一話 転校生とラーメン

 家に女の子を連れ込むという非常に難易度の高い技を成功させてしまった。

 いや、いかがわしいことをしようなどとは思わないが、微妙に緊張する。

 なにせ、家の中には二人だけ。

「……夕飯、食べたか?」

「いえ。これがあるから大丈夫よ。お湯、くれない?」

 彼女がリュックサックから取り出したのは、ケトルとカップ麺がごろごろと……。

「ダメ、却下」

「何故?」

「……はぁ。しゃあねえなぁ……」

 余っていたご飯と野菜を持ってくる。玉ねぎ人参、ピーマンにベーコン。

 それぞれを細かく切り、適当に炒めてケチャップもそこに入れてしまう。焼いてケチャップの酸味を飛ばしたら、ご飯をそこにぶち込んでよく混ぜる。

 塩と胡椒で味を調えれば、ケチャップライスの完成。

 更に卵二個を使い、ボウルに割って塩コショウに牛乳を少し注ぐ。バターをフライパンに敷く。

 強めの火で、オムレツを作っていく。

 ぽん、とケチャップライスの上に乗せて、それを彼女の前に出した。

「……ケチャップご飯に、オムレツ?」

「違う」

 ナイフでオムレツを真っ二つにすると、中から半熟のタマゴがとろりとこぼれだして、オムライスになる。

「オムライス……! い、いいの?」

「君のために作ったんだから。食わなきゃ捨てるぞ」

「食べる!」

 スプーンを渡すと、それにがっつく彼女。

(……美味しい。いつもの、カップ麺じゃない……! 美味しい……美味しいよ……!)

 ……泣いていた。

 いや、そこまで喜ばれると思ってなかったので、ちょっと気まずい。

(この後エッチな事されると分かってても止まらないよ……!)

「だからしねえっつってんだろ!? そりゃ初対面だと信用も何もないかもしれんがそろそろ泣くぞ!」

「しないのですか」

 ……。

(不能?)

「テメェ大概にしとけやコラ」

 失礼極まりなかった。



 食後のお茶を飲みながら、俺達はお互い能力を切って会話していた。

 能力を切る方が疲れるので普段はしていないのだが、お互いがお互いを理解していると会話にならずに脳内で済むとかよくわからないことを彼女が言い出したので、仕方なく能力を切っている。

「ご両親は?」

「死んでる。一応、従姉が後見人になってくれてな。遺産を食いつぶしてる生活だよ。バイトもしてっけど。つまりは、一人暮らしだ」

「やっぱりエッチな事をするために……」

「そこから離れろ、頼むから」

「他に見知らぬ女の子を連れて行く理由は」

「見過ごせんだろ」

「はい出た! ちょっと不良チックな男の子が放っておけないからと微妙な優しさを見せて捨て猫を拾うパターン!」

「俺は不良でもなければネコだって拾わんわ!」

「え、猫可愛いじゃないですか」

「飼うのには責任がいるだろ」

「人間は?」

「そいつ自身に取らせればいいだろ」

「なるほど」

 ずずずとお茶とせんべいを食べる彼女。腹ペコなのかな、こいつ。

「で、君の名前は?」

「花園依歩です」

「キラキラしてんな……名前……」

「放っておいて。貴方も名前を」

「ああ。聡里遥」

「貴方こそ女の子みたいね」

「ほっとけや」

 で。

「ここに置いてくれるの?」

「しゃあないだろ。次が決まるまで、いていいよ。君が良ければ、だけど」

「……お世話になります」

 深々とお辞儀する彼女。

 育ちはいいのかもしれない。

「学校はどこ? ていうか、学歴は? あんの?」

「特待プラス飛び級でアメリカの大学を出て、女子高生もっかいやりたかったので、適当な場所に入りました」

 吹き出しそうになった。めっちゃ才女じゃん。

 にしても、動機が不純すぎるな。

「まぁ実家から飛び出してきたので特待頼みだけど。高校の名前は日輪学園高等部。二年生」

「うちじゃねえか!」

「ほほう。割かし勉強ができるのね」

「日輪、そこそこ偏差値高いからな……」

 六十を超える学校だ。その上に七十二とかヤバいところもあるけど。

 私立日輪学園高校高等部。

 自由な風紀と校風が売りの場所で、『制服っぽいものを着用せよ』というガバガバな規則を守っていれば、髪形も髪色も自由自在。平気で金はおろか紫だろうが蒼だろうが脱色だろうが、髪色は色んなヤツがいる。 

