第42話 二度目の敵襲

 二〇二〇年七月二十五日、夕方。調布、武蔵野の森総合スポーツプラザ。

 響華たちは警備任務のため、国元の運転する車でここへやって来た。

「着きましたよ」

 国元が車を停めて言う。

「ありがとうございます」

 響華たちが車から降りる。

「それでは僕は駐車場で待っているので、ここで失礼します」

 国元はそう告げると、車を発進させた。

「よし、じゃあ任務開始だね!」

 響華はかなり張り切っている様子だ。

「藤島。一応言っておくが、今日も試合は見られないからな?」

 碧が釘を刺すと、響華は。

「あぁ、バドミントン、やっぱり見られないか……」

 がっかりした表情を見せた。

 すると遥が、響華にこそっと耳打ちする。

「どうせ二手に分かれて行動するはずだし、ちょっとくらい試合見ててもバレないって」

「そっか、さすが遥ちゃん! でも、本当にバレない?」

「へーきへーき。この前もユッキーとアーチェリー見てたけどバレなかったもん」

「よし、じゃあ私もそうしようっと」

 二人は任務の途中に試合を観戦しようと企てる。しかし。

「そうしようって、どうするのかしら?」

 隣で聞き耳を立てていた芽生が、笑顔で響華に詰め寄る。

「えっ? 警備頑張ろうねって、言ってただけだよ……?」

 響華は苦し紛れに言い訳する。

「そうそう、今日も全力で警備だ〜って、ね?」

 遥はもはや自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。

 芽生はため息をつく。

「もう、退院早々手間かけさせないでくれる? アーチェリーがどうとかは黙っておいてあげるから」

「げっ、メイメイそれも聞いてたの……」

 この一言で、遥は芽生に何も言えなくなってしまった。

「ん? 桜木、こいつらがどうかしたか?」

 何かを感じ取った碧が問いかける。

「いえ、何でもないわ」

 芽生は首を横に振る。

「そうか、ならいい。でも、何かあったらすぐに言えよ」

「ええ、分かったわ」

 碧の言葉に、芽生は頷いた。

「では、ここからは二手に分かれて警備を行う。桜木、お前は藤島と滝川と組んで甲州街道側を。私は北見とスタジアム通り側の警備を行う。それでいいか?」

 碧の提案に、四人が首を縦に振る。

「それじゃあ碧、一時間後にここで合流する感じでいいのよね? あと、何かあったらすぐに連絡入れるから」

 芽生は碧にそう言うと、響華と遥を呼ぶ。

「響華、遥、行くわよ?」

「「は〜い」」

 二人は芽生に続いて甲州街道の方へと歩いていった。

「北見、私たちも行くぞ」

「は、はいっ……!」

 雪乃は小さく頷くと、碧から離れないようにぴったりと後ろについた。




 芽生、響華、遥の三人は、甲州街道側のペデストリアンデッキに着いた。

「じゃああなたたち、ここで不審者がいないか警備するわよ」

 芽生の指示を聞いた響華と遥は。

「これじゃあ抜け出すなんて無理だよ〜」

「まさかメイメイと組まされるなんて……。響華っちが病院になんて行くからいけないんだよ」

「え〜、私のせい?」

 と小声で言い争いを始めた。すると。

「もう、いい加減にしなさい! 私は別に響華が来なくても退院してたし、私がいなくても抜け出すなんてもっての外よ」

 芽生は二人の胸ぐらを掴んで怒った。

「「ご、ごめんなさい!」」

 二人は慌てて謝る。

「素直でよろしい」

 芽生はにこっと微笑むと、通行人の方へ視線を移した。

「うわ〜、怖かった〜」

 響華が胸をなでおろして呟く。

「いやぁ、最後の笑顔とかホント心臓止まるかと思ったよ〜」

 遥はこの時点でもうぐったりとしていた。

「何か言ったかしら?」

 二人の会話が聞こえていたのか、芽生がこちらを振り向いた。

「い、いや何も言ってないよ?」

「さぁ、警備頑張ろう!」

 響華と遥は適当に誤魔化すと、通行人を見張りはじめた。


 スタジアム通りでは、碧と雪乃が警備に当たっていた。

「この通りは特に異常はないな。そっちはどうだ?」

 碧が聞くと、雪乃は。

「アリーナの裏の駐車場も、何も問題はありませんでした」

 と答えた。

 碧はスマホを取り出し、魔法災害情報を見る。

《魔法災害情報 現在地付近:情報なし》

「魔法災害も起きてないし、ひとまずここで見張りでもしておくか」

「そうですね」

 碧の言葉に、雪乃はこくりと頷いた。

「なあ北見?」

 ふと碧が雪乃に話しかける。

「はい、何でしょうか?」

 雪乃が首を傾げる。

「昨日の警備の時、北見は滝川と組んでたよな?」

