はい、お待たせしました。アイスコーヒーです」

 コースターと一緒に出す。

「ありがと」(この学生バイト君、よく気が回るよなぁ……)

 まぁ声が読めるんだから、こういう時に活用しないと。

 あ、また来店だ。

「いらっしゃいませ」

「ふぅ……」(あー、カウンター、結構日光当たるなぁ)

「お客様、少し奥の方が涼しくてよい具合ですよ。カウンターの奥までは差してこないですが、日が強いですからね」

「あ、どーも」

 奥の席に座る彼女。

「……」(……甘いもの。コーヒーと……うーん……甘いドリンクでもいいけど、ちょっとお腹に入れたいなぁ)

 考えてるな。

「ねえ、店員さん。おススメ何?」

 そうきたか。

「そうですね。ここのフレンチトーストは甘さ控えめで、よく甘いキャラメルラテと一緒に注文を受けることが多いです」(とでも言っておこう。ホントはまんべんなく来るけど)

「いいわね。じゃあ、キャラメルラテとフレンチトーストで」

「かしこまりました。キャラメルラテはホットとアイスがございますが、どちらになさいますか?」

「アイスで」

「はい、では今しばらく、お待ちください」

 マシンを使いながら、フレンチトーストの液につけたパン屋の食パンを、バターを回したフライパンで弱火でじっくり焼いていく。

 両面に焼き目がついたら、横に甘さ控えめのホイップクリームを絞り、ミントを飾る。

 マシンも丁度、ラテを吐き出した。氷を突っ込み完全に冷えたら、生クリームを流して層にし、上にキャラメルソースを網目のようにしぼって、完成だ。

 ラテアートの心得はない。今度教えてもらう予定だ。

「はい、アイスキャラメルラテとフレンチトーストです。お好みで、メープルシロップを掛けてお召し上がりください」

「どうも」(おお、オーソドックス! これぞフレンチトースト)

 その仕事の様子を、二人はぽかーんと眺めていた。

「な、なんすか」

「いや、流石だと思ってね」(さすがすぎる)

「フレンチトースト、美味しそう……」(美味しそう……)

「……今日のまかないはフレンチトーストにする?」

「します」

「君が決めちゃうの!?」

 店長が驚く中、俺は三人分のフレンチトーストを作り始めた。

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