第48.6話 革命前夜

 響華と国元が車に戻ると、そこに芽生の姿は無かった。

「あれ? 芽生ちゃん?」

 響華は周囲を見回すが、芽生の姿は見当たらない。

「まさか、革命軍に……」

 国元は後ろを振り返る。しかし、そこにはもう住吉や革命軍の男たちはいなかった。

 二人が呆然と立ち尽くしていると、ノ・ソユン首警が戻ってきた。

「あなた達、なぜ外に出ているのです?」

「す、すみません!」

 怒っている様子のノ・ソユン首警に、響華は慌てて頭を下げる。

「それで、もう一人の魔法能力者は?」

 芽生がいないことに気が付いたノ・ソユン首警の問いかけに、国元は。

「それが、ちょっと目を離した隙にいなくなってしまって……。もしかしたら革命軍に捕らえられてしまったのかもしれません」

 と答えた。

 ノ・ソユン首警はため息をつくと、車のドアを開けた。

「とりあえず、今日はもうソウルに戻りましょう。日が暮れると危険です。捕らえられた魔法能力者に関しては、一度こちらに預からせてください」

 響華と国元はノ・ソユン首警に促され車に乗り込む。

(芽生ちゃん、絶対に助けてあげるからね……)

 ソウルへ向けて走り始めた車の中で、響華は静かに誓った。




 十九時二十三分、春川チュンチョン市。

 すっかり日も落ちて、辺りは真っ暗だ。その中に、ぼんやりと光を放つ建物があった。

「ここが革命軍の前線基地? それにしては手狭じゃない?」

 芽生は部屋の中をうろうろしながら言う。

「そうだな。ただ、ここはあくまで一時的な拠点だ。ソウル侵攻が成功すれば、ここはそこまで重要な拠点ではなくなる」

 住吉が答えると、芽生は振り向いて住吉の顔を見る。

「ソウルに侵攻して、あなた達はどうするつもりなの?」

「名前の通り、革命を起こす。そして、真の民主主義を取り戻す」

「真の民主主義? それはどういう意味?」

 住吉の言葉に、芽生が首を傾げる。

「この国はもうすぐ魔獣の手に落ちる。その時、この国は民主主義国家から魔獣による独裁国家に生まれ変わる。俺たちはそれを阻止するのが目的だ」

 それを聞いた芽生は、ハッとした表情を浮かべる。

「魔獣って、まさかアマテラス?」

「ああ、そうだ。よく知ってるな?」

「知ってるも何も、私たちは一度その魔獣のコピーと会話をしたことがあるの」

「魔獣のコピー? 何だそれは?」

 魔獣のコピーという謎の存在に疑問を抱いている様子の住吉に、芽生が説明する。

「アマテラスは、スーパーコンピューターに自分の知識、記憶、思考をコピーして、もう一人のアマテラスを生み出した。そしてそのコピーは、国民情報システムや国民信用レートといった形で日本中の人々を監視しているのよ」

 すると住吉は、何かに納得したようにうんうんと頷いた。

「ありがとな芽生。今の話でやっとあの行政長官が考えていることが分かった。あいつは日本のシステムを輸入することでアマテラスに恩を売ったんじゃない。アマテラスの支配と引き換えに、自分の地位を手に入れようとしているってな」

