第40話 芽生の容態
二〇二〇年七月二十四日、十七時三十二分。茨城、つくば魔法医療研究センター。
守屋刑事は芽生の病室を訪れていた。
「芽生さん、具合はどう?」
守屋刑事が聞くと、芽生はベッドから少し体を起こして答える。
「……ええ、だいぶ痛みは引いてきたわ。けど、まだ万全とは言えないわね……」
すると、芽生が突然苦しそうに撃たれたあたりを押さえた。
「無理しないで、横になってて」
守屋刑事は慌てて芽生の体を支える。
「ごめんなさい……」
申し訳なさそうに言う芽生に、守屋刑事は優しく微笑んだ。
「あなたは怪我人なんだから、気にしなくていいのよ。それで、あの銃に撃たれた時、あなたに何が起こったの?」
守屋刑事の質問に、芽生は少し考えて口を開いた。
「すごく、痛みを感じたわ。体の内側が熱くなって、内臓が爆発しているような、そんな感じ」
「状況的には想像通りね……」
守屋刑事が呟く。
「守屋刑事、それってどういうこと?」
芽生が問いかける。
「あの銃はおそらく、中国で開発された対魔法能力者用の『反魔法銃』。反魔法銃に撃たれた魔法能力者に起きる現象は芽生さんが言ったことと一致するわ。だけど、それでは決定的な証拠にはならない」
守屋刑事は困ったような顔をする。
「中国、反魔法銃……。共工は本気で私を殺しにきた。早く、治さないと……」
芽生は無理やり体を起こそうとするが、うまく力が入らない。
「ちょっと芽生さん。焦る気持ちも分かるけど、今は安静にするべきよ。その方が治りも早くなると思うわ」
守屋刑事は芽生をベッドに寝かせる。
「でも、こんなところにいたら私は殺される……!」
芽生の鬼気迫る表情に、守屋刑事は少し驚く。
「殺されるって?」
「私は五年前、中国を支配する魔獣共工に殺された。その時魔法神コンパイルに助けてもらったから私は今生きている。けれど国会地下のスパコンを調べに行った時、そのことが共工にバレた。だから共工は必ず私を仕留めに来る。こんなところで寝ている訳にもいかないのよ」
守屋刑事は芽生の言っていることの半分ほどは理解できなかったが、命を狙われているということは理解できた。
「それじゃあ茨城県警に連絡して、病室の入り口に見張りを配置させるわ。この部屋は窓もないし、それなら安心でしょう?」
守屋刑事の提案に、芽生は。
「……そうね、この体じゃあどうしようもないし。守屋刑事、お願いするわ」
と言って微笑んだ。
「了解、茨城県警にはすぐに見張りを要請するから安心して。私はもう東京に戻らないといけないから、じゃあね」
守屋刑事はカバンを手に取るとそれを肩にかけ、芽生に手を振る。
「ええ、気をつけて」
芽生も部屋を出て行く守屋刑事に向かって枕元で手を振った。
(さすがに守屋刑事には魔法結晶のことは言えないわね……)
芽生は胸元の魔法結晶のペンダントを服の上から握ると、静かに目を閉じた。
(コンパイルとの約束だけは、絶対に果たしてみせるわ)
魔法災害隊東京本庁舎、司令室。
夢の島から戻ってきた響華たちは、狙撃されたことについて長官に報告する。
「潮見駅側で警備してる時、突然運河の向こうの建物から狙撃されて……」
「一度は私の弓矢で無力化できたと思ったのですが、転移した時にはその狙撃銃は無傷だった」
「となると、多分魔法能力者が協力してると思うんだけど……」
「その人以外にその場に人はいなかったので、魔法能力者については情報は何もありません……」
四人の話を聞いた長官は。
「みんなの話は分かった。とりあえず、みんなが無事で良かったよ。もうこれ以上、誰かに辛い思いしてほしくないからね」
と言って笑顔を見せた。
「ですが、これではまた狙われる可能性があります。私たちがオリンピックの会場警備を行うと観客にも危険が及ぶのでは?」
碧が問いかける。
長官は少し考えると、こう答えた。
「でも、人手不足で他に任せられる人もいないし、みんなに任せるよ。みんななら観客を守れるでしょ? ね、碧さん?」
「はい、分かりました……」
碧は不安感があるのか小さく頷いた。
「それじゃあ今日はもう暗いし、帰るとするか〜」
遥が疲れたように言って帰り支度を始める。
すると響華も。
「あっ、ずるい! 私も帰る!」
と帰る準備をする。
「おい、お前らは何をそんなに急いでいるんだ?」
碧が不思議そうに首を傾げる。
「きっと開会式の中継を見たいんだと思います。開会式自体は二十時からなので、まだ時間はあるんですけどね……」
雪乃は二人の様子を見て苦笑いを浮かべていた。
「ふふっ、私も仕事しながら開会式見ようかな。響華さん、遥さん、気をつけてね」
司令室を後にしようとする二人に、長官が声をかける。
