実は意外とヤバかったらしい○○○○

「なっ、何が起こった!?」


 マスターが粉々になったオーブを見てそう叫ぶ。

 一方、紅華お嬢様は、


「ちょっと!? ズルいわよ、ケイ! こんなおいしいイベント起こすなんて! これじゃわたしが当て馬じゃない!」

「お、お嬢様がやらせたんじゃないですか!」


 執事服を掴んで僕の首をがくがく揺さぶってくるお嬢様に、僕はそう言い返す。


「オーブが魔力に耐えきれず砕けちまったってのか!? ごくまれにあることだと聞いちゃいるが、自分の目で見たのは初めてだぜ。ったく、おまえさんらは次から次へと人を驚かせてくれんなぁ」


 マスターは呆れたようにそう言って、砕けたオーブのかけらを拾い集める。僕も手伝い、テーブルの上にかけらを載せていく。


 かけらには大小があって、大きなものには暗色の炎が、小さなものには濃緑の風や淀んだ水、くすんだ流砂などが渦巻いている。

 お嬢様の時と比べると、どの属性も全体に黒みがかった色合いだ。といっても、明るさ自体が暗いのではなく、色合いこそ暗いものの、光そのものはお嬢様の時より強かった。彩度が低いといえばいいのか。


「ううむ……俺は魔術士じゃないから詳しくないが、どの属性も強すぎて、オーブの中に収まりきらなかったって感じか? ベニカと同じく、ケイトも地水火風の四つが使えんだな」

「珍しいことなんですか?」

「珍しいに決まってる! 魔法ってのは、一属性習得するだけでも数年はかかると言われてんだ! お目当ての魔法を使う魔物を狩り続けて、ようやく魔法スキルが手に入るって話だからな」

「ふふん。やっぱりわたしたちは最強ってことね!」

「そう思っても差し支えないだけの素地があることは認めてやるよ。ただし、慢心はするな。ギルドはともかく、教会にはスキルレベルの高い魔術士がわんさといやがんだ。上級魔法スキルを持ってる奴だって少なくねえ。上には上がいるってことさ」

「上級魔法スキル……というのは?」


 僕は現在、火属性だけではあるが、【火魔法】【火炎魔法】【獄炎魔法】の3つを習得している。それぞれが、初級、中級、上級魔法に当たるのだろう。

 ……と、僕は思ったのだが、


「上級魔法については、教会の魔術士はもちろん、冒険者の魔術士も明かしたがらねえ。だが、火属性なら【火炎魔法】、水属性なら【水流魔法】ってな具合に、初級の【火魔法】や【水魔法】から派生して習得できるらしい」

「えっ……」


 【火炎魔法】が上級? と言いかけ、僕はあわてて言葉を呑んだ。


(【獄炎魔法】のことは伏せておいたほうがよさそうだね)


 まさか【火炎魔法】が「上級」とは。あんなにあっさり習得できたのはなんだったのか。その「上級」魔法ですらあまり知られていないというのなら、そのさらに上位の魔法なんて、存在すら知られていないのではないだろうか。


「上級魔法スキルは、属性ごとに何種類かあるって話だ。使い手の望む方向に従って、いくつかの候補の中から一つだけを授かると聞いている」

「人によって成長の方向性が違うってことですか」

「らしいな。だが、その段階までたどり着ける奴自体が稀だ。冒険者ならAランクになってようやくってとこだ。いくら適性があるとはいえ、そこまでたどり着くのは並大抵のことじゃねえ。派生スキル習得の条件は複雑で、単にスキルレベルを上げればいいってもんでもないらしいしな」

「そうなんですか……」


 おかしいな。単にスキルレベルを上げるだけで習得できてしまったのだが。


「ともあれ、魔法の適性があったってだけで調子に乗るのはやめておけ。いるんだ、オーブがちょっとばかり光ったからって自分は特別だと思い込んで、身の丈以上の無理をしちまう奴が……。

 覚えておけ、冒険者ってのはそういう奴から死んでいく。強い弱いじゃねえ、たとえ腕のいい冒険者だったとしても、自分より強い魔物と戦えば死ぬしかねえんだ。

 ま、おまえらならわかってるだろうけどな」

「そ、ソウデスネ」


 僕は手に冷や汗をかきながらそう答える。


 僕の知ってるのと、魔法の習得法が全然違う。

 僕はてっきり、魔法は対応するカラースライムの核を壊して習得するものだとばかり思い込んでいたが、普通の魔術士はもっと時間のかかる手順を踏むらしい。


(考えてみれば当然か)


