ゴブリンエンペラー「名付けて無限回復の陣よ!」
「ベニカ様! そのホブゴブリン・エンペラーのHPは47万以上もあります!」
僕と同じくホブゴブリン・エンペラ――ーズシロフのステータスを見たティアが、悲鳴のような声を上げた。
「へえ。そうなの。さっきのでどのくらい減ったわけ?」
お嬢様はズシロフに目を向けたまま冷静にそう聞いてくる。
「1926ですね」
お嬢様には僕が答える。
僕はもちろん、エリートゴブリンたちのそばを離れ、ティアを守れる位置にまで下がっている。
「えっ……ケイト様、なぜそれを……」
僕が【看破】持ちであることを知らないティアが聞いてくるが、今はそれに答えている場合じゃない。
「さっきのお嬢様の攻撃を……246発当てれば倒せる計算になります」
僕は算術も仕込まれているのでこれくらいなら暗算でできる。
「246ねえ……まあ、できないわけじゃないけど、ぶっちゃけ面倒なだけね」
「じゃあ、僕と二人がかりで行きますか?」
「それもそれでつまらないわ」
のんびりと会話を続ける僕とお嬢様。
ティアが青い顔で言ってくる。
「な、何を言っているのですか!? 47万など、削りきれるわけがありません! レベル差を考えれば、そのあいだに一発食らっただけで致命傷になりかねないのですよ!?」
「ティア。わたしの世か……いや、わたしの生まれた所のことわざを教えてあげるわ。『当たらなければどうということもない』」
「それ、ことわざじゃないと思うんですけど」
あまり驚かない僕とお嬢様に業を煮やしたのか、ズシロフが顔を赤くして叫んだ。
「ふざけていられるのも今のうちと知れ! たしかに貴様らは人間にしてはやるようだが、四方八方からゴブリンどもが押し寄せる状況下で、この俺を倒せるものか!」
ズシロフの言う通り、周囲からはゴブリンの集まってくる気配がする。ティアの【結界魔法】でゴブリンは近づきにくくなってるはずだが、ここまで派手にやりあっていれば効果は薄くなるのだろう。もともと姿を完全に消すような結界ではなく、相手の意識に上りにくくなるといった程度の結界なのだ。盗賊には効いていなかったことから、ひょっとするとある程度以上の知性を持つ相手には効きにくいのかもしれない。ズシロフの取り巻きである3体を筆頭に、このゴブリンの群れにはかなり上位の個体がいるようだし。
「めんどうだけど、やるしかないわね。ケイ、つゆ払いを頼むわ。わたしはこっちの偉そうなのと取り巻き三体をまとめて相手しておくから」
「かしこまりました、お嬢様」
「ちょっ……本気ですかっ!?」
驚くティアの相手はせず、僕は四方から迫ってくる群れへと意識を向ける。
さすがに、そのすべてを倒しきるのは難しい。魔法で薙ぎ払えれば楽なのだが、僕のMPには限りがある。
スローイングダガーは冒険者証のインベントリに入れられるだけ入れてきてはいるが、それでもゴブリンの数の方が圧倒的に多い。
そうなると最後には一体一体潰して回るしかないわけだが、これだけ数が多いと、お嬢様に一体も近づけないのは無理だろう。
ズシロフや取り巻きと戦い始めたお嬢様を尻目に、
「じゃあ、こうしますか。【獄炎魔法】っ!」
僕はゴブリンの出鼻をくじく位置に【獄炎魔法】を放った。
巻き込まれたゴブリンは先頭だけだが、【獄炎魔法】は地面に大きな溶岩の海を生み出してくれる。
僕は【獄炎魔法】を連発し、僕らのいる一帯を囲むようにマグマの沼を配置した。
沼の手前で、ゴブリンどもが立ち往生している。
「これで近寄れないだろう」
僕がそう思った時、唐突に妙な声が聞こえてきた。
『霧ヶ峰敬斗は、奥義【獄炎輪妨陣】を編み出した!』
「は?」
「なによ今の!?」
僕とお嬢様が驚く。お嬢様にもこの声は聞こえたらしい。
「まさか……神の声!?」
「知ってるんですか、ティアさん?」
「え、はい……新たなスキルや、スキル同士を掛け合わせた奥義が使用された際に、神がそれを
「【獄炎魔法】を連発しただけなんだけどな……」
「それです! ケイトさんは上級魔法の【火炎魔法】も使っていましたが、それ以上の威力の火属性魔法も使ってます! まさか、超級魔法ですか!?」
「あ、そういう言葉があるんですか。【火炎魔法】から派生して覚えたのでたぶんそうなんだと思います」
