魔力測定はテンプレとともに

 結論から言えば。

 ギルドマスターはよく戦った。

 結局お嬢様に触れることすらできなかったが、お嬢様の攻撃をからくもかわし、致命傷だけは避けている。

 レベルが高く、HPが高いせいか、効いてるはずの打撃にも、かなりの時間耐えていた。


 展開が一方的になりすぎ、ギャラリーが冷めてきたところで、僭越ながら僕が、試合の終了を宣言した。

 熱くなってるお嬢様をなんとかなだめるあいだに、治癒術士だという冒険者が、マスターに回復魔法をかけていた。


「あいたたた……」

「大丈夫ですか?」


 痛がるマスターに僕が聞くと、


「ん、ああ。ダメージ自体は回復してる。だが、しばらくは身体が痛みを覚えてるんだ。嬢ちゃんのスキルはえげつねえほど痛かったからな」


 スキルではないのだが、面倒なことになりそうだったので黙っておく。


「なんだか大味な戦いだったわね。スキルに頼りすぎなんじゃないの? スキルありきの戦い方だから、次の手が簡単に読めるわ」


 お嬢様がそう言って肩をすくめる。


「嬢ちゃんに言われると否定もできねえな。実際、拳闘士の冒険者は、スキルを軸に戦い方を組み立てる。というか、他のクラスの冒険者だってみんなそうだ。せっかく神から授かったスキルなんだから、それを生かそうとするのは当然だわな」

「ふぅん。そういうものなのね」


 つまらなそうに、お嬢様が言った。


「それに比べると、嬢ちゃんは天衣無縫だな。まったくスキルに囚われてねえ。何してくるかさっぱりわからねえから肝が冷えたぜ」

「そうかしら? 本能で戦ってるみたいに言われるのは心外だわ。これで相当修行は積んできたつもりなんだけど」

「いったいどんな修行を積んだらそうなるんだ……?」


 ようやく痛みが和らいだのか、マスターがよろよろと起き上がる。

 ギャラリーたちは、興奮気味に話をかわしながら、訓練場から酒場へと戻っていった。


「冒険者になりてえのは、嬢ちゃんとその坊主か」

「そうよ」

「嬢ちゃんの連れって時点で嫌な予感しかしねえが……一応、規則は規則だ。坊主の実力も確かめる必要がある。坊主の得物えものはなんだ?」

「いろいろありますけど、とりあえずこれですかね」


 僕は執事服の裏から一本のナイフを取り出した。


「短剣術か。頼りない感じのナイフに見えるが……」

「誰かと戦えばいいのでしょうか?」

「いや、普通はそこまではやらん。そこに案山子かかしみてえのが立ってるだろう。あれを一定時間叩いてくれ」

「それだけですか?」

「ああ見えて、あの案山子は魔道具でな。受けたダメージの合計を表示する機能がある」


 ああ、MMOによくある、DPS測定用のターゲットみたいなものか。


「いつ始めてもいいんですか?」

「最初にダメージが入った瞬間から計測が始まる。計測は60秒だ。だからあらかじめ距離を詰めておくと――」

「わかりました」


 返事をしながらナイフを投げる。

 案山子の頭の真ん中にナイフが突き立った。

 僕は執事服の裏から次々とナイフを取り出し、案山子に向かって投げていく。

 ガガガガ……!と音を立て、案山子の頭が針山と化した。

 手持ちのナイフを半分ほど消化したところで、案山子の上に「1000オーバー」と文字が出た。


「なっ……開始十秒でオーバーキルだと!?」


 マスターが仰け反ってそう叫ぶ。


「ひょっとして終わりですか?」

「あ、ああ。終わりだ。案山子の計測の上限が1000なんだ」

「1000というのは、HPにして1000ぶんということですか?」

「そうだ。つまり、おまえは今の十秒で、俺を4回ちょっと殺しきれた計算になるな。ま、さすがに俺だったらけるけどよ……」

「きっとナイフの質がいいからですよ。僕の実力だけじゃありません」

「そ、そうかぁ?」


 首をかしげるマスターを尻目に、僕は案山子からナイフの山を回収する。

 実際、地球製の質の高いナイフを使ってることは事実だ。


(まあ、刃さえついてれば結果はそう変わらないと思うけどね)


 マスターは「俺だったら避ける」と言ったが、お嬢様との戦いを見た限りでは、難なく当てることができそうだ。


 ことここに至って、僕はようやく気づき始めていた。


(どうも、僕は用心しすぎてたらしい)