 考えてみれば、いくらスライムとはいえ、魔法を使ってくる魔物に接近し、素手で直接核を砕く……となると、実行できる者は限られてくる。目の前にいるマスターが【ストレート】を使ったとしても、スライムのぶ厚いゲルは貫けないはずだ。剣や槍でなら核を狙う戦術はありうるかもしれないが、これまでに見た盗賊や騎士や冒険者たちの腕では難しそうだ。


(そもそも剣や槍で核を砕いてもスキルレベルは上がらないしね。素手で砕くのが条件だ)


 試しに僕がナイフで核を壊した時には、スキルレベルが上がる感触はなかった。投げナイフではなく直接ナイフで核を壊してもそうである。つまり、この方法はあくまでも素手が条件なのだ。ひょっとすると、マスターの手甲てっこうですらアウトなのかもしれない。


(それに、普通はスライムの核を素手で狙おうなんて思わないよなぁ)


 僕だって、お嬢様が【火魔法】を覚えるのを見たからこそ、レッドスライムの核を素手で壊すという発想に至ったのだ。もしお嬢様が【火魔法】を覚えてなかったら、僕はレッドスライムを投げナイフだけで倒し続けていただろう。

 要するに、偶然が重なることで発見できた裏技のようなものらしい。


「ともあれ、朗報だな。さっきも言ったが、優秀な魔術士は教会に多い。おまえらが冒険者になってくれるんならこんなに心強いことはねえ。早速本部にも報告を入れねえとな」

「ち、ちょっと待ってください!」


 マスターの言葉に、僕はあわてて待ったをかける。


「なんだよ?」

「それは困ります。僕は目立ちたくないんです」

「わたしはべつに目立ってもいいけど?」

「……まだこの世界のことがわからないうちに変に目立つのは危険ですって。おかしな連中から目をつけたらどうするんです?」


 僕はお嬢様だけに聞こえるよう、特殊な発声法でそう言った。


「そんなの、返り討ちにすればいいだけじゃない」

「数が多くなれば面倒ではありませんか? それに、どうせ目立つのなら、魔術士としてではなく、格闘家として目立つべきではないでしょうか? お嬢様は優れた魔術士として認知されたいわけでありませんよね?」

「たしかに、それはそうね。わかったわ。ケイのいいようにしなさいな」

「かしこまりました、お嬢様」


 そんな囁きをかわし終えると、マスターが頭をかきながら言ってくる。


「目立ちたくねえ、か……。そうは言ってもな。オーブが砕けちまった以上、本部から補充してもらう必要があるんだ。なにせ貴重なものだから、立場上理由を説明しないわけにもいかねえだろう。ギルドの管理が悪かった、なんて邪推をされたらたまらんからな」

「なるほど、それは困りましたね」

「まあ、本部には可能な限り大げさにならんように報告はするが……内容が内容だからな。いくら取り繕っても注目を浴びるのは避けがたい」


 マスターの話に、僕はしばし考える。


「では、代わりのオーブがあればどうでしょうか?」

「そりゃ、誤魔化せなくはねえだろうが、簡単に手に入るもんじゃねえぞ?」


 そうだろうか。

 僕は、これにとてもよく似たものを知っている。


「オーブって言ってますけど、これ、スライムの核ですよね?」


 僕の質問に、マスターの顔色が変わった。


「な、なぜそれを!? ギルドの機密事項のはずだ!」

「これと同じものを用意すれば、上に報告しないでいただけますか?」

「う、ううむ……。簡単にうなずけるような話じゃねえんだが……」

「ですが、本来冒険者の実力は、本人の同意なしに広めていいものじゃないですよね? ギルドを預かるマスターならなおさらです」

「……一般論としてはその通りだな」


 苦虫を噛み潰したような顔で、マスターが渋々うなずいた。


「だが、スライムだぞ? 物理攻撃が通らず、魔法攻撃も効きにくい。植物に近い生態だから、他の魔物と違って、接近するまで存在に気づけないことがほとんどだ」

「たしかに、気配は感じにくいですね」

「だろうが。だからスライムは、『サイレントキラー』と呼ばれて恐れられてんだ。しかも、核を回収するには、スライムの核以外の部分を、魔法で綺麗さっぱり取り除く必要があるらしい。普通に倒すだけじゃ、すぐに消滅しちまうからな」


 なるほど。

 これまでに倒したスライムが核を残さなかったのはそのせいか。

 残すも何も、核だけを狙って破壊してたのだから当然か。


「聞いた話じゃ、あの戦いにくいスライムを相手に、核を傷めないように気を付けながら、【火魔法】でじわじわ炙り続けるらしいぜ? しかもスライムは、MPの続く限りゲルを自己再生すると来てやがる。要するに、こっちのMPが尽きるのが先か、スライムのMPが尽きるのが先かって勝負なんだ」

