第41話 共工との激闘
茨城、つくば魔法医療研究センター。
床に倒れた芽生に、共工が魔法弾を手に襲いかかる。
「今度こそ、これで終わりダ。桜木芽生!」
(結晶を、割られる……!)
芽生は胸元の魔法結晶を握りしめ、祈るように目を閉じる。
その瞬間。
『パシャーン』
何かが割れる音が部屋に響き渡った。
芽生は恐る恐る目を開け、自分の胸元を見る。
(割れたのは、結晶じゃない……?)
芽生が視線を上げると、共工は魔法弾を手にしたまま焦った様子で部屋を見回していた。
「何故ダ! どうして結界ガ壊れたのだ!?」
先ほどの何かが割れた音は、部屋に張られた結界が壊れた音だったらしい。
『ガラガラ』
突然部屋の引き戸が開く。
「誰?」
「誰ダ!」
芽生と共工が引き戸の方を見る。
「芽生ちゃん、間に合ってよかった……」
そこにいたのは、息を切らした響華の姿だった。
響華は息を整えながら、芽生に話しかける。
「駅から走ってきたから、ちょっと疲れちゃった……。でも、ギリギリセーフで良かったよ……」
「響華、あなたどうして……?」
芽生が不思議そうに聞くと、響華は。
「明け方にふと目が覚めて、そしたらなんか嫌な予感がしてね。居ても立っても居られなくなって、始発電車に飛び乗って来ちゃった」
と答えて微笑んだ。
「全く、あなたって本当に変な人ね」
芽生はそう言ってクスッと笑った。
すると共工がしびれを切らしたように声を上げた。
「話ハ終わったカ? 桜木芽生、藤島響華、二人まとめて闇に葬ッテやる!」
共工は魔法弾を芽生に向かって思い切り放つ。
「芽生ちゃん、ここは任せて!」
響華は芽生の前に立つと、魔法を唱えた。
「魔法目録二条、魔法光線!」
響華の手から光線が放たれる。
その光線は魔法弾を飲み込み、そのまま共工の方へと向かっていく。
「邪魔ヲするなァ!」
共工は魔法防壁を展開して光線を防ぐと、再び魔法弾を放った。
「くっ……!」
魔法弾が響華に命中する。
「響華、大丈夫?」
芽生はゆっくりと立ち上がりながら、響華に問いかける。
「大丈夫、平気だよ」
響華は芽生の顔をちらりと見て答えると、すぐに魔法を唱えた。
「魔法目録二条、魔法光線!」
「学習しないやつダ。魔法条款第三號、魔法防壁!」
共工はもう一度防壁を展開し光線を防ごうとする。しかし。
「後ろが、がら空き!」
響華はいつの間にか共工の背後に回り込んでいた。
「しまっタ……!」
共工が振り向いた時にはすでに光線が目の前まで来ていて、躱すことは出来なかった。
「ぐ、ぐワァぁぁ!」
共工が部屋の壁に叩きつけられる。
「やっとコンパイルとの約束を果たすときが来たわ。共工、五年前の借り、返させてもらうわよ?」
芽生はそう言って、魔法を唱える。
「魔法目録八条二項、物質変換、打刀」
目の前に形成された刀を手にすると、芽生は共工に切っ先を向けた。
「これで終わりよ。共工」
芽生が共工めがけて刀を振る。
しかし、共工は一瞬の隙をついてその場を抜け出す。
「逃げられる!」
響華は慌てて魔法を唱えようとしたが。
「我ヲここまで追い詰めたことハ褒めてやろう。だが、最後ニ勝つのは我ノ方だ」
と言い残し、どこかへ転移してしまった。
「逃げられちゃったね……」
響華が落ち込んだ様子で呟く。
「今さら過ぎたことを嘆いてもしょうがないわ。二人だけであそこまで共工を追い詰めることができた、それだけでも私たちにとっては大きな収穫よ。もちろん、倒せなかったのは悔しいけど」
芽生はそう言って微笑む。
「そうだね。うん、今度会ったら五人でボコボコにしちゃおう!」
芽生の言葉を聞いた響華は、顔を上げ明るい表情になった。
「じゃあ、私はもう行かないと。すでに遅刻確定だけど……」
響華が部屋を後にしようとすると、芽生が声をかけた。
「待って」
「芽生ちゃん、どうかした?」
「あの、私も一緒に行っていいかしら?」
芽生が聞くと、響華は驚いたように聞き返す。
「えっ、芽生ちゃんもう治ったの? 無理はよくないよ?」
「分かってる、無理はしてないわ。今朝起きたとき、自分でもびっくりするくらい何とも無かった。それに、さっきのパフォーマンスを見れば回復具合は一目瞭然でしょ?」
芽生が言うと、響華は少し考えて頷いた。
「……確かに、共工を追い詰めちゃったくらいだもんね。よし、じゃあ一緒に行こっか?」
「ええ。急いで準備するから、少し待ってて」
芽生はそう告げると、部屋にある荷物を整理し始めた。