「超級魔法を連発したとなれば、奥義となるのも納得です」
「そんなもんですか。手当たり次第撃っただけなんですけど」
魔法はスキルレベルが上がれば最大MPにボーナスがつく。計算上はスキルレベルの数値分の回数だけその魔法が撃てる計算だ。だから、僕が魔法を連発したところでそう驚くような話ではないと思うのだが。
「そもそも超級魔法ともなれば、一発撃つにも集中する時間が必要なんです。連発できるようなものではありません」
なるほど、集中力の問題か。
でも気を巡らせたり勁を使ったり破点を突いたりすることに比べれば、【獄炎魔法】はそんなに複雑な手順じゃない。僕の集中力に加え、なにやらスキルの側でも補助がかかるらしく、発動はセミオートに近いのだ。
「ズシロフ、とか言ったわね! あんたの頼みのゴブリンたちはこの『リング』には入ってこれないみたいよ!」
お嬢様がズシロフに向かって言い放つ。
「ふん、使えぬ奴らめ。だが、それで勝った気になるのは早いぞ、人間」
ズシロフは手にした巨大な剣を振りかぶり――一気に振り下ろした。
ゴガガガガ――!と音を立て、地面がえぐれ、斬線がお嬢様へと襲いかかる。
「おっと……」
お嬢様はそれを跳躍してかわす。
ズシロフが一瞬にして距離を詰め、下段から逆袈裟に、空中のお嬢様へと斬り上げる。
お嬢様は空中で身をひねって軌道を変え、ズシロフの剣の腹を蹴り飛ばす。
その反動でさらにジャンプ、ズシロフの脳天を踵で強く踏み抜いた。
「ぐがぁっ!?」
暴れるズシロフからお嬢様が退避する。
と、見せかけ、足元に飛び込んで、ズシロフの幹のような片足に足払いをかけた。
「ぬおおおっ!?」
地響きとともに転倒したズシロフ。
追撃をかけようとしたお嬢様に、イチノシン――ホブゴブリン・サムライソードマンが襲いかかる。
「ベニカ様! そのゴブリンは【抜刀術】を使います!」
「――覚悟!」
ティアの声と同時に、イチノシンが鯉口を切る。
抜く手も見せずに放たれた斬撃を、お嬢様は左手の指先で受け止めた。正確には、左手の親指と人差し指で
「なっ……!」
「居合いは、早いけど一撃が軽いのよね」
「ぐわあっ!?」
お嬢様が刀ごと指先をひねっただけで、イチノシンが刀ごと回転して頭から地面に叩きつけられる。
これも即死級のダメージのはずだが、イチノシンはまだ生きていた。
足を振り上げ、無情にトドメを刺そうとするお嬢様に、
「雷槍よ!」
アイジャ――エルダーゴブリン・ワイズマンがサンダーボルトを放った。
僕はその軌道上にスローイングダガーを放り込む。
雷の槍は金属製のダガーに吸われ、ダガーを弾くにとどまった。
「なによ、あれくらいならかわせるわ」
お嬢様が不満そうに言ってくる。
「やっぱりあの魔術士から倒すべきかしらね?」
「ベニカ様。あのエルダーゴブリン・ワイズマンは【雷撃魔法】と【復癒魔法】を持っています!」
「ヒーラーでもあるってわけ。なら――」
アイジャに向かって踏み出しかけた足を、お嬢様が止めた。
「……へえ。やるわね」
アイジャの前には、シュターク――ホブゴブリン・スーパーソルジャーが立ちはだかった。
シュタークはあえて自分からはしかけず、ヒーラーを守ることに徹するつもりらしい。
もちろんお嬢様が本気を出せば突破はできるが、シュタークを倒すには数手はかかる。いや、HPのことを考えれば十数手はかかるかもしれない。
彼我の戦力差を冷静に見極め、自分のできるもっとも有効な方策を取る――なるほど、たしかにスーパーなソルジャーだ。
「人間! 貴様の相手は俺だ!」
立ち直ったズシロフが重い大剣を横薙ぎに放つ。
お嬢様は跳ぶ――と見せかけ、地に這うほどに身を低くした。
元の場所に残されたお嬢様の髪の一房がズシロフの剣に持っていかれる。
お嬢様は獣のように前に跳ねて、ズシロフの懐へと飛び込んだ。
「はぁッ!」
お嬢様の拳がズシロフの膝を砕いた。
「ぐぉっ……!」
傾くズシロフの脇腹に、跳び上がったお嬢様の蹴りが入る。
「ぐぬっ……!」
お嬢様は蹴り足を素早く引くと、膝をついたズシロフの大腿を足場に垂直に跳び、サマーソルトでズシロフの顎を蹴り上げる。
「がふっ!」
「あんた、悲鳴を上げるしか芸がないじゃない!」