「高レベルの魔術士か、大人数の魔術士を集めるか、でしょうか」

「いや、いくら魔術士の数を集めても、質が低くちゃ意味がねえ。そもそも素人にはスライムのどこに核があるのかもわからねえからな。オーブが足りなくなった時には、ギルド本部の専門部隊が調達に出るって話だぜ」

「オーブが貴重なわけですね」

「スライムってのはただ倒すだけでも厄介極まりない相手だ。とくに武器職にとっちゃ天敵みたいなもんだな。なにせ、生半可な物理攻撃じゃ通らねえ。下手に手を出せば、出した腕をスライムに持ってかれちまう。ドロドロに溶かされて、骨の一本も残らねえんだ」


 肩を抱くようにして、マスターがぶるるっと震えてみせた。おどけた様子だが、本気でスライムを危険視してるのは間違いない。


(僕たちがスライムを一撃確殺で狩りまくった……なんて言ったら、また騒ぎになりそうだな)


 僕は口を閉ざし、このことを口外しないことにした。


 が、そんな空気を読まないお人がいるのを忘れていた。


「スライムってそんなに危険なモンスターだったわけ? わたしとケイは数え切れないほど狩ってるんだけど」


 あっけらかんと言ってのけたお嬢様に、マスターが目を剥いて仰け反った。


「はぁっ!? おいおい、冗談もたいがいにしてくれ! 【拳闘術】でどうやって物理攻撃の効かないスライムを倒せるってんだ?」

「どうって……こうよ」


 お嬢様が、右手で手刀を作り、貫くようなしぐさをする。


「核を突けば一撃じゃない」

「ま、マジか?」

「冗談だと思うなら、あんたにやってみてあげましょうか?」

「や、やめてくれ! わかった、信じるよ!」


 マスターが、両手を振って制止する。


「ともあれ、代わりとなるスライムの核を持ってこればいいんですね?」

「あ、ああ……できるもんならな。俺としても、新人の検査でオーブが壊れたなんて真っ正直に報告しても、本部に信じてもらえる自信がねえ。おまえらのことだってそうだ。職責上は、それでも事実をありのままに報告すべきなんだが、頭の堅い本部の連中に一から十まで説明すんのは面倒だってのも本音だな」


 それでいいのだろうかと思ったが、黙っておく。本部と現場の間に溝があるなんてのはよくある話だ。冒険者ギルドの円滑な運営について、僕が心配する義理はない。


「それなら、日が暮れないうちに西の森まで戻りましょ。さくっと狩って、明日の朝には持ってくるわ」

「西の森だと!? まさか、『スライムの森』に足を踏み入れるつもりなのか!?」

「なによそのヤル気のないネーミングの森は? 初心者はとりあえずここ行っとけみたいな感じよね」

「し、初心者なんてとんでもねえ! スライムがどこから湧いてくるかわからんような森なんだぞ!? 魔法を使う『色付き』だって出没する! その上、超高レベルのスライムが無限に湧く地獄のようなスポットがあるなんて噂もある! 悪いことは言わんからやめておけ!」


 必死の形相で、マスターがお嬢様に忠告する。


「大丈夫よ。森のことは大体把握してるわ。ねえ?」


 お嬢様が僕にそう振ってくる。


「え、ええ、まあ。調べられる範囲のことは調べましたよ。超高レベルのスライムが無限に湧くスポットというのはわかりませんが」


 隔世へだてよの門のあるスライムパークもスライムが無尽蔵に湧くようだったが、一撃で核を砕けるようなスライムが超高レベルのわけがない。あんな安全で便利な狩場が門のすぐそばにあったのは幸運だった。


「ご心配なさらず、マスター。僕たちも、命の危険があるようなことは致しませんので」

「むう……そこまで言うなら無理には止めんが。冒険者の活動は本人の判断が最優先だからな」

「では、もう日も傾いてきましたので、急いで行ってくることに致します。夜は森で野営して、明日またうかがおうと思います」

「す、スライムの森で夜を明かすつもりなのか!? それは……いや、もはや何も言うまい。いい加減驚くのにも疲れてきたからな……」


 げっそりとした顔でマスターが言った。


「そうよ。そもそも、わたしの方があんたより強いんだから、あんたに心配される筋合いはないわ」

「ちょっと、お嬢様!」

「ぐ、この野郎……! くそっ、事実なだけに言い返せん……。

 とにかく、オーブの代わりさえ調達できるんならそれでいい。上への報告はそれまでは止めておく。だから、くれぐれもくたばるんじゃねえぞ? 実力を隠すためにくたばるんじゃ、本末転倒もいいとこだからな!」

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