「行政長官……? ねえちょっと待って。その人って武装警察とも繋がってるわよね?」

 芽生が突然焦った様子で問いかける。

「ん? ああ、それは繋がってるだろうな」

 住吉はそれがどうしたのかといった表情で芽生を見る。

「それって、響華と国元さんが危ないってことじゃない!」

 芽生は血相を変えて建物から出ようとする。

 住吉は慌てて追いかけ、芽生の腕を掴む。

「芽生、どうしたんだ急に? 今外に出るのは危険だぞ」

「でも、このままじゃ響華が!」

 冷静さを失っている芽生に、住吉は優しく声をかける。

「確かに、向こうも何も知らずに受け入れたって訳じゃないだろうな。だが、どちらにしろ夜には行動しないはずだ。明日日が昇ると同時にここを出よう。それでいいな?」

 その言葉に、芽生は。

「……ええ、そうね。ごめんなさい、少し感情的になりすぎたわ」

 と言って、ベッドのある方に向かった。

 住吉はその後ろ姿を眺めながら、ぽつりと呟いた。

「あいつに会った衝撃で、つい芽生を連れてきてしまったが……。平静を保たなきゃいけないのは、むしろ俺の方だな」


 翌朝、二〇二〇年九月八日。

 太陽の光が差し込んできたのと同時に、住吉は芽生を車に乗せ前線基地を出発した。

「昨日の場所までは行けるだろうが、あそこを突破して市内に入れるかは保証できない」

 住吉が運転しながら話しかける。

「それなら安心して。私はプラチナ世代、史上最強の一人よ?」

 芽生は得意げに言って微笑む。

「そうか、それは心強い。俺もあいつにちゃんと話がしたいからな。絶対に突破するぞ」

「ええ、当然よ」

 決意に満ちた住吉と芽生は、一路ソウルへと向かった。




 ソウル市内の高級ホテルで一晩を明かした響華と国元は、もう一度革命軍と接触する為の作戦を練っていた。

「やっぱり昨日の場所に行くのが一番ですよね?」

「それが一番確実だとは思います。ですが、こちらの目的にノ・ソユン首警が気付く恐れもあるので、何かしらの理由は必要になると思います」

 国元の言葉に、響華は「う〜ん」と唸る。

「でも、ここは正直に芽生ちゃんを助けたいって伝えた方がいいんじゃないですか? もちろん住吉さんのことは伏せてですけど」

「それが通じる相手だといいんですが……」

 国元は窓の外を眺め、少し考える。

「国元さん、あの人はそんなに悪い人じゃないと思いますよ。だから大丈夫ですって」

 響華がそう言うと、国元は響華の顔を見て微笑んだ。

「さすが、響華さんらしいですね。では、そのまま伝えてみましょうか」

 響華と国元は出かける準備をして、ホテルのロビーへと向かった。

 ロビーに着くと、そこにはノ・ソユン首警が立っていた。

「おはようございます。本日は何を視察なさいますか?」

 ノ・ソユン首警が問いかける。

「おはようございます」

 響華は挨拶をすると、真剣な表情でノ・ソユン首警を見つめる。

「あの……私たち、やっぱり芽生ちゃんを助けに行きたいです」

 それに続けて国元も言う。

「無理なお願いをしてすみません。ですが、このままあなた達に任せておく訳にはいかないと思いまして。自分たちの問題は、自分たちで解決したいのです」

「「お願いします」」

 響華と国元は深く頭を下げる。

 それを見たノ・ソユン首警は、ため息をつくと。

「……かしこまりました。それでは、昨日の場所までお送りしましょう」

 そう言って車を停めている場所へと歩き出した。

「国元さん、正直に言って良かったですよね?」

 響華が小声で話しかける。

「そうですね」

 国元は少しホッとした様子で答えた。

 響華と国元は武装警察の車に乗り込む。

「それでは、出発します」

 ノ・ソユン首警の合図で、車が走り出す。しかしこの時、響華は何か違和感を感じた。

「あれ? 昨日ホテル出て右に曲がりませんでした?」

 昨日は右に曲がったところを、今日はなぜか左に曲がったのだ。

 するとその瞬間、ノ・ソユン首警の態度が豹変した。

「あなた達は革命軍の日本人の関係者。そうですね?」

「なっ……!」

 国元は突然の出来事に言葉を失う。

「私たちは全て分かっています。あなた達の目的は朝鮮連邦の情報収集じゃない。あの日本人を連れ戻すため、ですよね?」

 ノ・ソユン首警は国元の胸ぐらを掴み、一言。

「あなた達は処分します」

 と言い放った。

