絶望せよ、人間ども
ティアの提案した作戦はシンプルだった。
冒険者・騎士の混成軍がゴブリンの正面から仕掛ける。
群れ全体が正面に引っ張られたところで、裏に回り込んだ冒険者の精鋭部隊と聖女がゴブリンの統率者を狙って一気に切り込む。
通常、魔物の群れは統率者を失うとその組織能力を喪失する。
バラバラになった群れは、もはやただの烏合の衆でしかない。
時間はかかるが、冒険者と騎士が連携すれば、討ち取ることは可能だという。
「冒険者の精鋭部隊、か」
マルクが顎に手を当てる。
「言葉を飾るのはなしに致しましょう。わたしが知る限りでは、ゴブリンキングと少数でやりあえる冒険者は、ベニカ様、ケイト様、マルク様の三名しかいないはずです」
「だが、俺はギルドの指揮もある」
「ですから、わたしも行くのです。教会を仕切るのはわたしではなく管区長ですから、わたしは教会にいなくとも構いません。ベニカ様とケイト様にわたしがついていくということです」
「……正気ですか、聖女様?」
「お二人の力は折り紙つきです。【結界魔法】でセーフゾーンを作れるわたしがいれば、敵陣でも戦いやすいことでしょう」
「ですが、あまりに危険です。この二人はいざとなれば逃げ出すこともできるでしょうが、聖女様は……」
「覚悟の上です」
ティアは強くうなずいた。
もちろん、お嬢様が反対するはずもなく、僕はお嬢様の意向に従うだけだ。
それがなくても、ゴブリンを増やしすぎた責任は感じていた。内心でびっしりと冷や汗をかいている。もちろん、内心の動揺は完全に押し隠し、表面上はいつも通りの僕を演じてはいるのだが。
まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
(たしかに、群れの中に余りの核を置いては来たけど……あれからゴブリンキングがさらに進化したってことなんだろうか)
ゴブリンキングは、ギルドの資料では最高位のゴブリンとされている。僕が置いてきた核の中に、ゴブリンキングがさらに進化できるようなすごそうなものはなかったはずだ。そんなものがあったら、さすがに群れの中には置いてこない。
ともあれ、作戦は決まった。
作戦というか、要するに陽動をかけて決死隊を送り込むってだけのことだけど。
マルクには「本当にいいのか?」「生きて帰ったら報酬は好きなだけやる」「キングを討ち取れなくてもいいからとにかく生きて帰ってこい」などなど、確認と心配の言葉をかけられた。
だが、僕はそこまで悲観していない。
ゴブリンたちのステータスやスキルは昨夜のうちに山ほど見た。
高位のクラス持ちほどレベルが高い傾向にはあるが、僕よりレベルが高いのはゴブリンジェネラルとゴブリンキングだけだ。
レベルが高さだけが強さを決めるわけじゃないってことも、お嬢様とマルクの対戦を見れば明らかだ。
ギルドと教会の連合軍が陽動をかけて群れを釘付けにしてくれることもあり、ゴブリンどもに街に押しかけられるおそれも減った。
僕の最優先事項であるお嬢様の身の安全は確保できるし、次の優先事項であるお嬢様を楽しませることについては、むしろこの作戦に乗った方が実現しやすい。
ついでながら、思った以上におおごとになってしまった責任を、誰に見咎められることもなく取ることができる。
まぁ、責任を取るというよりは、闇から闇に葬るとか、もみ消すとかいった方が近いような気はするけど。
「さあ、気張っていくわよ!」
お嬢様が森の中に身を潜めたままでそう言った。
遠くからは連合軍とゴブリン軍の戦う音が聞こえてくる。
僕とお嬢様はティアを連れて、その反対側に回り込んでいた。
足の遅いティアは、僕がここまで抱えてきている。
ティアのお供である聖騎士たちは聖女についていきたがったが、ティアの意向で連合軍のほうに参加している。
今いる場所にはティアによって結界が張られている。
魔物を遠ざけ、こちらの気配を漏らさなくする効果があるという。
直接視認されてしまうと意味がないらしいので、僕たちは大きな岩の窪みに身を隠し、陽動の連合軍が動くのを待ってたというわけだ。
「準備はいいわね?」
「ええ」
「はい」
「じゃあ行くわよ?」
僕たちは揃って岩陰を飛び出した。
初手は僕だ。森の奥にたむろするゴブリンどもに向かって【火炎魔法】を放つ。
スキルレベル47の【火炎魔法】がゴブリンどもを呑み込んだ。
ゴブリンの大半は死んだが、生き残りが数体いる。
「せいやぁっ!」
お嬢様は駆け出した勢いのままゴブリンを殴り倒し、さらに森の奥に切り込んでいく。
「では、失礼」
僕は近くにいたティアを抱え上げてその後を追う。
