第39話 突然の狙撃
響華と碧が物陰に隠れていると、そこへ遥と雪乃がやって来た。
「響華っち、何があったの?」
「まずい状況って言ってましたよね?」
遥と雪乃の質問に、響華が答える。
「さっきそこで警備してたら、向こうの倉庫の屋上で何かが反射したのが見えて、何だろうと思ってたら、突然耳元で風を切る音が聞こえたの」
「それってつまり……」
雪乃が息を呑む。シナイの一件より前はスナイパーをやっていた雪乃には、それが何を意味するのかすぐに分かったようだ。
「ああ、狙撃だろうな」
碧が言うと、遥は。
「それホントにやばいじゃん!」
大きな声を出して驚いた。
「おい声が大きい! これだけの観客が集まってるんだ。慎重にやらないとパニックになるぞ」
碧が慌てて注意すると、遥は小さい声で「ごめん」と謝った。
「そもそも、狙いは何なんでしょう? 観客を標的としているなら今頃被害が出ているはずですよね?」
雪乃が問いかけると、響華が口を開いた。
「多分、狙いは私たち。あの弾道は、私を狙ってるものにしか思えなかった」
遥が物陰から顔を出す。
するとその瞬間、風を切る音と草が擦れる音がした。
『ヒュン! バサッ!』
「響華っちの言う通り、狙いは私たちみたいだね」
遥はさっと顔を引っ込めて言う。
「どうやって敵を無力化させたらいいかな?」
響華が聞くと、碧は。
「私が矢を放ち敵の狙撃銃に命中させる。そうすれば一旦は安全だろう?」
と答えた。
「いや、あの、いくら新海さんでもそれは難しくないですか?」
雪乃が不安そうに言う。
その様子を見た碧は、雪乃にそっと微笑んだ。
「大丈夫だ、北見。私は決める時は決めるさ。それじゃあ藤島、防御頼む」
「分かった」
碧に声をかけられた響華は、頷くと魔法を唱えた。
「魔法目録三条、魔法防壁!」
響華が物陰から飛び出すと、銃弾が魔法防壁に当たって弾き返される。
それと同時に碧が魔法を唱えながら響華の後ろに立った。
「魔法目録八条二項、物質変換、弓矢」
碧は目の前に形成された弓矢を手に取ると、さっと構えた。
「次の弾が来た後に放ってね」
響華の言葉に碧は首を縦に振った。
「分かった。タイミングはお前に任せる」
『ヒュン! キンッ!』
魔法防壁に銃弾が当たった。その直後。
「碧ちゃん、今!」
響華が展開させていた魔法防壁が消滅する。
「オリンピックの会場で魔災隊を襲うとは、いい度胸だ!」
碧は思い切り弓を引いて矢を空に向かって放った。
矢は放物線を描きながら運河を越え、倉庫の屋上へと飛んでいく。
「どうだ?」
碧が目を細めて倉庫の屋上を見やる。
しばらく経っても銃弾は飛んでこない。おそらく命中したのだろう。
「……撃ってこない。さすが碧ちゃん、決める時は決めるね〜!」
響華が碧に抱きつく。
「おい藤島、離れろ! なんかすごく視線を感じる」
碧はそう言って響華を突き放す。
「視線?」
響華が目を移すと、多数の通行人や観戦客がこちらを見ていた。
「もはやアーチェリー選手より注目の的だね!」
遥は碧の顔を見てにやけている。
「さすがに目立っちゃいましたね……」
雪乃は心配そうに碧の顔を覗き込む。
「ちょ、ちょっと休ませてくれ……」
碧は顔を真っ赤にしてどこかへと歩いていった。
「あんな距離のものを正確に射貫いたんだから、もっと堂々とすればいいのに」
響華が碧の後ろ姿を見ながら呟く。
「アオは響華っちと違って調子に乗るタイプじゃないからね〜」
遥が茶化すと、響華は。
「もう、遥ちゃん! 私調子になんか乗ってないし!」
と言って頬を膨らませた。
「あの、藤島さんも滝川さんも、まだ人が見てるんですから……!」
雪乃は大勢の人の前で言い争う二人に、少し呆れてしまった。
新砂、物流倉庫屋上。
「くそっ! 俺のT93がぶっ壊れちまったじゃねえか!」
高が壊れた狙撃銃を手に取って、怒ったように言う。
するとそこへリンファが転移してきた。
「高さん、作戦失敗ですカ?」
リンファが問いかけると、高は深くため息をついて答える。
「ああ、今回は完敗だ。一発も当たらないかと思えば逆にこっちがやられちまった。何なんだあいつらは?」
高は運河の向こうに目をやる。
「魔法能力者はただでさえ常人離れしたところがありますが、彼女たちはその中でもトップクラス。いや、もはやどんな魔法能力者でも倒せないくらい強い存在かもしれませんネ」
リンファの言葉に、高は。
「ははは、それじゃあ魔法能力者でもない男のスナイパーが倒せるわけねぇじゃんか。だが、そいつらを撃ち抜けたら、俺は英雄になれるんだな?」
かえって闘争心が湧いてきた様子だ。
「はい! 英雄どころか神にでもなれるんじゃないですカ?」
リンファは高の感情を煽るような言い方をする。
「神か……、そいつは面白い。やってやろうじゃねぇか!」
高はすっかりやる気に満ちていた。
その様子を見たリンファは、高に一言。
「それじゃああの銃、壊れたままじゃいけませんネ」
と言って、魔法を唱えた。
「魔法条款第八號、物質操作」
リンファが高の狙撃銃に向かって魔法を発動させると、壊れた箇所がみるみると修復されていき、あっという間に元通りになった。