「一緒の学校なら、色々と都合がいいわね」

「まぁホームステイみたいなもんだからな」

「ご飯も美味しいし」

「お前も作れよ」

「……」

「おい、どこを見ている!?」

「私、思うの。人間には向き不向きがあるのだと。私は家事に向いてない。処女だから」

「処女関係ねえだろ! ……分かった、飯は俺が作る。片付けも俺がやる。他はできるんだよな」

「お任せ。料理だけができない……。そもそも、これ、美味しいし。努力するよりもお湯を注ぐことに努力した方がいい。でも、もっと美味しいもの食べたい……」

「……まぁ俺の料理が美味いかは微妙なところだが。明日は美味いラーメンでも食いに行くか?」

「お金……ない」

「奢るよ」

「行く。是非行こう」

「現金な奴め……」



「ここが、君の部屋」

 二階の一室を案内した。

 軽く掃除をしたが、室内は少し埃っぽい。夜なので、換気は朝にしてもらうことにしよう。

「おお……夢にまでみたベッド……!」

「飛び込むなよ」「とーう!」

 遅かったようだ。

 ぽよん、と跳ねる。スプリングがよく効いているので跳ねるのだ。

 バネが馬鹿になるか不安だったけど、まぁ軽そうだし大丈夫かな。

「寝心地、いいわね! ごろごろ……うっ、急に眠気が……」

「その前に風呂入れ」

「風呂も使っていいの!?」

「驚くなよ。別にいいよ、使って。ていうか、食材以外は自由に使ってくれて構わない。常識の範囲で、だけど」

「……貴方、神様?」

「アホ言ってないでさっさとしろ。あ、着替えはあるんだろうな」

「寝間着はない。制服はあるけど」

「……ジャージでよければ貸すぞ」

「お願いします」

 こうして。

 妙な同居人が増えた。



 朝。

 彼女を後ろに乗せて、バイクが進む。

 こう、女性を乗せて幸せなイベントと言えば、胸が当たるとかだけど。

 そんな幸せなイベントは起きなかった。

(すみませんね、Aカップなもので)

(Bなのも見栄だったのかよ!)

 悲しい現実が発覚した。

 というか、インカム無しで会話できるから便利だな、お互いに能力があると。

(つか、ブラはいるの?)

(スポーツブラですが、何か? 後、セクハラ)

(うん、ごめん。色々ごめん)

(ラーメン、大盛りがいい)

(残念ながら福岡に大盛りの概念は、あまりない)

(何ですと……!?)

(その代わり、食べた後に料金と共にもうひと麺追加する、替え玉というシステムがある)

(神じゃないですか、福岡。最高です、福岡)

(いっぱい食え)

(いっぱい食べる!)

 さて、財布が少し心配だが。

 見えてきた。我らの学び舎。

 ――私立日輪学園高校高等部。

 彼女がヘルメットを脱ぐ。

 ひとまとめにしていた髪をほどき、ツインテールに結っていく。

「バイクは中々便利ですね。抱き着いているだけで目的地に到着」

「何でツインテールなんだ?」

「可愛いから」

「……まぁいいけど」

「あ、校則違反?」

「いや、基本自由だから問題ない」

 と。

 一際大きな音を立てて、ワルキューレルーンというモンスターマシーンが入ってきた。

 このバイクめっさ高いんだよな。

「よう、遥。女連れか。随分、マニアックな好みだな」

「獅子王先輩、おはようっす。別に彼女じゃないっすよ、それと彼女に失礼っす」

「ま、いいけどな。おはよう。じゃな」(彼女じゃないのか……)

「そんなに急いでどちらへ?」

「日直なんだよ」(めんどくせえ)

 やたら背の高い、筋肉質な彼が去っていく。

「誰なの、今の。やたらワイルドな風貌なイケメンだったけど」

「獅子王金治先輩。生徒会副会長をしてるんだけど、俺とは……バイク仲間、かな」

(彼氏じゃないんだ……)

「どういう風に思ってたんだ、今のやり取り!?」

(心を読まれるのは変な感じね。普段読む側だから)

 そりゃ俺もだ。

(そういえば……)

 何だよ。

(貴方、もしかして、同性愛者?)