僕の手が塞がるのは避けたいが、ティアの足に合わせていてはゴブリンに包囲されてしまう。
この状態でも魔法は使えるので、お嬢様の支援だけなら問題はない。
先を行くお嬢様の後ろを影のように追いながら、僕は前方には【火炎魔法】を、左右には【獄炎魔法】を放つ。
【獄炎魔法】のほうが威力は高いが、地面を溶岩に変えてしまうため、前方に向かって使うと進軍の妨げになってしまうのだ。
【火炎魔法】で撃ち漏らした分のうち、邪魔な奴だけをお嬢様が殴り飛ばす。
撃ち漏らしはたいてい統率者かクラス持ちなので、【火炎魔法】のおかげで識別する手間が省けたとも言える。
「すさまじいですね……!」
僕の腕の中でティアが言った。
「【結界魔法】を切らさないようにお願いしますね」
「はい、なんとか……。もう少しベニカ様との距離を詰めていただけると助かります」
「わかりました」
ティアの【結界魔法】は、場所を指定して張る他に、人物を対象に張ることもできる。
高速で移動すると結界の維持が難しくなるそうなのだが、今のところ問題なく結界は機能している。
おかげで、周囲をゴブリンに囲まれているような状況なのに、こちらに気づくゴブリンの数は多くない。
さすがの僕やお嬢様でも、全方位から雲霞のごとく押し寄せられては苦戦が避けられないからね。
それにしても……なんとなくだけど、僕はティアとは話しやすいような気がする。
お嬢様相手の気安さとはまた違う話しやすさがあった。
たぶん、似た者同士なのだろう。聖女は教会の
「見えたわ!」
先を行くお嬢様が指さしたのは、僕が昨夜最初にゴブリンを発見したその場所だった。
岩山の前、岩窟を背に、クラス持ちのゴブリンどもが並んでいる。
中央に青いマントを羽織った身の丈3メートルはある青い肌の巨大なゴブリンがいて、その左右を、皺の多い司祭風のゴブリン、歴戦の平兵士のような革鎧を着たオレンジのゴブリン、着流しに刀と脇差しという異質なスタイルのゴブリンが固めている。
見るからに強そうな連中だ。はっきり言って、マルクなど全く歯が立たない強さだろう。それだけ剣呑な雰囲気が、離れていてもひしひしと感じられる。
僕は【看破】を飛ばしてみた。
《アイジャ エルダーゴブリン・ワイズマン レベル77》
《ズシロフ ホブゴブリン・エンペラー レベル113》
《シュターク ホブゴブリン・スーパーソルジャー レベル89》
《イチノシン ホブゴブリン・サムライソードマン レベル97》
「――ひぃっ!?」
僕の腕の中でティアが悲鳴を上げた。
ティアも僕と同時に【看破】を使ったのだろう。
破格のゴブリンたちを警戒する必要があるせいで、今の【看破】ではレベルまでしか見る余裕がない。【看破】に集中しすぎると相手の動きを見逃してしまうおそれがあった。ゴブリンたちの佇まいを見ただけでも、それほどの相手だとわかるのだ。
お嬢様が、ゴブリンたちから距離を置いたところで足を止める。
「へえ……少しは歯ごたえのありそうなのがいるじゃない」
「だ、ダメです、ベニカ様! 勝てません! 撤退しましょう!」
ティアが青い顔でそう叫ぶ。
「ほう……ここまでたどり着く人間がいるとはな」
そう言ったのは、青いマントを羽織ったゴブリンだ。
「し、しゃべったのですか!?」
驚くティアに、
「われらをただのゴブリンと同じにしてくれるな。進化の果てに、われらは知性と理性を獲得した。われらが虐げられるのは、知性に劣り、言葉を操れぬからだ。あるいは、凶暴な本性を抑える理性のタガがなかったからだ。それらをともに手に入れた今、われらは人間をも超える存在となった」
ゴブリンエンペラーがそう語る。
「ちょっと……どうするのよ、これ?」
お嬢様が戸惑った顔で聞いてくる。
「モンスターをぶん殴るだけの仕事だと思ってたからやりにくいったらないわ」
「くかかっ……そう言ってくれるな。人間よ、おぬしらが他の人間どもから飛び抜けた実力と勇気の持ち主であることはわかった」
「あら、見る目があるじゃない」
「だが、それゆえに殺してしまうのが惜しい。人間よ……わが下につかぬか? われらはいずれ天下をうかがうことになろう。世界を征服した暁には、その一隅を貴様にくれてやろうではないか」
「お断りね」
まるで魔王のようなゴブリンエンペラー・ズシロフの言葉を、お嬢様は一言で切って捨てた。
「わたしが求めてるのは戦いよ。土地だの財産だのにはもううんざりしてるの。わたしが生まれる前から持ってたものをただ大事に守ってるだけで一生遊んで暮らせるなんて……そんなのはつまらないわ」
「まるで遊蕩に飽きた皇帝のようなことを言うではないか」
「あんたは王様になりたてだからわかんないでしょうけどね。そういうの、手に入れてみると案外虚しいものよ」