お嬢様は、ズシロフの足を狙い、体勢を崩させ、崩れたところに重い拳や蹴りを入れていく。
お嬢様の間合いは、重く長大な剣を持つズシロフにとっては死角だった。一方的に、お嬢様の拳が蹴りがズシロフの全身の急所をえぐっていく。
「す、すごい……!」
ティアが感嘆の声を漏らす。
だが、
「……これでようやく3万か」
僕は【看破】でズシロフのHPを確認してそうつぶやく。
「ええい! 我が主人から離れぬか!」
イチノシンが背後からお嬢様に斬りかかった。
お嬢様はそれを軽くかわしたが、一旦ズシロフから距離を取らざるをえなくなった。
「ズシロフ。あんた、世界を征服するとか言ってたわね。そんな体たらくで一体どうするつもりだったわけ?」
お嬢様がズシロフを挑発する。
「ふん、小蝿が喚きよるわ。まだ絶望が足りぬようだな」
「絶望? フルボッコされてるあんたに言われても失笑するしかないわね」
「そうだな。我では貴様の攻撃をかわすのは難しい。蝶のようにヒラヒラと舞っておるくせに、攻撃は蜂のように鋭い」
「あら、なかなか素敵な褒め言葉じゃない。モハメド・アリとは残念ながら戦ったことがないんだけど」
「我が【剛剣術】は大軍を屠らんがための覇王の剣よ。小蝿を叩くようにはできておらぬ。とはいえ、貴様とていつまでもこのまま動けるわけではなかろう」
「持久戦に持ち込むってこと? 悪いけど……」
「そう
ズシロフがアイジャ――エルダーゴブリン・ワイズマンにもったいをつけてそう命じる。
「はっ。【リジェネレート】」
ワイズマンが放った緑の光がズシロフを包み込んだ。
【看破】すると、
《ズシロフ HP 442089/475292》
《ズシロフ HP 456362/475292》
《ズシロフ HP 475292/475292》
ズシロフのHPが十秒で全快した。
最初の回復量が14273。これはズシロフの最大HPの3%に当たる。つまり、アイジャの【リジェネレート】は、「5秒に一度最大HPの3%を回復する」魔法だということになる。MMOでいうところのHoT(ヒール・オン・タイム:持続回復)ってやつだろう。
「ふはははは! 見たか、人間よ! 我が膨大なHPと【リジェネレート】を組み合わせれば、このようなことが可能になるのだ! 我を殺しきれる者などこの世におらぬ!」
ズシロフが大威張りでそう言った。
「な、なんてこと……」
ティアが卒倒しそうな顔でつぶやいている。
それを見たズシロフや取り巻きたちが揃って嘲るような笑みを浮かべた。
だが、
「……なんだ、そんなのが切り札だったわけ」
お嬢様が拍子抜けしたように言った。
「人間よ、貴様はこう考えたはずだ。ならば、アイジャから倒せばよい、と。だが、これよりシュタークとイチノシンはアイジャの守りに専念させる。アイジャ自身もまた、回復の要がない時は【障壁魔法】を使って身を守らせる。
たしかに、貴様を倒すには時間がかかろう。だが、時間さえかければ勝利は揺るがぬ。そこな魔術士のこさえた小癪な陣も、時間とともに消え失せよう」
ズシロフが僕をちらりと見て言った。
そういえば、忘れそうになっていた。
「――【獄炎輪妨陣】」
僕は冷えかけた溶岩にかぶせるように、覚えたばかりの奥義を使う。さっき【獄炎魔法】を連発した時に比べると、制御がだいぶ楽になっていた。奥義として登録されることで発動手順がセミオート化されるようだ。
「ふんっ、まだMPが残っておったか。しかし、無尽蔵というわけではあるまい? アイジャの【リジェネレート】はMP効率にも優れておる。そんな大技を連発していては、先にMPが尽きるのは間違いなく貴様だ」
「……まあ、それはそうですね」
僕は素直にズシロフの指摘を認めた。
「名付けて、『無限回復の陣』よ。この陣が崩れぬ限り、たとえ貴様が我より強かろうと、最後には我が前に膝を屈することになるのだ。ここにおるのが貴様ではなく歳を経たドラゴンであったとしても、我は必ず勝利するであろう。わかったか、人間よ。貴様が今味わっている感情こそ、『絶望』と呼ばれるものなのだ――ふはは、ふははははっ!」
ズシロフが身をのけぞらせて哄笑した。
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