 歴戦の猛者らしいギルドマスターでこの程度。レベルやスキル、魔法といった要素を加味しても、僕とお嬢様の脅威になるものは、思ったよりも少ないのかもしれない。


「たまげたな。坊主も文句なしの合格だ」

「やったわね、ケイ」


 お嬢様が明るく言ってくれる。


「そういや、おまえらの名前をまだ聞いてなかった。

 俺はマルク。マルク・ボイエという。この冒険者ギルド・ペリジア支部のギルドマスターをやっている」

「なんだ、あんたがトップだったの。わたしは鳳凰院ほうおういん紅華べにか。で、こっちが……」

霧ヶ峰きりがみね敬斗けいとと申します」

「ホウオウインにキリガミネか。なんだか呼びにくい名前だな」

「僕たちの生まれた所では先に家族名を名乗ります。名前は後半の方です」

「んじゃ、ベニカとケイトだな。これからよろしく頼むぜ、期待の新人」


 マスターがにかっと笑ってそう言った。


「試験はさっきので済んだんだが、もう一つだけ検査がある」

「検査?」

「ああ。魔力の検査だ。世の中には、自分が魔力を持ってることに気づいてねえ奴がたまにいてな。冒険者になろうって連中は、登録時に検査することになってんだ。検査費用はギルド持ちだから、金の心配ならしなくていいぞ」

「……それは義務なのでしょうか?」


 僕が聞くと、


「んー、義務とまでは言わんが。断る奴を見たことはないな。滅多にあることじゃないが、もし魔力があるならめっけもんだ。魔術士は希少だからがっぽり稼げる。国のお抱えになれば、立身出世も夢じゃない」

「面白そうじゃない。受けてみましょうよ」


 お嬢様がそう言ったことで、僕に否やはなくなった。


「こっちだ」


 マスターに案内され、僕とお嬢様はギルドの奥の一室へと通される。ギルドマスターの執務室らしい。

 マスターの秘書らしき女性職員が、占いの水晶球のようなものを持ってきた。


「検査っつっても簡単だ。このオーブに手をかざせばいい。魔力がなければなんの反応もしない。……こんなふうにな」


 マスターが自分の手をオーブにかざす。

 たしかに、オーブは何の反応も示さなかった。


(妙だな)


 と僕は思った。

 マスターのステータスには、ちゃんとMPが記載されている。

 オーブの測る「魔力」とやらは、MPとは別物なのだろうか?


「わたしからやるわ!」


 僕が考えてる間に、お嬢様が目を輝かせて進み出た。


「オーブよオーブよオーブさん。世界で一番強いのは誰?」

「なんだその歌は」


 マスターが苦笑する中、お嬢様がオーブに手をかざす。


 オーブの中に、紅蓮の炎が渦巻いた。

 それに紛れるようにして、青い水、緑の風、黄色い砂も舞っている。いずれも明るい色合いだ。


「なっ……!」


 マスターが目を見開いた。


 一方、僕の方は納得していた。


(なるほど、スキルレベルに反応してるみたいだね)


 お嬢様の現在の魔法スキルのレベルは、【火魔法】が11で最も高く、残りの三つは3以下だ。オーブの反応は、お嬢様のスキルレベルと対応している。


 なんとなくだが、僕はオーブの正体に察しがついた。


(魔力の流れがスライムの核に似てるね)


 見た目も透明で、スライムの核によく似てる。なんらかの方法でスライムの核を抜き出したものなのかもしれない。


「おいおい、すげーな。嬢ちゃんは魔法でも一流ってわけか」

「自分で自分の才能が怖くなるわね」


 お嬢様が得意げに胸を張る。

 お嬢様が気持ちよくなってくれてるのはいいのだが、


(……マズい。これはマズいぞ)


 僕はこの世界での安全確保のために、スライムパークでレッドスライムを狩りまくった。

 お嬢様の【火魔法】でこの反応なら、僕の場合の反応は――


「や、やっぱりやめておこうと思います。僕は武器だけで間に合ってますので」

「ちょっ……何よそれ! こんな楽しいイベントスルーするなんてありえないでしょ!?」

「いやいや、あまり手の内は見せるもんじゃないですし」

「ケイト。情報漏洩の心配ならいらないぞ? ここでの結果は、決して外に漏らさない」


 若干心外そうに、マスターが言った。

 たしかに、これでは僕がギルドの情報管理を疑ってるように見えてしまう。

 たじろぐ僕に、お嬢様がジトっとした目を向けてくる。


「怪しいわね……。観念してあんたもやりなさい!」

「あ、ちょっと!」


 お嬢様が僕の腕を掴み、僕の手をオーブに無理やりかざす。


 オーブを一瞬にしてくらい炎が満たし――


 次の瞬間、鈍い音とともに、オーブは粉々に砕け散っていた。

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