 お前はどうあっても俺をホモへ仕立て上げたいのか!?

(いえ、昨日てっきり夜這いしにくるかと思って待ってたんだけど)

 待ってたの!?

(決意が無駄になりました)

 そんなものはさっさと捨てなさい。

(それはそれで乙女心が傷つきます)

 めんどくせえ……。

 とりあえず、職員室に彼女を案内する。

「後はいいか?」

「ええ。ありがとうございます。同じクラスだと良いですね」(そう言えば何組ですか?)

 三組だよ。

 俺は心の中でそう答えて、教室に戻った。

 六組もある中で、同じく三組に配属されるだろうか。

 まぁ、それは分からないけど。



「花園依歩です。よろしくお願いします」

 このクラスだった。

 二年三組。

 スポーツ特待組と特進組と普通組が一緒くたになっている、一番まとまりのないクラスだ。

 ちなみに、俺は普通組。面白みに欠けるところだ。

「はいはーい、質問がありまーす!」

 出たな、伊達祐介。

 俺をしつこくゲーセンに誘う男子で、ムードメーカー的な、というか悪い空気を嫌う性質の人間。

 思考は単純明快で、エロいものや下ネタが大好きな、典型的な馬鹿男子。成績も下から十位以内という徹底っぷり。ここまでいけば清々しいのもある。

 担任の渋井円先生も苦い顔をしている。

「はい、伊達君。あんまりどぎつい下ネタはなしで」

「お風呂に入る時どこから洗うの?」

 周囲の女子から白い目でサンドバッグにされる中、流石、花園は違った。

「そうですね。まず、髪から洗うわ。そして、どんどん下へ汚れを落としていく感じ」

「へー! 効率的だね!」(胸とか引っかからなさそうだし)

「今、引っかかる胸など無いなと思ったでしょう」

「エスパー!?」

 さすがだ。伊達相手にも全くひかない。

「最っ低!」「この馬鹿伊達!」「女の敵!」「伊達君、顔だけは好みなのに……」「花園さん、無視していいよ、この馬鹿」

「え!? 自分から言い出したんだよね!?」(まさか、本当に俺の考えを……? 貧乳の癖にやるじゃないか)

「……貧乳を馬鹿にしましたね。まぁ別に構いませんが。堂々と宣言しましょう、私のサイズはAAです!」

 Aすら見栄だったー!

「聡里さん、見栄を張ったっていいじゃない。女の子は砂糖とスパイスと素敵なものと嘘でできているわ」

 嘘がサラっと入ってる!? 異物混入してる!?

「え、あれ。聡里君、喋ってないよね」

「ツー!」(かーと鳴きなさい、聡里さん)

「カー!」(鳴きなさいってアンタ俺は鳥かよ)

「このように息ぴったりです」

 そりゃ考えが読めるからな、お互いに。

「え、嘘、知り合いなの!? ねえ、どんな関係?」

「ふふふっ……目と目で通じ合う関係です」

 もうめんどくさいからいいよそれで。

 しかし、燃え上る材料は何でもいいのか、女子の方がエキサイトしている。

「髪つやつやで綺麗……! シャンプーは何使ってるの?」(羨ましい、わたし天パだから……)

「なんか、椿油配合とか書かれてありました」(銘柄までは思い出せません)

 俺の家のシャンプーだな。ノンシリコンで髪に優しいやつ。

「好きな料理は何?」(定番だけど、外れないっしょ)

「オムライスになりそうです」

「なりそうですって何!?」

「いえ、以前まではカップ麺が主食だったのですが、思いの外、オムライスが美味しくて……」

 ああ、美味しかったのか。よかったな。

「ねえ、どこに住んでいるの?」(近いのかな)

「あなたの、心の中に」

「妖精か! 違うよ、現住所の方だよ」

「……」

 言うのか?

 言うなよ、ばれたら大事になるんだから。絶対言うなよ?

 アイコンタクト。

「聡里遥さんと同棲しています」

 通じてねぇぇぇぇ!

 いや、違う! あいつ一方的に無視しやがったな!

 立ち上がって彼女の襟元を掴み、がっくんがっくんと揺する。

「おいコラ花園さん!? その話題がかなり不味いこと、知ってますよね!?」(何で言ったテメェ!)