「処分って……。ちょっと待ってください!」

 響華が声を上げる。だが、ノ・ソユン首警は聞く耳を持たない。それどころか、さらに行動をエスカレートさせる。

「魔法謄本十二番、催眠」

 ノ・ソユン首警はいきなり魔法を唱えたのだ。

「しまっ…………」

「うそ、でしょ…………」

 国元と響華はノ・ソユン首警が魔法能力者であることに全く気が付いていなかった。不意を突かれた二人は催眠魔法にかかり、気を失ってしまった。


 住吉と芽生は、昨日の場所の近くにたどり着いた。

 車を降りバレないように様子を伺うと、そこには昨日よりも多い人数の武装警察が銃を構えて立っていた。

「これは総動員って感じだな」

 住吉が呟く。

「上等じゃない。これくらい私なら一瞬よ」

 芽生はそう言って、魔法を唱えた。

「魔法目録八条二項、物質変換、打刀」

 目の前に形成された刀を手に取ると、車の上に飛び乗った。

「このまま突っ込んでくれる? 一撃で片付けるわ」

「ったく、しょうがないやつだ」

 住吉はフッと笑うと、車に乗り込んでアクセルを踏んだ。

「おい、何だありゃ!」

 武装警察は少女を乗せ暴走してくる車に驚き、固まっている。

「警察のくせに怖気付いてるんじゃないわよ。食らいなさい!」

 芽生は刀を大きく横薙ぎに振るう。すると刀から衝撃波が発せられ、武装警察を襲った。

「うわぁ〜!」

「ぐはっ!」

 武装警察が一人残らず一斉に倒れる。

 その様子に住吉は。

「可愛い顔して恐ろしいやつだ」

 と呟いた。

 しばらくして、芽生が窓から車内に飛び込んでくる。

「このままホテルに向かって。そこに響華と国元さんが滞在してるはずよ」

「了解。飛ばしていくぞ」

 芽生の言葉に、住吉は首を縦に振る。

 住吉はさらにアクセルを踏み込み、猛スピードでソウルの市街地へと入った。


 ホテルの前に車を停めると、住吉と芽生は急いで最上階のスイートルームへと向かった。しかし。

「誰もいないぞ」

「遅かったみたいね……」

 部屋の中に響華と国元の姿は無かった。

 二人は室内を調べる。すると住吉が何かに気が付いた様子で花瓶を持ち上げた。

「どうしたの?」

 芽生が近寄ると、そこには。

「これ、盗聴器だな」

 小型の盗聴器が隠されていた。

「ってことは……!」

 芽生がハッとした表情を浮かべる。

「ああ、今頃捕まってるだろうな」

 住吉は花瓶を元に戻し、踵を返した。

「時間が無い。急ぐぞ」

「ええ」

 芽生は大きく頷き、住吉と共に部屋を後にした。

 車に戻ると、住吉はすぐに発進させる。

「ねえ、どこに向かうつもり?」

 芽生が問いかける。

「ソウル市庁舎だ。そこに処刑部屋がある」

 住吉の答えに、芽生は。

「裁判も無しに処刑って……。そんなのただの殺人じゃない!」

 驚いた表情を見せる。

「ああ、芽生の言う通りだ。市庁舎での処刑は処刑じゃない、邪魔者の排除だ」

「なぜそれを市民は許しているの?」

 芽生の質問に、住吉は首を横に振る。

「許してるんじゃない。自分の身を守るには従うしかないだけだ」

「つまり、恐怖政治に近い状況ってこと?」

 芽生の言葉に、住吉は静かに頷いた。




 国元と響華が目を覚ますと、そこは薄暗い部屋の中だった。

「ここは……?」

「なんか不気味……」

 二人は起き上がり、周囲を見回す。

 部屋の中には自分達しかおらず、物すら置かれていない。

『ようやくお目覚めになりましたね』

 ノ・ソユン首警の声が室内に響き渡る。

「おい、どこだ! どこにいる!」

 国元が叫ぶと、ノ・ソユン首警は。

「その部屋の外です。それでは、今からあなた達を刑に処します」

 と冷静に言った。

「いやいや、私たち何もしてないです! きっと何かの間違いですって!」

 響華は必死に訴えるが、それを聞いたノ・ソユン首警は鼻で笑う。

「何もしていなくても、我々が邪魔と判断すればそれは罪なのです」

「これはやられましたね……」

 国元が唇を噛む。

「このままじゃ、殺される……!」

 響華は必死に脱出する方法を考える。しかし、緊迫した状況ではまともに頭が働かない。

『執行します』

 ノ・ソユン首警の声が再び響き渡る。国元と響華は、祈るようにそっと目を閉じた。

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