「そうですけど、それがどうかしました?」

「いや、あいつはちゃんと警備してたのかって、少し気になってな。北見に押し付けて試合観戦とかしてたら、がつんと言ってやらないといけないが……」

 すると、碧の言葉を聞いた雪乃が突然。

「すみませんでした……!」

 と言って頭を下げた。

「おい、北見? 何を謝っている? 別にお前が謝ることは何もないだろう」

 碧が不思議そうに言う。

「いえ、私……。私も、滝川さんと一緒に、試合観戦してました……! すみませんでした!」

 必死に謝る雪乃に、碧は驚いた様子を見せる。しかし、すぐに優しく声をかけた。

「北見、頭を上げろ。私は別にお前を責めるつもりはない」

「で、でも……」

 雪乃はゆっくりと頭を上げる。

「どうせ滝川に無理やり誘われて、断れなかったんだろう? それに、お前は反省してる。それなら責める理由はない。あいつは後で一発殴る」

 碧はそう言って微笑みかけた。

「……ありがとうございます。でも私、試合観戦してる時、ちょっと楽しかったんです。任務に戻りたくないな、このままサボっちゃおうかなって、悪いことを考えてしまいました。こんな私、魔災隊失格ですよね……」

 雪乃が俯く。

 碧は雪乃の左肩にぽんと右手を乗せた。

「北見、お前が失格なんてことあるものか。お前は今まで一生懸命に任務をこなしてきた。それに、あんなこともあったんだ。だから北見、たまには思い切り楽しめ」

 その言葉を聞いた雪乃は顔を上げ、碧を見つめる。

「新海さん、そんなこと言うんですね。ちょっと意外です」

「なっ、別に私だってそれくらい……。とにかく、滝川だけは許さないし、お前も次はないからな」

「ふふ、了解です」

 照れ臭そうに顔を赤らめる碧を見て、雪乃はクスッと笑った。




 一時間後。甲州街道側、ペデストリアンデッキ。

「そろそろ合流地点に向かった方がいいかしらね」

 芽生が腕時計を見て言う。

「そうだね、もう時間だもんね」

「よ〜し、終わり終わり」

 響華と遥は合流地点へ向けて歩き始める。

「遥、ちょっと待ちなさい」

 それを芽生が呼び止める。

「ん、何? もう時間でしょ?」

 遥が首を傾げる。

「時間でしょ、じゃないよ遥ちゃん。一度合流するだけでまだ終わりじゃないよ」

 響華がつっこむと、遥は。

「え〜、もう警備とかいいじゃん。どうせ何も起きないし」

 と呟き、ふてくされた表情を浮かべた。

「全く、あなたって人は……」

 芽生は呆れたように言い、通行人の方に視線を移した。

 するとその時、異様なほどの厚着をした男が歩いてくるのが見えた。

「この暑い時期にあんな着込んで……、ってまさか!」

 芽生がハッとして身構える。

「何、芽生ちゃん? どういうこと?」

 響華が問いかけると、遥が小声で答える。

「響華っち、あれ多分自爆しようとしてる」

「えっ!?」

 響華が思わず大きな声を上げる。

「ちょっと響華……!」

 芽生は慌てて響華を注意したが、男はこちらに気づいた様子だ。

「お前らが、俺の仲間を殺した魔法能力者か?」

 その男が一歩ずつこちらに近づいてくる。

「どうする、響華っち?」

 遥が聞く。

「民間人に被害が出たらまずい。ここは早めに攻撃するべきだと思う」

 響華の言葉に、芽生が頷く。

「ええ、私も同意見よ。あなた達の攻撃と同時に、私が通行人に避難を呼びかけるわ」

「オッケー」

 芽生の指示を聞いた遥はすかさず魔法を唱える。

「魔法目録一条、魔法弾!」

 遥が右手から魔法弾を繰り出したのと同時に、芽生が通行人に大声で伝える。

「魔法災害隊です。テロの危険性があります。この場から直ちに避難してください」

 それを聞いた通行人たちが慌て始める。

「マジで!? テロだって」

「やばいやばい」

「魔法少女の戦闘が生で見られるのか?」

 その様子を見た響華は。

「このままじゃパニックになって、怪我人が出かねない」

 と困った様子で言う。

 その間にも、男はこちらに近づいてくる。

「魔法能力者の小娘ども、みんなまとめて地獄に送ってやる!」

 男が上着を脱ぎ捨てる。

 その男の体には、爆弾が巻き付けられていた。

「下手に魔法弾を撃てば、爆弾が爆発する。魔法攻撃をするにはリスクが高すぎる……」

 遥は悔しそうに唇を噛み締めながら、右手の魔法弾を甲州街道の上へ放り投げる。

『ドカーン!』

 魔法弾は車のヘッドライトや街灯よりも明るい閃光を放って爆発した。

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