「いえ、言うなというのはフリかと」(なんちゃってテヘペロ。面白そうだったので)

 こ、こいつ……!

「俺は芸人じゃねえんだよ……! 面白いで人生捨てられてたまるかこのボケ!」

「ああ、ゲイ人でしたね」(やはりホモか)

「同性愛から離れろや!」(違うっつってんだろ!)

 ぽん、と肩を叩かれる。伝わってくる感情は……

「聡里君、花園さん。職員室ね」(二十七歳独身に向かって宣戦布告しやがって……! 許さんぞ……!)

 渋井先生、違うんです……俺は悪くないんですよ……。

「心の中に秘めていては、何も届かないわ。声に出すことが大事よ、聡里さん」

「テメェは口閉じてろ!」

 泣きてえ。



 職員室で事情を聞かれたのち、釈放された。

 何というか……

「花園さん、君は悪魔だな……」

「そう?」

「まさか先生論破して泣かした挙句、初めてのホストクラブという弱みを握って脅迫するなんて誰が思う」

「お忘れかしら。私が才女だということを」

 ああ、そういやそんな設定だったな。

(設定て。事実ですから)

 まぁ、何でもいい。

 沈んだ先生と一緒に教室に戻ると、一番後ろの俺の席の隣が空いていた。

「花園さん! 聡里君と一緒が良いと思って!」

 女子生徒さん(名前覚えてない)……、何て余計な事を……。

「ありがとうございます。一緒ね、聡里君」

「もう君とか付けるな、気持ち悪いから。いいな、花園」

「いいわよ、遥ちゃん」

「ねえ、殴られたいの? 自殺志願者なのかな? この、もっちもちにしてやるぞコラ!」

「いひゃいいひゃい……」

 よく伸びるほっぺたを引っ張って、ため息を吐きつつ俺は窓際の席に腰を下ろした。

「待って」

「んだよ」

「私が窓際欲しかったの」

「めんどくせえな……」

 突っ込んでいた荷物を諸々移動させて、席に座る。

(ミステリアスな聡里君に彼女かぁ)(どういう仲なんだろ、ホント)(許すまじ、聡里……! あんな美少女と同棲とか……!)(まさか、夜も一緒なの!?)

 ……。

 頭、痛い……。



 長浜系ラーメン、昇竜恩來。

 天神の方にいって元祖を食べてもいいけど、暖簾分けされたこっちの方が俺は好きだったりする。

 ぐずぐずになってぺらぺらにカットされた味付け肉、麺、ネギ。これだけでいい。

 タレの入ったケトルで味も調節で来て、替え玉を前提に作られているのが分かる。

 けれども決して、量は少なくない。

 普通に食べる女性が残してしまうほどの麺の量があり、非常にいい。

「う、ま……! 美味しい……!」

「そ、そうか」

 泣くほど気に入ったようだった。

「替え玉はどう頼めばいいの?」

「じゃあ手本を見せよう。すみません、硬めで!」

「はい硬い玉一丁!」

「という具合に」

「硬い玉?」

「麺は硬さを選べて、やわめ、普通、硬め、バリカタ、粉落とし、生玉と硬くなる」

「では……硬い玉を!」

「はいよ、硬い玉一丁!」

 買っておいた食券を出す。百円でもいいけど。

 すぐに丼に替え玉が来た。嬉しそうな花園は可愛かったけど、何というか、色気より食い気というか……まあいいや。

「薄い……?」

「このケトルあるだろ。そこからタレがでるからそれを入れて味を調節するんだ」

「画期的……!」

 才女にして、画期的とまで言わしめているシステム。

 俺も味を調節して、二度目は胡椒を入れる。三度はたまにしかないけど、三度は紅ショウガとゴマを乗せる。

 ノーマルのまま食べるのもいいけど、味を変えるのも楽しみの一つでもある。

「ずるるるるーっ!」

 ……彼女はノーマル派のようだ。

「……決めました」

「どしたよ」

「バイトして、美味しいものをいっぱいいっぱい食べます!」

「……そっか」

 本心を言っているようで、俺は安心した。

 健全な目標があって何よりだった。

「……いいバイト先、知りません?」

「……」

 俺頼みなのね。

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