第48.5話 ソウル特別行政市
二〇二〇年九月七日正午、羽田空港第三ターミナル。
響華と芽生が待っていると、そこへ国元がやって来た。
「すみません、お待たせしました。それでは行きましょうか」
国元は早速二人をどこかへ案内する。
「国元さん、どこ行くんですか? 搭乗口はあっちですよ」
響華が首を傾げると、国元は微笑んで答える。
「朝鮮連邦に行く航空便は全て運航停止になっています。だから僕たちが乗るのは、別の場所に駐機している特殊な貨物機です」
「貨物機? それって国がやってる人道支援の?」
芽生が問いかけると、国元はこくりと頷いた。
「はい。公安の力を使って特別に乗せてもらえることになりました」
「へぇ〜。どんな飛行機なんだろう。やっぱり普通の旅客機とは違うのかな〜?」
少し期待している様子の響華に、芽生は。
「貨物機なんて人を乗せるように作られてるわけじゃないから、きっと快適なものではないと思うわよ」
と冷たく言った。
「そうかなぁ? 色んなもの積んでるんだから、そこまで揺れないと思うけど?」
響華は芽生の言葉を聞いても、まだ楽しみにしているようだった。
「さあ、この扉の先に僕たちの乗る貨物機があります」
国元が扉を開ける。するとそこには、自衛隊のC-2型機を改造した機体が大きなエンジン音を轟かせていた。
「うわぁ! これが貨物機……!」
響華は目を輝かせて、その機体を見つめている。
「ほら響華、何してるの? 早く行くわよ」
芽生が声をかけると、響華は慌てて貨物機に乗り込んだ。
国元、響華、芽生の三人を乗せた貨物機は、朝鮮連邦へ向けて羽田空港を離陸した。
約二時間半後。
響華たちは朝鮮連邦中西部にある
「ん〜っ! やっぱり全然快適じゃなかった……」
響華が伸びをしながら呟く。
「だから言ったでしょ? 貨物機なんてそんなものよ」
芽生は体をほぐしながら言う。
すると国元が、周りを見回しながら一言。
「そろそろ迎えが来るはずなんですが……」
と言ってスマホを開いた。
「連絡も無しか。それに電波が不安定すぎてスマホは使い物にならないですね」
国元は諦めたようにスマホをしまうと、近くのベンチに腰を掛けた。
「国元さん、どんな人が来る予定なんですか?」
国元に問いかけながら、響華もベンチに座る。
「ソウル特別行政市、武装警察のノ・ソユン首警です。一応僕は魔法災害隊の職員ということになっているので、響華さんと芽生さんもそのつもりでお願いしますね」
国元がそう話すと、壁に寄りかかって立っていた芽生は首を縦に振った。
「分かったわ。公安が他国の内部事情に干渉するなんて、下手をすれば国際問題になりかねないものね」
「ご理解頂けて助かります」
国元は二人の顔を見ると、ぺこりと頭を下げた。
数分後、一人の女性がこちらに歩いてくるのが見えた。
国元と響華が立ち上がると、その女性が声をかけてきた。
「あなた達が日本の魔法災害隊の方ですね?」
「はい。私は見習い隊員の藤島響華です!」
響華が元気よく挨拶すると、芽生も姿勢を正して挨拶する。
「同じく、桜木芽生よ」
それに続いて国元も。
「そして僕が、二人のサポートをしている国元勇也です」
と挨拶した。
するとその女性は、三人の顔を見て優しく微笑んだ。
「ようこそ朝鮮連邦へ。私はソウル武装警察首警のノ・ソユンと申します。皆さんの滞在中は、基本的に私と共に行動していただきます。もし勝手な行動をされた場合は、逮捕・拘束となる恐れがあるのでご了承ください。それでは、まずはソウルに参りましょう」
「よろしくお願いします!」
響華が笑顔で言うと、ノ・ソユン首警はこくりと頷いてどこかへ歩き出した。
三人は後ろをついて行く。しばらくすると、高速鉄道の駅に着いた。
「ソウルへは列車で移動します。国内の移動は列車が一番便利なんです」
ノ・ソユン首警がカードをかざすと、改札のゲートが開いた。三人はそれに続けてゲートを通り抜ける。
「あの、運賃はいつお支払いすれば?」
国元が問いかけると、ノ・ソユン首警は首を横に振った。
「皆さんは日本からの賓客です。滞在中の費用は全てこちらが負担します」
「賓客って。私たちはそこまでの人間じゃないわ」
芽生は恐縮したように手を水平に振ったが、ノ・ソユン首警は。
「いえ。皆さんは素晴らしい魔法能力者です。これくらいのもてなしは当然です」
と言って気にせずホームへと案内する。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
響華は少し照れ臭そうに頭を掻きながら、後に続いた。
『爆撃の影響で、一時間遅れでの発車となりましたことお詫びいたします』