高は狙撃銃の状態を確認すると、リンファの顔を見る。
「魔法というのは不思議なものだな。お前みたいなのが一斉に反旗を翻したら地球なんて一瞬で終わりだろう?」
その言葉に、リンファは。
「さあ、それはどうなんでしょうネ。少なくとも各国の法律で規制はされているので、企てた時点で捕まっちゃうんじゃないですカ?」
と言って笑った。
「法律が機能していれば、な」
高はそう呟くと、地面に伏せて夢の島の方へ狙撃銃を構えた。
「では、頑張ってくだサイ!」
リンファは高に声をかけると、転移魔法でどこかへと消えていった。
高はスコープを覗き込んで響華たちを探す。
「さて、あいつらはどこだ?」
しかし、どこを見ても響華たちの姿がない。
「おかしい。何でどこにもいねぇんだ?」
するとその瞬間、真後ろに気配を感じた。
「……まさか!」
高は慌てて上半身を起こして後ろを振り返る。
そこには先ほどまで運河の向こうにいたはずの四人の姿があった。
「私たちを狙撃したのはお前だな?」
碧が問いかける。
「はぁ? 何のことだ?」
白を切る高に、遥は。
「いやいや、さすがに狙撃銃構えといてそれは無理があるでしょ」
と問い詰めた。
「ちっ! 今は引いた方が良さそうだな」
高は立ち上がると腰のポケットから何かを取り出した。
「あっ、あれ……!」
響華は高が取り出したものを見て声を上げた。
高が手にしていたのは、昨日の特殊部隊が持っていたレーザー銃だった。
「もしかして、あれが藤島さんの言っていたレーザー銃、ですか?」
雪乃は恐怖心を感じ一歩後ろに下がる。
「お? これがそんなに怖いか? なら、楽にさせてやるよ!」
高が引き金を引く。
『ビチューン!』
銃口からレーザーのようなものが雪乃に向かって放たれる。
「ユッキー、危ない!」
遥は雪乃の前に立つと、魔法を唱えずに魔法防壁を展開した。
レーザーが魔法防壁に当たると、当たった箇所から防壁が消滅していく。
「何? 魔法を唱えずに展開した防壁で防ぎきっただと?」
高は少し驚いた表情を見せたが。
「まあいい。逃げる時間を稼ぐのが目的だったからな」
狙撃銃を手に階段へ向かって走っていってしまった。
「逃げられたか……」
碧が呟く。
「でも、響華っちの作戦は悪くなかったと思うけどね〜」
遥は響華の肩にぽんと手を置いた。
響華が胸ポケットからスマホを取り出す。その画面は守屋刑事と通話中の状態になっていた。
響華たちは、高がリンファと会話をしている間に守屋刑事から転移魔法の使用許可をもらっていたのだ。
「すみません。転移魔法の許可までしてもらったのに逃げられちゃいました……」
響華が申し訳なさそうに言う。
『別に大丈夫よ。それより、そのスナイパーはどんな人だった?』
守屋刑事が聞く。
「え〜と、五十代くらいの男の人で、中国とかそっちの方の人だったと思います」
響華が答える。
『なるほど……。ありがとう、こっちでも少し調べてみるわ』
守屋刑事はそう言うと電話を切ろうとした。
その瞬間、響華が慌てて話しかける。
「あの、守屋さん!」
『あっ、ごめん。何、響華さん?』
響華の声はギリギリ守屋刑事の耳に届いたようだ。
「国元さんに守屋さんがあの銃について調べてくれてるって聞いたんですけど、何か分かったことはありますか?」
響華の質問に、守屋刑事は。
『まだ調査中。今もそれについて調べるために移動してるところよ』
と答えた。
「移動してるって、もしかして運転中でした?」
響華が少し焦ったように聞く。
『ええ、でも平気よ。アイプロジェクターのハンズフリー機能で通話してるから。じゃあ、切るわね』
守屋刑事が電話を切る。
響華は守屋刑事に対して申し訳ない気持ちになってしまった。
魔法災害隊東京本庁舎。
「分析室にもあの銃の調査お願いしておこうかな」
長官が分析室の扉を開ける。
すると目に飛び込んできたのは、リンファが転移してくる瞬間だった。
「えっと、リンファさん……?」
長官は恐る恐るリンファに声をかける。
「はい、何かご用でしょうカ?」
リンファは何事のなかったかのようにこちらを振り返り笑顔を見せた。
「うん、あのね、昨日の襲撃犯の持っていた銃について調べてほしいんだけど……」
長官はそっと資料を差し出すと、リンファはそれを受け取った。
「分かりまシタ。頑張って分析しますネ」
大きく頷くリンファに、長官は。
「ありがとう、よろしくね」
と言って分析室を出る。
「リンファさん、転移魔法を使ってた……?」
長官はぼそっと呟くと、タブレット端末を取り出した。
「え〜と、転移魔法使用許可リスト。検索っと……」
長官はリンファに転移魔法の使用許可が出ているか確認する。
《ユー・リンファ 許可者:木下》
そこには木下副長官が許可を出したとあった。
「リンファさんも木下副長官と同じようなことをしてるの……?」
長官は少し怖くなったのか、タブレットの画面をさっと消した。
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