「「は〜い!」」
響華と遥は元気に返事をすると、一目散に帰っていった。
「全く、しょうがない奴らだな……」
碧が呆れたように呟く。
「じゃあ、私たちも帰りましょうか」
雪乃が言うと、碧は。
「ああ、そうだな」
と首を縦に振った。
「「お疲れ様でした」」
雪乃と碧が長官に頭を下げ、司令室を出て行く。
「はい、お疲れ様〜」
長官は笑顔で手を振って二人を見送った。
(魔法能力者が協力してるかもって言ってたけど、もしかしてそれってリンファさんなのかな? 私もちょっと探ってみよう)
長官はパソコンを起動させると、国民情報システムにアクセスしてリンファのデータを検索した。
翌日、二〇二〇年七月二十五日。警視庁、魔法犯罪対策室。
守屋刑事の元に、国元がやって来た。
「おはようございます、守屋さん。昨日は任せてしまってすみませんでした……」
「いいよ別に。それで、芽生さんの話なんだけど」
守屋刑事はそう言うと、鍵付きの棚からあの銃を取り出した。
「芽生さんは『撃たれた後に体の内側が熱くなった』って言ってた。この銃は反魔法銃と考えていいと思うわ」
国元は守屋刑事からそれを受け取る。
「そうですか。やはり、あの特殊部隊は中国から送り込まれた人間と考えて間違いなさそうですね……」
国元の表情が曇る。
「何かあるの?」
その様子を見た守屋刑事が問いかける。
国元はゆっくりと口を開いた。
「……外事課から得た情報では、中国から七名が密入国したとあります。そのうち三名がつくばでの襲撃犯だとした場合、残るは四名。その中の一名が昨日の狙撃手だとしてもまだ三名います。響華さんたちにこれ以上リスクを背負わせるのはこちらとしても避けたいのですが……」
「それはこちらも同じ。だけど、魔災隊の活動にそこまで口出しすることは出来ないわよ?」
守屋刑事が言うと、国元は頷いた。
「分かってます。ですので、なるべく四人が単独行動しないように誘導して、いざという時は僕がフォローに入れるようにするしかないでしょうね」
国元の言葉に、守屋刑事は。
「まあ、それが一番現実的でしょうね。でも、響華さんしかあなたの正体知らないのよね? 大丈夫なの?」
と聞いた。
「その時はちゃんと伝えますよ。むしろ、あの子達には伝えなければいけない。そう思ってます」
国元が答えると、守屋刑事は少し微笑んだ。
「そう、それならいいけど。じゃあまた」
「はい、何かあったら連絡しますね」
国元は対策室を後にすると、こっそりと反魔法銃をポケットに忍ばせた。
朝九時。茨城、つくば魔法医療研究センター。
『ピピピピッ』
「ん、んんっ……」
スマホの目覚ましの音に芽生が目を覚ます。
『ピッ』
芽生はスマホをタップして目覚ましを止める。
「……そっか、私入院中だったわね」
目をこすりながら部屋を見回す。
引き戸の磨りガラス越しに人の背中の影が見える。
「茨城県警の見張りかしら」
芽生はそう呟くと、ゆっくりと体を起こそうとする。
「昨日より苦しくないわね。というか、治ってる?」
芽生は起き上がって、大きく体を動かしてみた。
「これなら現場に戻れるかも」
体はすっかり完治した様子で、昨日までの症状は全く残っていなかった。
芽生はベッドから出て、そっと立ち上がった。
「歩くのも問題ない。さすがはコンパイルの力ね」
芽生は胸元に隠した魔法結晶をぎゅっと握ると、病室を出ようと一歩踏み出した。
その瞬間、目の前に何かが現れた。
「何……?」
芽生は驚いてベッドに座り込む。
「久しいナ、桜木芽生」
「あ、あなたは……!」
芽生が顔を見上げると、そこにいたのは魔獣共工だった。
「思ったより回復ガ早かったようだが、殺シテしまえばどちらも変わらぬ。悪しきコンパイルと契約してまで我ヲ欺こうとは、いい度胸ダ!」
共工が魔法弾を放つ。
「くっ……! 何で警察は助けてくれないの? 聞こえてるはずでしょう?」
芽生が引き戸の方を見る。
「残念だが、彼らニハ聞こえてない。この部屋には結界ヲ張っておいたからナ」
共工の言葉に、芽生が驚いた表情を浮かべる。
「結界形成魔法って、そんな上位魔法を使える人間は……。しまった……!」
「そうダ。我ハ人にあらず。魔獣ニ出来ぬことなど無い!」
共工が魔法弾を手に芽生に襲いかかる。
「くあぁっ!」
魔法弾が直撃した芽生は、床に転がり落ちてしまった。
(どうにかして、結界から脱出しないと……)
「今度こそ、これで終わりダ。桜木芽生!」
共工が魔法弾を放つのが見えた芽生は、祈るように目を閉じることしか出来なかった。
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