ホームにアナウンスが流れる。発車案内の電光掲示板を見ると、時間が変更になったことを知らせる表示があった。
《13:25→14:25 ソウル・
三人はノ・ソユン首警に促され停車中の高速鉄道に乗り込む。
中は日本の新幹線とほぼ同じ構造で、通路を挟んで二列と三列のシートが並んでいた。
「ノ首警はこの影響で遅れたんですか?」
シートに座りながら国元が聞くと、ノ・ソユン首警は申し訳なさそうに言う。
「はい。乗っている最中に政府軍の爆撃があり、途中駅で一時間待たされてしまいました」
「その政府軍の爆撃のターゲットは? 別に高速鉄道って訳ではないのよね?」
芽生が質問すると、ノ・ソユン首警は真剣な表情になる。
「おそらくは革命軍の拠点を狙ってのものだと思いますが、我々からしても政府軍が何を考えているのか、よく分かりません」
「分からないって……。連携とか情報共有とかしてないんですか?」
響華が首を傾げる。
「ソウル特別自治市は名前の通り司法・立法・行政、税財政から防衛まで全てを自らで行なっています。例えるなら、過去の中国の一国二制度のようなものです。その為、朝鮮連邦政府とは距離があって、どちらかといえば対立関係にあるのです」
それを聞いた響華は、少し驚いた表情を浮かべる。
「それじゃあ、もし革命軍がソウルに攻め込んできても、政府軍は黙って見てるってことですか?」
「それならまだいい方かもしれません。最悪の場合、革命軍の味方をする可能性だって否定できませんから」
「そんな……」
響華は言葉を失ってしまった。政府は国民を守るべき立場のはずなのに、この国は違う。そこで改めて感じる。この国は本当に戦場なのだと。
『まもなくソウルに到着します。この列車は、平昌経由江陵行きです』
窓の外にはソウルのビル群が見える。響華たちは降りる準備を始めた。
「列車を降りたら、ホテルに向かいましょう。荷物などは部屋に置いておいて構いません」
「ありがとうございます」
国元が頭を下げる。
「芽生ちゃん、ホテルの部屋はどんな感じかな? 賓客として扱ってくれてるくらいだし、もしかしてスイートルームだったりして」
また無駄に期待を膨らませている響華に、芽生は呆れたようにため息をついた。
「全く、勝手な想像しておいて後で文句言うんじゃないわよ?」
「文句なんか言わないよ! でも、もしボロ宿だったらちょっと愚痴るかも……」
「ボロ宿って、あなたねぇ……」
響華の失礼な発言に、芽生は頭を抱えてしまった。
三人はノ・ソユン首警に連れられ高速鉄道を降り駅の外に出る。そこからタクシーで移動すること十五分。到着したのは一等地に建つ高級ホテルだった。
「皆さんにはこちらのホテルの最上階の部屋をご用意しました」
ノ・ソユン首警がフロントから鍵をもらってきた。その鍵には確かに最上階の部屋番号が記されている。
エレベーターで最上階へ向かう。扉が開くと、豪華な装飾が施された廊下が目に飛び込んできた。その廊下を歩き、自分たちの部屋を探す。
「あった。ここだね」
響華が鍵を開け部屋に入る。
「これは、かなり広いですね……」
国元が小声で呟く。
この部屋はどうやらスイートルームのようだ。
「まさか、響華の言った通りになるなんて……」
芽生も信じられないといった様子だ。
「どうですか? ご満足頂けました?」
ノ・ソユン首警の問いかけに、響華は満面の笑みで頷いた。
「はい! こんな豪華な部屋、半年ぶりです!」
「半年ぶり?」
ノ・ソユン首警が聞き返す。
芽生は響華を睨み、慌てて説明する。
「私と響華は二月に魔災隊の任務でシナイ王国、今のエジプト領シナイへ行っていて、その時にスイートルームに泊まらせていただいたのよ。ただ、その時はあまり長居できなかったから、今回は毎晩ここでゆっくりできるのが楽しみだわ」
するとノ・ソユン首警はホッとした表情を見せた。
「そうですか、それなら良かったです。あなた方のような優秀な魔法能力者は、特権階級の貴族なのではないかと心配していましたので」
「いえそんな、私たちは至って普通の女子高生よ。少し危険な仕事と少し高い給料をもらっているだけでね」
芽生が言うと、ノ・ソユン首警は三人に向かって声をかけた。
「それでは皆さん、この後は武装警察の車両で
「はい、その通りです」
国元が首を縦に振る。
「九里では革命軍との戦闘が続いています。前線は危険ですが、それなりに情報を得られると思いますよ」
響華と芽生、国元は最低限の荷物を持ちホテルを出ると、建物の前に停まっていた武装警察の車両に乗り込み、一路九里市へと向かった。
ソウル特別自治市、九里市境。