「ならば、戦おうではないか。――イチノシン」
「はっ」
着流しに刀のゴブリンが進み出る。
「軽く相手をしてやれ」
「ご命令とあらば」
着流しのゴブリンが、お嬢様に向き直る。
その瞬間に、勝負は決していた。
居合いで刀を抜きかけたイチノシンは、思わぬ抵抗にたじろいた。刀の柄が、いつのまにかお嬢様の手で押さえられていたのだ。
「なっ……!」
「居合なんて……」
お嬢様が反対の拳を振り抜く。
「まどろっこしいわ」
「ぐはあっ……!」
イチノシンが吹き飛んだ。
「なんだと……っ!?」
ズシロフが驚愕する。
そのあいだに、その脇に控えていたアイジャ――エルダーゴブリン・ワイズマンが杖を構えた。
その背後には僕がいる。
アイジャの皺の多い首を、僕のナイフが貫いた。
ホブゴブリン・スーパーソルジャ――ーシュタークがお嬢様に迫りながらズシロフに叫ぶ。
「お下がりください!」
「馬鹿ね」
棍棒を振り下ろすシュタークにさらに踏み込み、ゼロ距離からお嬢様が掌打を繰り出す。気の乗った一撃は、シュタークの腹に風穴を開けた。
「くっ!?」
後じさりしたズシロフの前に、僕の【獄炎魔法】が突き刺さる。
いきなり現れた溶岩の海に、ズシロフの足が止まった。
そこに襲いかかるお嬢様の拳を、ズシロフは左腕で受け止める。
「ぐぬっ!?」
「もらったッ」
痛みで前屈したズシロフの顎を、お嬢様の振り上げた踵が撃ち抜く。ズシロフの巨体が半回転し、ズシロフは後頭部から地面に倒れた。
「こんなんで、世界を取る気でいたわけ?」
お嬢様がズシロフを見下ろして言う。
「は、速い……」
離れた場所にいるティアのつぶやきが聞こえた。
そう、速さが違う。
人間の冒険者も同じだが、この世界の人間は、「スキルを使おうと思う」「スキル発動のために意識を集中して予備動作をする」「スキルを実際に発動する」というスリーステップで攻撃を行う。
お嬢様は違う。攻撃しようと思った時が既に攻撃する時であり、攻撃し終わった瞬間ですらある。
スキル同士のぶつけあいや読み合いを考えず、ただひたすらに機先を制する。
お嬢様(と僕)が今やったのはそういうことだ。
もちろん、相手のレベル(この世界の「レベル」ではなく)が高くなれば、先の先や後の先といった読み合いは出てくるのだが、今のはそれ以前のレベルだった。
「やっぱスキルなんてつまらないわね。お仕着せの技を使わされてるだけのくせにドヤってる奴が多すぎるわ」
嘆息するお嬢様に僕は言う。
「まあ、魔法は便利だと思いますよ」
「それもどうなのかしら? ひょっとしたら、スキルなんてなくても魔法も使えるんじゃないの?」
「ああ……その可能性はありますね」
「待ってください、お二方とも! まだ終わってません!」
のんきな会話をしていた僕とお嬢様に、ティアがそう警告する。
「えっ?」
「ぐうう……やるではないか、人間よ」
ズシロフが、頭を振りながら起き上がる。背中に負っていた大剣を両手に構え、こちらに警戒の目を向けてくる。
ズシロフの握る大剣は、刃渡りが1メートル半はありそうな両手剣だ。刃は錆びてボロボロだが、その重量だけで十分に人をミンチにできるだろう。
「おかしいわね。そんなに軽い打撃じゃなかったはずだけど」
お嬢様が首をかしげる。
ズシロフだけではなく、首をナイフで貫いたはずのアイジャも、腹に風穴を開けられたはずのシュタークも起き上がってきた。
吹き飛んだだけのイチノシンが起き上がるのは、まだわかる。だが、急所を抉られたアイジャやシュタークまで死んでいないとは。
「高位のクラス持ちは膨大なHPを持っていることがあります。HPが残っているうちは、致命傷を負っても生き残る……ことがあると聞いています」
ティアが後ろからそう解説してくれる。
僕はズシロフを【看破】してみる。
《
ズシロフ
ホブゴブリン・エンペラー
レベル113
HP 473346/475292
MP 1000/1000
スキル
【剣術】90
【暴剣術】50
【剛剣術】30
【土魔法】55
【土砂魔法】15
》
「よ、47万!?」
と驚いたのは、僕ではなくティアだった。
彼女も改めて【看破】を使ったらしい。さっきも【看破】を使っていたはずだが、僕と同じで、4体のレベルだけを把握する時間しかなかったのだろう。
「くははははっ! 絶望せよ、人間ども! 進化の果てに手に入れたこの力で、われらはこの世界に覇を唱えるのだっ!」
ズシロフが獰猛な笑みを浮かべてそう叫んだ。
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