二〇二〇年七月二十五日、十時三十分。魔法災害隊東京本庁舎、食堂。
「全く、藤島は遅刻か?」
「地下鉄とか遅れてませんよね?」
「ま、響華っちのことだし、待ってれば来るでしょ」
碧、雪乃、遥の三人は響華について話していた。
するとそこへ長官がやって来た。
「みんなおはよう。って、響華さんは?」
「あっ、長官。おはようございます。藤島ですが、実はまだ来ていなくて……」
碧は頭を下げると、すかさず響華が来ていないことを報告する。
「そうなんだ。連絡とか無いの?」
長官が聞くと、遥が首を横に振る。
「何度かメッセージ送ってみたんですけど、返信どころか既読すらつかないし。と言っても、響華っちはマイペースだからよくある話なんですけどね」
「あはは、響華さんらしいね」
長官はそう言って笑うと。
「それじゃあ、来たら教えてもらえる? みんな揃ってから今日の警備任務について伝えるね」
司令室へと戻っていった。
「それにしても、藤島さん何かあったんでしょうか?」
雪乃が時計を見て呟く。
「確かに、寝坊にしても遅すぎるよな?」
碧もさすがにおかしいと感じている様子だ。
「もしかして、メイメイでも連れて来たりして」
遥が冗談っぽく言う。
「まさか、いくら藤島でもそんな突拍子もない行動はしないだろう」
碧のその言葉と同時に、食堂に誰かが入ってきた。
雪乃はその人を見て、思わず声を上げてしまった。
「えっ? ちょっと、桜木さん!?」
「桜木だと?」
「もうユッキー何言ってんの?」
碧と遥が視線を向けると、そこにいたのは紛れもなく芽生だった。
「心配かけて悪かったわね」
芽生は三人に向かって微笑む。
「い、いや、なぜここにいる? 体は大丈夫なのか?」
碧が戸惑った様子で問いかける。
すると、後ろから響華が入ってきて答える。
「芽生ちゃんはもう大丈夫だよ。だって、共工を倒す寸前までいったんだから」
「うわ、響華っち!」
遥は驚いた表情で響華の顔を見る。
「滝川さんの冗談が、まさか的中するなんて……」
雪乃も驚きを隠せない様子だ。
その時、碧が響華の言葉に疑問を感じ。
「ん? ちょっと待て。藤島、今何て言った?」
と聞いた。
響華はもう一度同じことを繰り返す。
「えっ? 芽生ちゃんはもう大丈夫だよ。だって、共工を倒す寸前までいった……」
そこで遥が遮るように声を上げる。
「待って待って。響華っち、共工を倒す寸前までってどういうこと?」
響華は当たり前のように答える。
「だから、芽生ちゃんが共工に襲われてるところを私が助けて、二人で反撃して、もうちょっとで共工を倒せたんだけど……」
響華がそこまで言うと、芽生が続ける。
「逃げられちゃったのよ」
碧、遥、雪乃は訳が分からずぽかんとしている。
「と、とにかく、私はもう戦えるから。心配しないで」
芽生が微笑むと、雪乃が口を開いた。
「とりあえず、桜木さんが戻ってきてくれて良かったです。もし何かあったらすぐに言ってくださいね」
「ええ、ありがとう」
気遣ってくれた雪乃の肩を、芽生はぽんと叩いた。
しばらくして、ふと碧がハッとした表情を見せた。
「しまった!」
「どうしたの碧ちゃん?」
響華が首を傾げる。
「お前が来たら長官に教えないといけなかったのだが、色々ありすぎてすっかり忘れていた」
碧の言葉に、雪乃も慌てた様子で言う。
「そうでした! 長官のこと、かなり長い時間待たせてしまいました……」
「別に今から言いに行けばいいじゃん。警備任務の時間自体は午後からなんだし」
呑気な態度の遥に、芽生は。
「そういう訳にはいかないでしょう。きっと響華のこと心配してるはずよ」
と注意した。
「それじゃあ、早く長官のところに行かないと。私、すごい心配かけちゃってるよね」
響華たちは急いで長官のいる司令室へと向かった。
都内某所。
超高層ビルの屋上に怪しげな人影が二つ並んでいる。
「藤島響華、あいつハ一体何者なんダ? 我ガ行動を予測出来ナイことなどあるのか?」
共工の呟きに、高が言う。
「まあ、神だって分からねぇ時は分からねぇだろうさ。やるべきは目標の殺害。そうだろう?」
共工は首を縦に振る。
「そうダ。桜木芽生、藤島響華両名の殺害。それが遂行さレタ時、我が東アジアの支配者トなる為の道が開ける」
共工は鋭い眼差しを東京の街に向けた。
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