武装警察の車両の中で、三人はノ・ソユン首警から革命軍に関する話を聞いていた。
「革命軍は現在の政府を壊して朝鮮連邦を新たな民主国家として生まれ変わらせることを目標としている、ざっくりと言うとこんな感じです」
「なるほど、つまり市民革命を起こすのが最終目的であると」
国元は革命軍について何となく理解した様子だ。
「では、革命軍の中に外国籍の人がいるって情報は無いかしら?」
芽生の質問にノ・ソユン首警は。
「外国籍、つまり朝鮮連邦以外の国籍を持つ人間ということですか?」
と確認する。
「ええ、知っている限りのことでいいわ。何か情報を掴んでいたりしないかしら?」
「そうですね……」
ノ・ソユン首警は少し考えると、思い出したように口を開いた。
「そういえば、三月頃に日本人が加わったという情報を聞いた気がします。それもかなり強いと」
それを聞いた国元は、ポケットから写真を取り出してノ・ソユン首警に見せる。
「それはもしかしてこの人じゃないですか?」
ノ・ソユン首警はその写真に目を凝らす。
「確かに、噂では眼鏡をかけていると聞きました。ただ実際に見たわけでは無いので、何とも言えませんね」
「そうですか……」
国元は残念そうに写真をポケットにしまった。その様子を見ていた芽生は、どうにか住吉という人物を見つけ出し、国元に会わせてあげたい。そう感じていた。
しばらく窓の外を眺めていると、突然爆発音が鳴り響いた。
『ドカーン!』
それによって近くにいた武装警察たちが混乱する。その隙に、武装警察とは違う男たちが銃を乱射しながら流れ込んできた。
「何が起きている!?」
ノ・ソユン首警が血相を変えて車から飛び出す。
響華と芽生、国元はそのまま車の中から外を眺める。
「革命軍、なのかな……?」
響華が呟く。
「おそらく」
国元はじっと戦闘を見つめている。
するとその時、芽生が何かに気が付いた。
「ねえ、国元さん。あの人ってもしかして?」
芽生が指差した方を国元が見ると、そこには。
「ああ、間違いなく住吉だ」
国元の同期で親友である住吉の姿があった。
国元は車のドアを開け、外に飛び出す。
「おい、住吉! お前何やってんだ!」
その声に住吉が反応する。
「お前、まさか国元か……?」
国元は住吉に駆け寄る。
「こんな馬鹿な事してないで、早く戻ってこい。公民党からは僕が守る」
国元は必死に説得するが、住吉は首を横に振った。
「いや、俺はここでやらなきゃいけないことがある。だから今は帰れない」
「やらなきゃいけないこと?」
そこへ響華が追いかけてきて、国元の腕を掴む。
「国元さん、危ないですよ! それに勝手な行動したら捕まっちゃいます!」
「響華さん、離してください!」
国元は響華を振り解こうとする。
だが響華もしがみついて離そうとしない。
「ほら、可愛い女の子がそう言ってるんだ。お前は車に戻れ」
住吉が国元に優しく微笑む。すると国元は。
「……分かった。でも、僕はまだ諦めてない。また来るよ」
仕方ないといった様子で、響華と共に車に戻った。
「国元、お前は変わらないな……」
住吉はそう呟くと、周りの革命軍の男たちに指示を出した。
「おい、ここは一度撤退だ!」
「「はい!」」
革命軍は一斉に引き返していく。それを見届けると、住吉も踵を返しこの場を去ろうとした。しかしその時、目の前にツインテールの少女が目に飛び込んできた。
「あなたが住吉さんね?」
「なっ! お前、何してんだ? 早く車に戻れ」
住吉は慌てて声をかけるが、その少女は動こうとしない。
「私は桜木芽生。魔災隊の見習い隊員よ」
「芽生。お前は今どれだけ危険な状況にいるのか分かってんのか?」
「ええ、分かってるわ」
「だったら何で?」
住吉は何度も車に戻るよう促すが、芽生にその気は無いらしい。
「私は革命軍の捕虜になったって事にすればいいわ。そして、あなたが何を企んでいるのか、私に教えてくれる?」
あまりにも冷静なその態度に、住吉は。
「……ったく、仕方ない。こっちだ」
芽生を革命軍の拠点まで連れていくことにした。
その頃、ノ・ソユン首警は六十代くらいの男性と話をしていた。
「クォン・スンミン行政長官。やはりあの日本人は、革命軍と何らかの関係があるようです」
「そうか」
クォン・スンミン行政長官と呼ばれたその男性は、少し間を置いてからゆっくりと口を開いた。
「……その者たちは、適当な理由をつけて処分しなさい」
「かしこまりました」
ノ・ソユン首警が深く頭を下げる。
クォン・スンミンは車に戻る国元と響華の方を見て、不敵な笑みを浮かべた。
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